第4話 入学式でボーリング

 掲示板を頼りに学園内を歩くこと三十分。

 太一は通路の突き当たりで観音扉にたどり着いた。

 大聖堂のような扉はすでにひらかれた状態だ。

 ここが入学式の会場で間違いがない。

 太一はワクワクと心を躍らせ、ハーレムの中へと足を踏み入れた。


 しばし立ち止まり状況を確かめる。

 そこはまさに大聖堂といった雰囲気で、荘厳できらびやかなホールとなっていた。

 ロイヤルウエディングも可能かと思われる。

 一番奥がステージとなっており、その手前にパイプイスがズラリと並べられている。

 もちろん、そこに座るのは新一年生の女子生徒たちだ。

 みながオーソドックスなセーラー服を身に着けている。

 そこだけ見れば日本の入学式会場となんら変わりがない。

 しかし――。


「――ッ!!」


 ここで太一はとんでもない異変に気がついた。

 なんと、頭がない。

 生徒の全員、首の根元から頭がついていないのだ。

 手足は微妙に動いているので、人形というわけではないらしい。


「俺……疲れてるのかな……きっとそうだよな……」


 太一はそう自分に言い聞かせ、ひとまず空いている席を探すことにした。

 空飛ぶ軽トラで一晩中起きていたし、脳ミソが少しおかしくなっているのだ。

 そのうち生徒の頭も生えてくる。

 そして後方から列の間を歩いてみると――。


「――ッ!!」


 またしても太一は異変に気がついた。

 生徒の頭が消えていたわけではない。

 みな膝の上に生首を乗せていたのだ。

 その目玉がギョロギョロ動いている。

 おそらく幻覚なのだろうが、ホラー映画でも類を見ない斬新な入学式だ。

 ただ、首の根本は皮膚で覆われているので、それほどグロテスクというわけではない。

 しかし、首チョンパに見えること自体が異常なのだ。

 太一は脳の回復を頑なに信じ、ひとまず会場の真ん中あたりで席を確保した。

 そして開式を待っていたところ――。


「あッ!」


 左隣に座る女子生徒と目が合い、太一は思わず小声を漏らす。

 膝の上に乗せられた彼女の生首、その顔に見覚えがあったのだ。

 中庭でおしっこをした女子生徒である。


「なに? なんか文句でもあるの?」


 彼女はギロリとこちらを睨みつけてきた。


「い、いや……なんでもないけど……」

「じゃあ、あんまり人のことジロジロ見ないでよね」

「す、すまん……」


 太一が謝ったところ、彼女は「ふん」と前を向いた。

 このリアルな感じはどう見ても幻覚とは思えない。

 ただ、ここまで本物に見えるということは、ようよう頭がおかしくなった可能性がある。

 中学で一番バカだった太一でも、さすがに危機感を募らせた。

 そんなとき――。


「諸君、入学おめでとう。私はこの学園の学園長、折原蘭子だ」


 ステージに登壇した学園長が式辞を述べはじめた。

 黒髪のロングヘアにタイトなスカート姿のアラフォー教師。

 どこからどう見ても、中学の担任、折原蘭子先生である。


「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 太一は荒ぶるように席を立ち、彼女に指をビシリと突きつけた。

 そして問う。


「先生! なんであんたがここにいるんだよ!」

「今年度からこの学園の学園長を任されたものでな」

「つーことは、この俺をここに送り込んだのはあんたの策略か!」

「そのとおりだ」

「ネットの掲示板でDH女学園の入学案内を見つけたってのも嘘っぱちか!」

「あたりまえだ。どこの世界に匿名掲示板で生徒を募るバカな学校がある」

「俺が受験するはずだったタンポポ高校の入学願書を、トイレのカーペットの下にしまって、それをうっかり忘れたってのもデタラメだったのか! どうりでおかしいと思ったぜ! ギャグ漫画じゃあるまいし、そんなふざけた話があるわけねーもんな!」

「それは本当だ」

「そこは嘘だと言ってくれ!」


 太一は髪の毛をかきむしり、パイプイスに何度も何度も頭を叩きつけた。

 だがよくよく考えてみれば、バカでも気づくほどに超不自然。

 その矛盾に騙された自分があまりにも愚かだったのだ。

 というか、息子の入学先をろくたら調べもせず、満面の笑みで送り出したバカな両親に、大いに物申したい。

 それはそれとして、周りが全員首チョンパという宇宙レベルの大事件。

 おまけにいつの間にか、蘭子先生の生首も演台の上に乗せられていた。

 この世のすべてが間違っている。

 そんな太一の思いをよそに、さも当然のように式辞の言葉が述べられていく。


「であるからして、これからは高校生らしく、責任と自覚をもって行動し、有意義な学園生活を送ってもらいたい。私からの挨拶は以上だ。それでは、例のアレをはじめる」


 蘭子先生が最後に謎の言葉を口にしたとたん――。

 新一年生は生首を抱えて席を立ち、パイプイスを壁際へと片付けはじめた。

 そして彼女らは、血に飢えた獣のごとき様相を呈し、太一をぐるりと輪に囲む。


「ぶち殺してやりましてよ!」

「キモイんだよ、このクズ!」

「調子こいてんじゃねーよ!」


 およそ三百名の新一年生が暴言を吐き散らし、じりじりと太一へ詰め寄っていく。

 生首を脇に抱え、反対の腕をグルグル回す女子生徒。

 生首の髪をつかみ、鎖鎌のように振り回す女子生徒。

 生首を股の間に挟み、謎拳法の構えを見せる女子生徒。

 あきらかに太一は標的にされていた。

 もちろん、そんなふざけた話がまかり通るわけがない。

 太一はガタガタと立ち上がり、声を大にして蘭子先生に訴える。


「おい、先生! これはいったいどういうことだ!」

「青島、よくぞ聞いてくれた。私たちは見てのとおり、デュラハンだ」

「おまえらは魔王軍の一味だったのか!」

「魔王軍などではない。私たちはアイルランド発祥の妖精、デュラハンの末裔だ――」


 すると蘭子先生は悪びれた様子もなく真相を口にした。

 この学園はデュラハンの女子生徒が集う、デュラハン女学園とのことである。

 略してDH女学園。

 その入学式の一大イベントがこの生贄の儀式であり、太一が生贄として選ばれた。

 つまり、なぶり殺しにされる運命だ。

 生贄など納得できるわけがないのだが、太一はそれ以上に納得できないことがある。


「バカ言うんじゃねーよ! なにがデュラハン女学園だ! 百歩譲ってデュラハンの学校があったとしてもだな、女学園なんて設定があるかよ! ふざけてんのか!」

「男女別学は人間に限ったことではない。男女それぞれの特質を活かす教育プログラムというものは、高い学力と資質を持った生徒を育成できるのだ」

「じゃあ、なんで生贄が必要なんだよ! 勉強とまるで関係ねーだろ!」

「私の独断と偏見でそう決めただけだ。まあ、余興だと思って安心して死んでくれ」


 そう言われて素直に死ねるはずがなかった。

 カブトムシですらセックスをしているというのに、自分にはまだそれがない。

 そんな穢れのない天使のような少年(太一)が、齢十五にして殺されていいはずがない。

 とはいえ、現局面は絶体絶命の大ピンチ。

 敵は総勢三百のデュラハンだ。

 相手が女だとしても、この数に単独で立ち向かうのは無理がある。

 せめて、一人でもいいから味方がいてくれれば――。

 と思った瞬間、太一はうってつけの味方候補を視界に捉えた。


「おい! そこのおまえ!」


 敵陣の中にいるその者へ向け、太一はビシっと指を差す。


「な、なに……? あたしのこと言ってるの……?」


 脇に抱えた生首に向け、反対の腕で指を向ける女子生徒。

 中庭でおしっこをした不届き者にほかならない。


「そうだ! おまえのことだ! つーか、おまえの名前を教えろ!」

「なんであんたに教えないといけないのよ……」

「つべこべ言ってねーで早く教えろ! それともなにか!? おまえはキラキラネームトップテンにランクインするような業でも背負ってるのかよ!」

「べ、べつに普通の名前だし……」

「ならもったいぶってないでさっさと教えろ!」

「佐藤理奈だけど……」

「じゃあ理奈! おまえは今から俺の味方になれ!」

「はあ? あんた、なに言ってるの? なんであたしが味方しないといけないわけ?」


 理奈はその表情にあからさまな不快感を示した。

 しかし、その生意気な態度を一変させる切り札を、太一は手にしているのだ。


「いいのか!? それを言ってもいいのか!? おまえが中庭でなにをやらかしたか、それをここで言ってもいいのかよ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよね! まったく意味がわからないんだけど!」


 めん玉がひっくり返りそうなほどの慌てようだ。

 心当たりのない振りをしているが、なにを意味するかは重々承知しているはず。

 太一はそれをはっきりとわかるよう知らしめる。


「コッケコッコーーーーーーーーッ!!」


 太一は声高々にニワトリの鳴き声を模倣した。

 すると――。

 理奈の顔色が氷のように青ざめた。

 ニワトリの正体に気がついたのだ。

 ここで太一は仁王立ちとなり、ドーン! と彼女へ人差し指を突きつける。


「どうだ! これでわかったか! 念のため言っておくけどな、証拠映像はちゃんと残してあるからな! シラを切ろうたってそうはいかねーぞ!」

「信じられない! マジ最低! このド変態のクズ! あんたなんか死ね!」


 理奈は悪態をつきながらもウルウルと瞳をにじませた。

 だがこの女はデュラハンである。

 ゆえに迷うことなく、彼女を地獄の底へ叩き落とすことができるのだ。


「最低なのはそっちのほうじゃねーか! あの芝生一帯が不毛の大地と化したら、おまえ責任とれるのかよ! あれは恵みの雨なんかじゃねーぞ! 酸の雨だ! 雑草だって尻尾を巻いて逃げ出すぜ!」

「ダメーーーーーーーッ!! それ以上言っちゃダメーーーーーーーーーーッ!!」


 湯気が出そうなほど赤面し、大声でストップをかける理奈。

 彼女はバタバタと集団から抜け出し、太一の味方についた。


「おい、理奈! それがおまえの返事ってことでいいんだな!」

「わかったわよ! あんたの味方になってあげるわよ! その代わり約束しなさいよね! 絶対に秘密は守るって約束しなさいよね!」

「そこは任せておけ! おまえが裏切らないって条件つきだけどな!」

「そっちこそ裏切ったら殺してやるから! 覚えておきなさいよね!」


 太一と理奈は周囲に警戒しつつ誓いを立てた。

 ちなみに繰り返しになるが、彼女の頭は脇に抱えられている。

 そんな二人に対し、


「なんですの、あの女! 人間の味方なんてしてますわよ!」

「てめー! それでもデュラハンかよ! 恥を知れ、恥を!」

「このデュラハンの面汚し! ブスのくせに生意気なのよ!」


 敵陣から雨あられと浴びせられる猛烈なブーイング。

 味方が一人増えたとはいえ、形勢は限りなく不利な方向へ傾いている。

 しかし、味方がいるからこそ、太一に奇策がひらめいた。

 それを理奈の耳元で言い伝える。


「おい、理奈。俺が合図を出したら、出口に向かって一直線に駆け抜けろ」

「逃げるっていうわけ?」

「それしかないだろ。三百人相手に勝てるかよ」

「でもどうやって逃げるの? 周りは全部囲まれてるのよ?」


 理奈の言うとおり、脱出経路は堅牢に塞がれている。

 だが奇策を武器とし、その道を強引にねじ開けてやればいい。

 ゆえに太一は理奈の生首を両手で奪い取った。

 そして彼女の鼻の穴に中指と薬指をブスっと突っ込み、おでこに親指をぐっと押しつける。


「い、痛い! 鼻が痛い! てか、あんた! あたしの生首になにしてくれるのよ!」

「ちょっと黙っててくれ。集中できない」


 太一はボウリングのように生首を持ち上げ、敵の壁越しから出口方向へ狙いを定めた。

 チャンスは一度だけだ。

 やり直しは許されない。

 命運をかけた一投だけに、太一の心音もドクドクと高鳴った。

 そして目測や立ち位置の微調整を済ませたのち――。

 太一は流れるようなフォームで、ボール(理奈の生首)を下からぶん投げた。


「いっけーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 魂の咆哮に送られたボールは、カーブのスピンを伴い、荒々しく石床の上を転がっていく。

 その直進方向にいるデュラハンたちは、海が割れるようにして道をひらいた。

 それもそのはず。

 ズッシリと重いボールが転がってきたのだ。

 ヘタをすれば足の小指がポッキリとやられる。

 要のボールはというと、


「きゃああああああああああああああああ!!」


 と絶叫を上げながら、ひらけたレーンの右端をうまいこと転がり抜けていく。

 そして――。

 ボールはクイっと鋭角にカーブし、出口の真ん中をドンピシャで通過した。

 完璧なストライクに、敵陣ですら息をのむように出口の先へ目を奪われている。

 虚を突いた今がチャンス。


「今だ理奈ーーーーーッ!! 胴体で走って逃げろーーーーッ!!」


 太一は生首が消えた方向へ合図を出した。

 彼女の胴体はここに立ち尽くしたままだ。

 それも一緒に逃げなければ意味がない。

 しかし――。

 その胴体はフラフラと床に倒れ込んだ。

 生首がどこまで転がったのかは知らないが、目を回して気を失ったらしい。


「クソ! この大事なときになにやってんだよ!」


 太一は卒倒した胴体をおんぶし、逃走を試みようとしたのだが――。

 すでに脱出経路は封鎖されていた。

 一度はチャンスがひらけたものの、これでは完全にゲームオーバーだ。

 さすがにこれは詰んだ、と太一が諦めかけたそのとき――。


「ちょっと待てーーーーーーーーーーーい!!」


 ステージの上、そこから蘭子先生の留め立てが大呼する。

 殺伐しい空気は一変し、戦場は水を打ったようにピシャリと静まり返る。

 そちらにすべての視線が向けられる中、蘭子先生は太一に向け口をひらいた。


「青島、二、三、質問がある」

「俺は一人っ子だ」

「そんなことは知っている。私が訊きたいのは、貴様がなぜ逃げなかったのか、ということだ」

「そうしようと思ったけど、それができなかったんだよ」

「いいや、その隙はあったはずだ。その背に担ぐ、彼女の胴体を見捨てればな」

「ふざけんな。仲間の体を置いて逃げるわけねーだろ」


 青島太一、十と五歳。

 仲間を見捨てるようなゲスな男ではない。


「なら最後にひとつだけ質問する。貴様は彼女のどんな秘密を握った?」

「その秘密は墓場まで持っていく。どうせ俺はここで死ぬんだしな」

「ふっ、貴様は中学からまるで変わらないな」


 蘭子先生は声差しに微苦笑をふくませた。

 周りで傍聴するデュラハンたちも、


「人間のくせに一本芯が通っているわね」

「あの男、死ぬのが怖くないっていうの」

「どっしりとイスに構えてたいした男よ」


 などと感嘆の言葉を漏らし、雁首そろえて太一へ熱い視線を注いでいた。

 場の雰囲気は好転の兆しを見せている。

 もしかしたら、命だけは助かるのではないか。

 空気イスにどっしりと構えた太一に、そんな望みが芽生えたところ――。


「学園長、ちょっと待ってくださらないこと! これでは興醒めもいいところでしてよ!」


 どこぞのバカチンデュラハンが、お助けムードの流れをぶった切る。


「そこの生徒、貴様の名前は?」

「レイカ・シルフォードですわ!」


 蘭子先生の問いかけに対し、そのバカは誇らしげに名前を口にした。

 よく見ると、先ほどからお嬢さま口調で存在感を醸し出していた生徒だ。

 金髪縦ロールのデュラハンで、その容姿は集団の中でも各段に際立っている。

 文鎮か載るかと思われる、尋常ではなく反り返った長いまつ毛。

 どこかの宇宙につながっていてもおかしくはない、星がキラキラ輝くパッチリおめめ。

 縦ロールに関しては、相撲のしめ縄のようなものが二本、床ギリギリまで垂れている。

 これまた繰り返しになるが、その生首は脇に抱えられている状態だ。


「レイカ・シルフォード。貴様の考えもわからんでもない。しかし、青島が抱く仲間への信条、そして死に対する高潔さは、デュラハン騎士道に通じるものがある。そんな青島だからこそ、私はチャンスを与えてみようと思うのだ」

「学園長、チャンスとはいったいどういうことでして?」

「デュラハンボウリングだ」


 蘭子先生がその言葉を口にすると、生徒たちから戦慄にも似たどよめきが沸き起こる。

 その中にはレイカもふくまれており、彼女はぞっとしたように顔を強張らせていた。


「いいか青島、よく聞け。デュラハンボウリングとは、ピンとボールの代わりに生首を使用するというものだ。今しがた貴様が見せたそれが、投球スタイルとなる。もしデュラハンボウリングでストライクを取ることができれば、貴様の命を助けてやる。ただし、投球は一回のみ。やり直しは認められん」


 これはとてつもなく厳しい条件だ。

 先ほど決めたエアストライクはただの偶然。

 完全な球体のボールとはちがって、生首での投球は大幅に精度を欠く。

 前へ投げるのはたやすいが、ストライクを取るのはとてもむずかしい。

 しかも、ワンチャンスをものにできなければ、今度こそ本当に殺されてしまうのだ。


「なら先生、生首のピンとボールは俺に選ばせてくれ」

「いいだろう。生徒の中から好きなものを選べ」


 幸い、蘭子先生の許可は出た。

 しかし周りにいるデュラハン女子どもは、


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 無言で存在感を消し、さーっと波が引けるように壁際の方へと退いた。

 ピンとボールになることを恐れているのだ。

 だが太一には関係のないことなので、好きなように生首を選ばせてもらう。

 ひとまず理奈の胴体を床に下ろし、ピンとボールを吟味しようとしたところ――。


「ねえ、青島君だっけ……? 君ってイケメンだよね……」

「あたし、ちょっとあなたのことがタイプかも……」

「おっぱいぐらいなら、さわらせてあげてもいいんだよ……?」


 生徒たちは色仕掛けで揺さぶりをかけてきた。

 普通の女子高生なら誘いに乗ってしまうところだが、彼女らはデュラハンである。

 ゆえに太一は色仕掛けをバシリと跳ね除け、手ごろなピンを十本選んでおいた。

 あとはボールを選ぶだけだが、それはすでに決めてある。


「おい、レイカとかいう金髪縦ロール、隠れてないで出てこい」

「わ、わたくしに……なにか用でもあるのでして……?」


 集団の一番後方に身を潜めるレイカ。

 そんな彼女はものすごく気まずそうな声で応じた。


「ボールはおまえだ。おまえの生首を早く俺によこせ」

「わ、わたくしをボールにしても、ストライクなんて取れませんことよ……」

「いいや、その逆だ。おまえの生首が一番ストライクを取りやすいんだよ」


 レイカの頭にはクソ長い金髪縦ロールが二本ついている。

 一番ピンを狙わずとも、すべてのピンが弾け飛ぶのだ。


「ちょ、ちょっとわたくし……田んぼの様子でも……」

「逃がすかよ」


 台風の常套句を口に、そそくさと逃げようとするレイカ。

 太一は集団をかきわけ、そんな彼女の生首を強引に奪い取った。

 ギャーギャーピーピー喚いているが、もうマイボールに決定だ。

 ほどなくして、そこらのモブ教師が十本のピンをセットした。

 配置されたピンは会場出入り口の前、およそ二十メートル先。

 そのどれもがこちらを向き、顔をガクガクと震わせている。

 そんな生首どもをよそに、太一はマイボールの鼻の穴に指を突っ込んだ。

 そして、ボウリングの投球フォームの流れから、ボールを力いっぱいぶん投げる。


「いっけーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 己の命を賭けた魂の一投。

 それは生首を立てた状態でコマのように回転し、ピン目がけて一直線に突き進む。

 さらには遠心力で縦ロールが旋回をともない、直径三メートルほどの円盤と化す。

 ボウリングの玉というよりも、丸太を切断する巨大な鋸刃に近いものがある。

 直進するスピードも申し分なしだ。


 次の瞬間――。

 縦ロールとピンが接触、十本すべての生首が弾け飛ばされた。

 それを見届けた蘭子先生は、


「ストラーーーーイクッ!!」


 と判定を下し、太一は「よっしゃあ!」と握り拳を突き上げた。

 総勢三百の敵も空気を読んでか、どっと歓声が沸き起こった。

 そんな中――。

 床で倒れる理奈とレイカの胴体は、パンツ丸出しでピクピクと痙攣を続けていた。

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