第2話 幽霊軽トラ
晴れて中学を卒業し、四月の上旬が訪れた。
本日は学園から迎えの車が来るとのことで、太一は今か今かとそれを待っている。
時刻は深夜の二時。
場所は市郊外の山裾に位置した、古めかしい墓地の道路沿いだ。
辺りは陰鬱とした木立に囲まれ、しとしとと冷たい雨も降っている。
そんな身の引き締まる情景のもと、太一は詰め襟の学制服に身を包み、スーツケースを引っ提げ、犬小屋のような休憩所の中で待っていた。
もちろん、ここは学園からの指定場所であり、この時刻に迎えが来ることになっている。
連絡をやり取りした担当者いわく、お嬢さまばかりが在籍する学園だけに、その所在地を秘密にするなど、厳重な警戒態勢を敷いているとのことだった。
昨今、エロ目的のけしからん不審者は多い。
だからこそ、このようにして人目を避けるのもうなずけるところだ。
そんなとき――。
どこか遠くからエンジン音が聞こえてきたかと思うと、右手の暗闇からヘッドライトのような光が差し込んできた。
ほどなくして、休憩所の前、その雨でぬかるんだ土道に、一台の軽トラックが停車した。
太一は地蔵に転生したつもりでビタっと固まり、それが過ぎ去るのを待つことにした。
こんな天気の悪い丑三つ時に、ノコノコと墓参りに来るバカはいない。
しかも廃車置き場にあるようなボロボロの軽トラだ。
十中八九、この運転手は法律違反のなにかに関係している。
死体を山へ埋めに行く途中か、もしくはこの軽トラを不法投棄しに行く途中か。
いずれにせよ、普通でないことは確かだ。
すると、アクセル音がブオンとひと鳴り、
「おい坊主、おまえの名前は?」
個人情報を尋ねられた。
イカツイおっさんの声だ。
「………………………………」
太一は地蔵の振り(指で輪っかのポーズ)を続け、口を一文字にやり過ごす。
犯罪に巻き込まれてはたまったものではない。
「おい坊主、聞こえないのか」
「………………………………」
「おい坊主、おまえはもしかして地蔵なのか」
「そうじゃ」
「おい坊主、地蔵は口をきいたりはせんぞ」
「………………………………」
それらしくつい返事をしてしまったが、太一は雑念を振り払い無の境地に徹した。
すると――。
「ここに青島太一という坊主がいるはずなんだが……ちょっと別な場所を探してくるか」
軽トラは重大なヒントを残して走り去っていく。
なにかしらの犯罪者が、自分の名前を知っているはずがなかった。
あれは間違いなく、学園から送られてきた迎えの車だ。
太一はエッチな雑念を胸に、死にもの狂いで軽トラを追いかけた。
「おーい! 待ってくれー! この俺が青島太一だ! 俺を置いていくなっつーの!」
己の欲望丸出しで走り続けること、数十メートル。
軽トラはバックで踵を返し、目の前で停車した。
太一は荷台にスーツケースを放り投げ、助手席にダイブで乗り込み安堵の息をつく。
「ふぅ~、間に合った間に合った。つーか運転手さん、俺、てっきりリムジンで来るかと思ってたんだけ――ッ!?」
運転席を向きそう言いかけたところで、太一はグワリと目玉をひん剥いた。
なぜなら、そこに人がいない。
軽トラの狭い車内をくまなく探しても、自分のほかに誰もいない。
もしかして立ちションか? と思い車外を覗き込んだが、運転手の姿はどこにも見当たらなかった。
「どうした坊主、なにをキョロキョロしている?」
「いや、運転手さんがどこにもいなくて……。おっかしいなぁ……幽霊じゃあるまいし、どこに行った――ッ!!」
話の途中で大きな矛盾点に気づき、太一はハッと右隣へ振り向いた。
しかし、運転席はやはり無人となっている。
それなのに、いま間違いなくその声を耳にし、己はトークを切り返したのだ。
太一はゾクっとするような悪寒を覚え、キュン、とキンタマも縮み上がった。
すると――。
「坊主、そう怖がるな。この軽トラは、交通事故で運転手が死んだいわくつきだ。その死んだ運転手というのが、オレというわけだ。つまり、オレは意識体のようなもので坊主に話しかけ、意識体のような力を使い、車の運転をしている。これでわかったか?」
姿の見えない運転手はその理由について、とてもわかりやすく教えてくれた。
そして彼――つまるところ幽霊は、さも当然のように軽トラを走らせていく。
意識体で操作しているわりに、マニュアル車のギアチェンジもスムーズだ。
「おい坊主、シートベルトはちゃんと締めておけ」
道路交通法も順守している。
事故死した彼が言うからこそ、重みのある言葉に感じられた。
太一はシートベルトを装着し、同乗者への気配りに深謝した。
その直後。
太一は己の考えをマッハの勢いで改める。
「おいおっさん、ちょっと待て! 幽霊が運転する不気味な車なんかに乗ってられるか!」
「心配するな。オレは坊主を運ぶだけだ」
「幽霊が運ぶとかおかしいだろ! 普通は運転手が生きてる人間で、その車に乗り込むほうが幽霊って相場が決まってるんだよ!」
「やけに威勢がいいじゃないか。その様子ならオレとでも快適なドライブができるんじゃないのか?」
「どこの世界に事故死した幽霊とドライブ楽しむ能天気なアホがいる! さぞかしご無念だったでしょうね、成仏のご予定は? そんな湿っぽい会話でドライブもクソもあるか! 道中お悔やみ申し上げっぱなしじゃねーか!」
「ドライブスルーで食い物でも買えば、少しは楽しくなるかもしれんぞ?」
「バカ言うんじゃねーよ! ドライブスルーってもんはな、運転席から金を払って食い物を受け取るもんだ! そんなこと免許のない俺でも知ってるぞ! その運転席に人がいないのに、どうやって取引を成立させるんだ! それともなにか!? 俺が車を降りてそれをやれってのか!? コインパーキングで駐車券に手が届かないおばさんじゃあるまいし、そんなカッコ悪いことやってられるかよ!」
「まあ、落ち着け。今さら喚いてもはじまらん」
「これが落ち着いてられるか! いいから降ろせ! 今すぐ俺を降ろしやがれ!」
太一はシートベルトのバックルに手をかけた。
しかし、どういうわけかそれを外すことができない。
「くっそ! どうなってんだよこれ! なんで外れねーんだよ!」
「坊主、無駄なあがきはやめておけ。シートベルトは外れないように細工した。オレの霊的な力を使ってな。ドアのロックも解除することはできん」
「ふざけんな! それじゃ誘拐と一緒じゃねーか!」
「勘違いをするな。オレは坊主を安全に送り届けようとしているだけだ」
「どこにだよ!」
「DH女学園までだ」
幽霊が行き先を告げた直後――。
軽トラは林道を抜け、田園風景の広がる田舎道に出た。
いつしか雨は止んでおり、土さらしの田畑がほんのりと月明かりを受けている。
後続車や対向車もいない、どこまでも続く一本道。
そんなノスタルジックな夜道を照らす、ヘッドライトの道標。
そして、太一の意思を無視し続ける軽トラは――。
ポンコツなエンジン音を響かせながら、満天の星に向かって飛び立った。
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