青い火は銃声に変わる


 ついさっきの青信号が赤色に変わる。中々前に進めないことに苛立つ。

 視界の端にチラつく歓楽街の街並みは、夜と思えないほど眩しくて目に悪い。


 震う足。叩く指。運転片手間に聞くラジオのニュースは、同じことを繰り返し述べているだけで、つまらない。


 ようやく目的地に着いた。

 バタンとドアを閉める。前方にそびえ立つ高層ビルを見上げる。


 夜空に浮かぶ数機のヘリコプターが、ビルの屋上に向けて白い光を飛ばしていた。


「何がしてぇんだよ……それとも「征伐」のつもりか?」


 もう、あまり時間は無い。俺は走った。

 ビルに侵入し、廊下を駆け抜ける。

 膝も痛い。腰も痛い。息はすぐ上がる。

 そんな老いた体に鞭打って、階段を駆け上がっていく。


 屋上の扉に、手を掛ける。

 鍵はかかっていないし、かんぬきも無いようだ。

 誘っている。挑発か、それとも罠か。

 それを考えている余地は無い。


 そもそも、俺はそういう性格じゃないか。

 どうやら頭まで年齢にやられたみたいだ。


 腰に掛けた拳銃を、渋々取り出す。


 一呼吸を入れる。それで、覚悟を決めた。


 ガタンッッ!! 


 バタバタとうるさい羽音は、夜空に浮かぶスポットライトの咆哮。それらは、屋上に立っている一人の居場所を指し示している。

 フェンスの向こう、少年の後ろ姿を見つけるや否や、俺は銃口を突きつけた。

 するとソイツは、ゆっくりと振り向いて、こちらを見た。


「お待ちしていました」


 学生団体「BLUEs」のリーダー、二月ふたつきみつる


 「BLUEs」とは、突如として日本に現れた

5人の学生が所属する活動家団体だ。

 奴らに暴かれたスキャンダルは3桁にも及び、当人らは等しく「致命傷」を負う始末。


 「たかが学生」と、舐めていた(俺も含めた)大人たちは今、辛酸を舐めている。

 

 先月、とある放送局が襲撃された。そこのニュース番組をハイジャックして、奴らは「BLUEs」のメンバーを募集した。


『青を取り戻せ』


 奴らの掲げたスローガンは、それだった。

 全くもって意味が分からなかった。


 しかし、その日から「BLUEs」に賛同する若者が増えていった。

 加入しようとする人まで現れ始めた。


 このままでは、手がつけられない程に膨れ上がってしまう。そんな危機を感じた矢先に、事件は起こった……。


 事後、リーダーの二月は、犯罪者として世間に吊るし上げられた。

 

 また、残る他のメンバー4人は、彼を追放し、二度と関わらないことを宣言した。

 敵ながら「哀れ」だと思った。

 そんな奴は今、警察を目前にして笑っている。遂に狂ったか?


「手を挙げろ」


 二月は、フェンスを乗り越えた向こう側で、悠々としている。

 狂った笑いなどではなく、理性的でいて、どこにでもいるような、大人しい学生の素直な微笑みだった。


「何を企んでいる?」

「それは今のことですか? それとも、未来の話ですか?」

「……お前はもう立派な犯罪者だ。大人しく捕まって、罪を償え」


 少しずつ、二月の方へと寄っていく。

 このまま会話をし続けてくれれば、願ったり叶ったりなんだが……。


「僕は、何を目指していたのでしょうか?」

「あ?」

「解答でしょうか? それとも証明?」

「知らねぇよ」

「発散、清掃、反抗、独裁、革命、正義……どれもしっくりと来ませんでした」


 すると二月は、隅の方へと歩き始めた。

 何かを考える素振りをして、眉間をトントンとつきながら呟く。


「結局、赤い誘惑に負けてしまった……。

 もしくは、必要だったのか」


 二月は、地面を踏み外すギリギリのところで止まり、俺に顔を向けた。


「どちらにせよ、僕は分からなくなってしまいました。人は生まれながらにして、何故、赤いのでしょうか?」


 俺は黙って話を聞いていた。

 二月が何を言っているのかは分からない。

 

 拳銃を向けながら、慎重に近づく。

 動向に目を凝らす。肌で機微を感じ取る。


 すると二月は、自分の胸ポケットから、何やら小さい袋を取り出した。


「これは何か、分かります?」


 中に入っていたのは、白い粉だった。

 まさか……。


「ああ心配しないで。青酸カリですよ」

「飲んだのか……?」

「飲んだことはありますね。数年前に」


 一切表情を変えず、二月は言った。

 それは、強がりでは無い。


 しかし……二月の自殺未遂。そんな記録は何処にも書かれていなかった。


 乾いた脳に、ゴクリと唾を押し込んだ。


 奴の両親はともに有名人で、更には関係良好ラブラブな夫婦として知られている。息子が「自殺しようとした」なんて情報は、当然ながら、世間の悪印象に繋がる。


 だから、その事実を隠した?


「いやー、僕の体はしぶとかったみたいで」

「……自殺を試みたのか」

「そうですね。公にはなっていませんが」

「でもお前は、恵まれていたはずだ」


 お金も地位も、ほぼほぼ約束されていた。

 勉強、スポーツ、コミュニケーション。どれも常人を遥かに凌駕した能力を発揮していた。

 テレビに映っていた彼は、朗らかで慎ましく、それでいて人生が楽しそうだった。

 そんな、誰もが憧れるような存在。


 しかしその姿は、二月満ではなかった?

 それとも、変わったのか?

 分からないことが多すぎる。だからこそ、


「お前を捕まえる。そして、お前の本当の姿を暴いてやる」


 二月の黒い瞳を、刺すように睨んだ。

 それに対して二月は、にこりと返した。


「残念ですが、それは叶いません」


 その瞬間、目の前が真っ青になった。


「ぐっ……!?」


 それまで白い光を吐き出していたヘリコプターが、青い光を二月に当てていた。

 更に、


 ヒューーーー…………


 夜空に昇る光の弾。闇に溶け、直ぐ静寂。

 数秒後、爆音を挙げて青いはなが開く。

 それを皮切りに、次々と同じような花火が打ち上がる。

 夜空に飛び散る青い光は、二月の背後で行われていた。まるで、二月の背中に青い羽根が生えているようだった。


 俺は息を飲んだ。

 歩くことさえ忘れて、魅入ってしまった。


「どうでしょう……綺麗ですか?」


 二月は相変わらず、笑っていた。

 青い翼を持った彼は、華麗だった。


「さぁ……そろそろ、僕は幕引きですね」


 そう言って、二月は地上を眺める。

 俺はその姿を茫然と見ていることしか出来なかった。


 青い天使は、青い翼を目一杯に広げ、夜街の光を飲み込む勢いで、息を吸い上げた。


 しかし、彼から出た言葉は柔らかかった。


「青は……死なない」


 次は、はっきりと、それでいて丁寧に。


「心の中の青色が、死ぬことは無いのです」


 最後は……


「きっと、誰の心の中にもあるのでしょう。古き良き、そして青い、記憶の残骸が……

 ……それが、救われると信じています」




 ……最期まで、笑っていたのだろう。




 タッ……








 死の雑音、もとい青年の覚悟の証を、俺は聞いていなかった。

 屋上で笑う彼の幻影を見ていた。

 

 ポケットから、くしゃくしゃになった白い封筒を取り出す。


『辞職届』


 しばし、思いを馳せた。

 色々な出会いがあり、様々な経験をし、己の正義や倫理観を見つめ直してきた。

 それでも、人間は間違える。


 だらしない姿となった封筒を破り捨てた。

 あまりの奇行に、俺は笑わずにはいられなかった。

 次いで、更なる奇行に俺は走った。

 

「お前が仲間に託した「青」とやら、この俺が見定めてやるよ」


 死人に口無し。

 それとも、花火の音が返事か?


 ——なら早速、開戦と洒落込もうか。


 パーーーーーン!!!!


 夜天に向かう、鉛玉。

 お前に届くよ。俺からのプレゼントだ。

 

 俺はくるりと振り向いた。

 青を背にして、歩き出す。

 しかしそれは、決別でも、終幕でも無い。




 帰り道。赤色から緑色の光となった信号を見て、目を細くした。

 

 正真正銘、が、俺の最後の仕事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BLUEs N/A @hidersun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る