第6話 夜襲

 馬車は動き出した。

 ごろごろごろ。「先ほどの話、どう思う」

 ごろごろごろ。「正直、測りかねています。話の内容に具体性がありません」

 ごろごろごろ。「やはりそう思か」


 がらがらがら。「何だっ」ぴっし。「はいっはいっ」「おっ」

 がらがらがら。「旦那様っ、横に付かれましたっ、お気を付けをっ」

 がらがらがら。「止めるなっ、走れ走れっ」ぴっしぴっし。「はいっ」

 

 くらがりのせま石畳いしだたみを、ぴったりと並んで爆走する二台の馬車。

 一台は造りの良い立派な物。


 もう一つは、一頭立ての荷馬車、そこに顔を隠した男達が数名。

 がらがらがら。「くっそ、早く止めろっ」「無理言うなっ、あっちは二頭だぞっ」


 がらがらがら。「エルンストっ、何とかして振り切るんだっ」

 がらがらがら。ぴっしぴっし。「はいっ、やってますっ」


 がらがらがら。ひっひぃーーーん。「エルンストっ」「挟まれましたっ」

 がらがら。ぶるぶる。ざっざっざっ。


 「騒ぎを聞きつけて自警団じけいだんの連中が来る前にやっちまうぞっ」

 「旦那様っ、お逃げに」どっすっ。「静かにしてろ」


 「エルンストっ」かしゃ。どたどたどた。「旦那様っ、そちらからお逃げにっ」

 どっすっ。「いてぇ~のはちょっとまだ」「ナイトハルトっ」

 どっすっ。「直ぐに楽になるってぇ~、おいっ、引き上げるぞ」


 がらがらがら。顔を隠した男達が去り、少しの間、静寂せいじゃくが訪れた。

 騒ぎには気付いていたが、巻き添えを恐れた者達も、安堵あんどの空気をさっし、あかりが窓にともった。



 「うぅ~~、パパ」ぴょこ。「クララのパパさんっす」「皆殺されたのかっ」

 ぴょこ。「この後、自警団じけいだんの人達が来て、家に運んでくれたっす」


 「お医者さんはっ、お医者さんいるんだろっ」

 「領地りょうちとは言っても小さな町だから、お医者様も、魔女様もおらんとぉ~」



 どんどんどん。どんどんどん。「奥様っ、旦那様がっ」

 田舎町にしてはひときわ大きな屋敷。小さな御城と言っても良い。

 その正門がけたたましく、たたき続けられた。


 どんどんどん。どんどんどん。「奥様っ、旦那様がっ、旦那様がっ」

 ごとごと、きぃ~~~。「何事ですかこんな時間に」


 「今晩、わたくしめが、自警団じけいだんで見て回っておりました。旦那様がっ」

 「だ、旦那様に何かあったの」


 「夜襲やしゅうを受けたらしく、息もえでっ」

 「…あぁ~~~」「奥様っ、お気を確かにっ」「お母様っ」


 「だ、大丈夫、それでヴォルフは、…どこに」

 「もうすぐ着きます」「そう、付いて行ったエルンストとナイトハルトは」


 「旦那様を守ろうとしたらしく、腹を一突きされていてっ」

 「あぁ~そんなぁ」「奥様来ましたっ」

 がらがらがら。「ゆっくりだ、ゆっくりだぞ、急ぐんだ。丁寧に運ぶんだっ」



 腹から血がしたたり、薄暗うすぐらい中では真っ黒に見え、あかりにらされるにつれて、赤黒い大きなみが見える様になった。


 「ぅぅぅううう、パパぁ~」

 クララがさわろうと手を伸ばすが、映像の様にすり抜ける。

 ぴょこ。「内臓に深く届いていたらしく、三人とも出血が止まらなかったっす」



 「ヴォルフ、ヴォルフ」「お父様っ」

 「奥様とにかく旦那様を中へ」「…そ、そうね、そうして」


 たたたっ。「エルンスト、エルンストっ、あぁ~~~、どうしてこんな事にぃ~」

 だだだっ。「ナイトハルトっ、こっちに運んで下さいっ、ナイトハルトぉ~」

 「三人とも中へ運んで、誰かっ、お医者様でも、魔女様でも、とにかく探してきて下さいなっ」


 「いけません、奥様、家の子は使用人です、旦那様と一緒にしてはいけません」

 「何を馬鹿ばかな事を言っているの、皆私達の家族なのよっ」

 「有難う御座いますっ有難う御座いますっ、奥様ぁ~~~ぁ~~~」


 「早く中へ運んで下さい、どなたかお医者様か魔女様をお願いします」

 「わっかりました。おいらが行ってきます」


 「お母様、わたくしも」

 「クララ、ヴォルフは大丈夫だからきっと元気になるから」


 「いいえ、わたくしもお父様のおそばで、神様にお願いします」

 「そう、でもね、これからお医者様や魔女様が御出おいでになるわ、余り沢山人がいると、お困りになるでしょう」


 「でも」「良い子、お部屋にいってて、ねぇ」

 「わたくしが神様にお願いして、お父様も、エルンストもナイトハルトも元気にしてもらいます」

 「ええ、お願い、お願いよ、クララ」



 「なぁ、マール、一つ聞きたい」

 ぴょこ。「うぅ~、な、なんっすかぁ~」

 「クララの話し方が違うんだけど」

 ぴょこ。「私の凄い能力で翻訳ほんやくしてるっす」

 「そのままで良いよ」

 ぴょこ。「ひっくっ、わかるっすか、それなら良いっすけど」



 「Mama,Ich werde auf jeden Fall heilen.」



 「御免なさいっ、凄い能力使って下さいっ」

 ぴょこ。「うっ、分かったっす。クララの今の言葉遣ことばづかいは、大陸づたいにこの国に来た時、そこで覚えったっす」

 「う、ひっく、何か可笑しかと」

 「いや、そんな事ない」俺はクララとマールの手をにぎった



 そうしてクララは、自分の部屋に戻り、お祈りを始めた。

 「天にまします我らの父よ。願わくば、わたくしのお父様、ナイトハルト、エルンストを、そのみもとに御しになる事は、お許し下さい」


 クララは一心不乱いっしんふらんに祈った。

 「わたくしに出来る事なら何でもします。この命と引き換えでもかまいません」


 しかし、その真摯しんしな願いを、誰が聞いていると言うのだ。

 「どの様な事でも引き受けます。だからお父様を、…助けて、…お願いします」

 【かなえてやろう、…お前の望み】



 何だ。誰だっ。

 その声、…なのかわからない、何とも名状し難い何かが、俺の頭の中に直接ひびいた。



 「…神様、神様なのですかっ」

 【我が名は、エヌオカエヌオカ、かなえてやろう、…お前の望み】

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