絶対裁判

にほんしゅ

絶対裁判

 22世紀初頭、地球は危機的状況にあった。止まらない気温上昇や海水面の上昇、それに伴う食糧危機。しかしそれでも人類は協力できないでいた。各国の利害が絡み合う中、完全無欠なスーパーAIが開発された。「カウサ」と名付けられたこのAIは登場後すぐに各国の司法の場に躍り出た。理由は単純明快で、国民感情とやらに沿うものだったからだ。

 そもそもはカウサは裁判補助AIとして国連を中心に開発された。環境資本主義という環境に対する責任ばかりが重視され、人間が顧みられなくなった世界では汚職や腐敗が蔓延していた。こうした時代において、明確な指標は重要視された。法の安定的な運用や過去の判例を加味しつつ、適正な裁きを行うという目標を掲げ開発が進んだ。

 結果としては大成功だった。各国の実情を考慮しつつ、国民感情をも納得させた司法システムが裁判官を放り出すまでそう時間はかからなかった。多くの国で裁判官という職が形骸化、もしくは廃止された。補助的という立場を取る国であっても裁判官がカウサに逆らうことはほぼ無く、カウサの審判に反する審判を行った者はほとんどが何らかの圧力を感じ、抵抗することなく従うようになった。

 今やほぼすべての国家で採用され、採用を頑なに拒否する国はそれだけで非難の対象となった。

 極々一部の国を除いて採用された絶対的なシステム。そのシステムを世界的な指標として考慮する動きが出るのはある意味当然だった。

 しかし、これにはカウサを導入した各国の首脳も含めあらゆる政府が猛反発した。国際政治において重要なのは倫理や平等ではないからだ。もちろん、表立ってそうは言わなかったが。だが、国際政治において団結を強く望んでいたのは各国の国民だった。特に平等や公平さを望むものが多かった。それはやはり世界中の環境問題に対する政府の対応の遅さや、途上国と先進国の溝が大きかった。カウサの信頼が登場以来うなぎのぼりだったこともある。

 結局、カウサをより公平なものにするアップデートと、あくまで強制力はないという条件を付したうえで国連を中心に運用が開始されることになった。

 数年にわたる大規模なアップデートを経て、カウサは国際政治における唯一公平な指標として稼働することになった。

 順調にテスト課題をこなし、実戦投入が決まる。初めての実戦は全人類的に問題になっている環境問題についての検討だった。



 初の国際政治の場におけるカウサの投入は全世界の注目を集めていた。演算が終了する頃には、各国の関係者のみならず一般市民まで注目する奇妙な熱気がニューヨークを覆っていた。

 国連担当者がカウサの分析結果を読み上げるとき、おそらく全人類は意表を突かれたと思う。カウサが出した結論は環境破壊、特に地球温暖化やそれに伴う海水面の上昇などについての47の項目のうち、32の項目について人類が原因でなく、事象として人類が原因である確率は14%という数字をはじき出したからだ。

 温室効果ガスの排出について、人類は確かに産業革命以来大量に排出していたが、21世紀頃からの環境対策によって緩和されたり解消されたりしていたと判断。種の大量絶滅が人間によって引き起こされているとの説については、人類の乱獲によって絶滅に至った例は複数あれど、それ以上に土壌等の環境が変化していたことを指摘した。この変化は人類の活動とは無関係の変化であり、過去数億年にわたってゆっくりと進行していた事象であると判断された。

 問題となったのは環境破壊の原因が人類である確率である。この14%という数字は非常に問題となった。また、少なくとも15の項目において人類が原因、または主たる原因として判断されていることも重視された。多くの環境保護団体は特に15の項目を重視。その中の1つである海洋プラスチック等の汚染など環境問題はいまだに深刻であり、各国政府は引き続き環境資本主義を推し進めるべきと声明を発表した。

 対して産業界は14%という数字を重視。これは人類が環境に対して悪い影響のみならず、良い影響も与えられないことを示す指標であるとして、現在産業界にかかっている多くの規制の即時撤廃を主張。これらの規制は無意味であり、人類の豊かさを否定しているとした。

 世界中がこの結果に驚く中、各国政府は混乱していた。本来のシナリオでは、どれだけ自国が環境問題に対して真摯に取り組み、環境資本主義にのっとっているかを主張して切り抜ける手筈であった。万が一には、何かしらの規制も検討されていたが、この結果は予想しておらず、世論を見ながら対応に追われることになった。

 一部の環境保護論者はこの結果を捏造であるとしてカウサの即時運用停止を訴えていたが、これまでのカウサの実績や環境資本主義に対する疲れから世論は少しずつ環境資本主義の放棄、過度な環境保護法の撤廃を主張するようになっていた。

 世論に流される形で政府も動き出していたが、いまだに環境資本主義や環境保護を訴える声も強く、踏み出すことができなかった。

 しかし1か月後、カウサは環境問題の根源となっている37種の動物や昆虫をリストアップ。その中には皇帝ペンギンなども含まれており、再び世界中に衝撃が走った。カウサの分析によると、これらの生物を現在の1割以下に抑え込むことで温室効果ガスの排出を大きく抑え込むことができ、環境問題を劇的に解消する可能性があるとした。

 この結果が出た途端、世論はリストにある生物の早期捕獲、半絶滅化を要求するようになった。多くの国で動物園やペットとして飼っている生き物がやり玉に挙げられ、徹底的な非難の対象となった。

 混乱したのが環境保護団体である。各生物には生存権が認められるはずであり、環境保護とは無関係である。人類の力でどうにか別の道を模索するべきという声明を発表。当然、批判にさらされた。

 純然たる権威の下ではいかなる言葉も無意味だった。カウサの指摘通り、リストにあるあらゆる生物は捕獲され、2種は完全に絶滅、残りは自然種が絶滅し保護されている種だけが残り、環境が好転しているという「成果」をみせた。

 この「成果」を見せられると、懐疑的な人や慎重派だった人もリストの生き物を敵のように扱うようになった。かくして、環境法は多くが撤廃、緩和され、環境資本主義は終焉を迎えた。人類は新たな繁栄を手にしだしていた。



 23世紀初頭。カウサは37種の生き物をリストから削除。変わって人類を環境を破壊する全生命の敵としてリストアップした。

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