第12話 提案

 神童も他の陸自隊員たちも、ビルの陰に身を隠している。スサノオは身を低くし、ノコヤネたち後方のメンバーの元へ駆けた。


「敵を一人で引き付ける?」


 スサノオの提案に疑問を投げかけたのは有銘。


「それは、歩兵竜だけならできるでしょう、でも今は」

「爆弾が邪魔だ」


 いま目の前に立ちはだかっている角竜など見えないかの如く、スサノオは言い切った。そしてツクヨミを見つめる。


「どれが爆弾付きか教えて欲しい。できるか」

「できる……けど」


「無茶だ」


 首を振ったのはノコヤネ。


「君はテレパシーが使えない。ツクヨミのテレパシーが届かないじゃないか」

「だからノコヤネに増幅してもらいたい」


 確かにツクヨミの得た情報をノコヤネのテレパシー能力で増幅すれば、テレパスでなくとも情報は受け取れる。だがノコヤネは引かない。


「同じ事だよ。ただいたずらにテレパシーを大きくしたって、君が正確な情報を受け取れないのは変わらない。それに無闇に大きなテレパシーを受けたりしたら、君の脳にどんな悪影響があるかわからない、できないよそんな事」


「私も同意見よ。無茶が過ぎるわ」


 有銘もうなずいた。しかし。


「じゃ、ボクが行けば解決だね」


 そう言うと、ナビコナはスサノオの背中におぶさった。


「ボクとツクヨミの眼をリンクさせて、ノコヤネが間で増幅してくれれば、ボクがこうやってスサノオに指示を出せる。それでいいでしょ」


 有銘もノコヤネも、一瞬呆気に取られた。


「……な、何言ってるの、いい訳ないでしょう、今はヘリ部隊の到着を待って」

「そうだよ、そんなオンブした状態で戦うなんて馬鹿な事」


「スサノオは大丈夫だよね」


 ナビコナの言葉に、スサノオは初めて後ろに眼をやった。


「やれるのか」

「ハイ、決定」


 その笑顔には、誰も文句が付けられない意思の固さが見えた。




 十五頭の小竜は、ようやく九角に追い付いた。


「よく来たお前たち。今日の夕食は猿の肉だ。存分に喰らうがいい」


 九角の歩を進めようとしたとき、グレインは兜の内側の視界に警告表示を見て取った。異能反応感知。来るか。道路の端、路肩に止めてある車両の陰に隠れながら、しかしかなりの速度で迫ってくる影が。


 ナグア銃が火を噴いた。そのまま薙ぎ払うように撃ち続ける。車体を軽々と貫通した弾丸は歩道を抉って行く。車は炎を噴き上げた。影はその向こうに身を隠す。


 だが、銃撃は一瞬止んだ。九角の襟飾りが大きすぎて射線を塞ぐのだ。その死角の中を、影は九角に迫る。それをカバーするかのように小竜が間に立ち塞がった。銃声が一発。口の中から頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちる小竜。グレインは目をみはった。そして理解した。


「こいつが、あの」




 角竜は鼻先を大きく振るい、角でスサノオを貫こうとする。スサノオは身体を回転させながらそれをかわし、しかし敵の銃の死角からはみ出さない。その背にナビコナをおぶったままで。その両手に握るセベリル645が咆える。二頭目、三頭目の歩兵竜が倒れる。だが歩兵竜は恐れを知らない。三頭同時に口を開けて襲い掛かって来る。スサノオは左右の二頭に銃を向けた。その時、ナビコナが右の歩兵竜を指差す。


「そいつ!」


 スサノオは後ろに跳びながら左端の歩兵竜を撃ち抜いた。四頭目。歯が噛み合う音が二つ、身体から十数センチの所で聞こえる。着地したスサノオはすぐに身を屈め、弾かれたように前に出る。一瞬後、銃弾の雨がその場のアスファルトを抉り取る。死角から出ていたのだ。死角に戻ったスサノオは、二頭並んだ左側の歩兵竜の口を撃ち抜く。五頭目。


 角竜は前に進んだ。スサノオが死角から出ないのなら、自ら動くことで死角の位置を変えようというのである。だがスサノオも追随した。死角からその身が出ないように走った。その背に追い縋る歩兵竜が二頭。二頭が口を開けた瞬間、スサノオは身を翻し、両手から二弾を放った。六頭目、七頭目の歩兵竜が倒れた。残りは八頭、ここまでミスショット無し。




「九角、下がれ」


 グレインの声に九角は反応した。急制動をかけ、そこから後ろに下がる。敵が死角から飛び出た。そこを銃撃するが、素早く回り込まれてまた死角の中に戻ってしまう。銃声が二つ。八頭目、九頭目の小竜が倒された。増援は既に残り六頭になってしまった。


 何たる屈辱。装甲車両も銃弾の雨も全て退けたというのに、たった一人の兵に足止めを食らっている。いずれ航空戦力も出てくるだろう。そうなれば戦竜では太刀打ちできない。


 ドラーコにも装甲車両や戦闘車両はある。天穴さえ通せれば、航空戦力も、こんな猿の国など灰燼に帰せるくらいには余裕で存在している。だがそれを使わないのは、一重に予算が為である。狂信カルト国家ロヌから本土と同盟国を守りながら、かつ兵站も確保できぬ遠隔地で消耗戦を戦う為には、主戦力を削る訳には行かない。投入するのは増産可能で安価な副戦力を中心にしなくてはならない。その為の戦竜だ。


 ドラーコの潤沢な資源と強大な遺伝子工業力をもってすれば、戦竜の数など一か月で倍増できる。今現在、ドラーコ本土には異界討伐開始前の三倍近い数の戦竜が待機している。小竜の十五頭や二十頭失ったからと言って、大局には毛の先ほどの影響もないのだ。ならばこのまま真っ直ぐ突っ込んで、敵部隊の生き残りを一人でも多く殺す方が合理的ではある。


 しかし、ただでさえ武人には誇りというものがある。ましてグレインは名門ヴァルディの家名を背負って軍に身を捧げているのだ。相手が強かったから全滅しましたなどと、おめおめ戻れる立場ではない。


「そいつ!」


 まただ。そしてその声の後に二発の銃声。十頭目、十一頭目の小竜が、ろくに抗う事もできぬまま倒されてしまった。敵は明らかに小竜爆弾を見抜いている。即ち爆弾を使わせずにそれ以外の小竜を全て倒してしまうつもりなのだ。だがむざむざとやらせはしない。


「小竜隊は全員でかかれ!」


 残り四頭の小竜に全員で攻撃させて、グレインは九角に命じた。


「九角は左に回り込め」


 何としても敵を死角からナグア銃の射線に引きずり出してやる。もしどうしても出てこないとあらば、グレイン自ら小竜爆弾を撃ち、爆発を起こす。グレインの赤の甲冑の防御力ならば、小竜爆弾の一つや二つ問題ではない。しかし敵はそうは行くまい。


 九角はぐいぐい左に回り込んで行く。さあ出て来い、蜂の巣にしてやる。グレインは甲冑の中で嗤った。そのとき。とうとう相手が死角の外に飛び出した。上に。




 スサノオは垂直なビルの壁を上に三歩走った。そして身をねじる。左手のセベリルが赤い甲冑を射線上に捉えた。セベリル645の装弾数は六発。銃が二つで合計十二発。既に十一頭の歩兵竜を倒している。残弾数は一であった。




 それはグレインの予想外の動きだった。死角の上に飛び出したばかりか、左手の拳銃をこちらに向ける。まさかの行動に一瞬対応が遅れた。だが動揺はなかった。グレインの甲冑は拳銃如きでどうにかできるものではない。撃ちたくば撃てば良い。その間に、こちらはナグア銃を相手の動きに合わせればいいのだ。そして銃声が一つ。その瞬間、グレインの視界は緑色に覆われた。


「なっ、塗料弾だと!」




 スサノオはスタングレネードの安全ピンを二本抜くと、歩兵竜の鼻先に投げ込み背を向けた。破裂音と共に生じた百万カンデラの閃光が歩兵竜の網膜を焼く。視力を失った歩兵竜四頭の横をすり抜け、角竜の真後ろに回り込み、背後のナビコナに声をかける。


「ナビコナは戻れ」


 するとナビコナは、浮き上がるようにスサノオの背中からすうっと身を起こした。


「ちゃんと帰って来るんだよ」


 そう言い残して虚空に姿を消した。そこに押し寄せる銃弾の嵐。しかし敵は明らかに見えていない。弾が明後日の方向へ飛んで行く。




 兜の眼の部分は防弾ガラスになっている。その細く狭いエリアに銃弾が当たる心配は殆どないが、当たったとしても余程大口径の直撃でもなければ、防弾ガラスだけで大抵は防げる。しかし、塗料弾は想定外であった。


 こびりついた塗料はこすってもこすっても落ちない。視界は緑色に覆われたまま。兜の内側のモニターは生きているので、手探りでナグア銃に手を伸ばし、異能反応が感知された方向に撃ってはみたが、手応えはない。と、九角の背に何かが降り立った気配がした。そして銃声。




 スサノオは背からショットガンを抜き出し、チャージングハンドルを引いた。角竜の背中に飛び乗り、連射。赤い甲冑に向かって、ではなく、その構えるガトリング式の銃と、その台座の接合部に向けて。


 敵もこちらが見えないままに銃を放ったが、正面に立たないスサノオには当たらない。ショットガンは連続してスラグ弾を撃ち出した。接合部は三発目で変形し、五発目で砕け散った。しかし台座が崩れても、赤い甲冑は銃を両手で構えて立っている。まるで変化しないその姿勢に全身の恐るべき力が見て取れた。だが。




 グレインの手の中に、ズシリとした重みが加わった。銃が台座から切り離されたのだろう。その程度で姿勢を崩すほど、グレインの甲冑は非力ではない。しかしそのままトリガースイッチを押すと、流石に射撃の反動で身体が振り回された。もう狙いをつけるなど不可能な状態である。終わった。もはやこの銃では戦えぬ。グレインはナグア銃を落とした。


 音響センサの感度を最大にする。対峙した敵の心臓の音すら聞こえるレベルの感度であったが、聞こえるのは九角と小竜の呼吸と心音のみ。あの恐るべき敵はもうグレインの前には居なかった。


 その代わりに遠くの空にローター音が響いている。航空戦力がようやく出て来たのだろう。これで万事休す。まさかこうもあっさりと死ぬ事になるとは。驚きを通り越して清々しささえ感じる。思い残す事がない訳ではないが、それは言っても詮方ない。家族の顔が脳裏をよぎる。今まで世話をかけた。さらば。

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