初恋

来瀬 三次

第1話 初恋

 最近、初恋はどんなのだった?と聞かれることが増えた。


 まぁ16、17歳が多く集まっている場所だから色恋沙汰が流行るのは普通なのかもしれない。


 だが一般的には普通でも、いろいろと面倒な考えをしている僕にそんな機会が訪れるはずもない。


 恋人とは対等でありたい。一度の恋を、心底大切にしたい。


 一人の現代の若者として、そんな考えは古いのだろうか?


 というか僕の恋愛観なんてそんなに重要ではない。


 今のようにただ同級生のあの子が、幼いころ構ってくれた近所のお姉さんが、と自分の知らない話を聞けている分には面白い。


 だが聞いているだけにはいかない。いつか僕にも順番が回ってくることは明らかなのである。


 来るべきその時に備えて、適当な回答を用意しておかなければならない。



 ――ふと、僕の初恋について考えてみる。


 まずそれが『恋』なのかどうかすら怪しいが、初恋と聞くとまず思い出すのは車のクラクションの音だ。


 それは一年か、それと少し前。陽が完全に暮れた午後7時過ぎのことだ。


 帰路で唯一車通りの多い道。その歩道を歩いていた時だ。


 突如、すぐ近くから車のクラクションが響き渡ったのだ。ひどく驚いたことを覚えている。


 口元をつたうカフェオレをぬぐうのも忘れ、音の鳴った方向に顔を向けた。


 車のライトが逆光になっていたせいで何も見えなかった。が、すぐにその正体は明らかになった。


 猫を抱えた少女。


 長いマフラーで鼻まで覆った少女は、慌てて歩道に戻るなり車に何度も頭を下げていた。


 幸いにも周囲に車はその一台しかなく、それ以上の非日常な出来事は起こらなかった。


 僕は口元を袖でぬぐいながら、何事もなかったかのように少女の横を通り過ぎた。


 すれ違いざま。少女が僅かに震えていたのを視界の隅でとらえたが、なにかするわけでもできるわけでもなかった。


 その時。背後から、猫の鳴き声が聞こえてきたんだ。



 ――思い出とは、あまりあてにならない。


 景色であれど、人物であれど。思い出とは必ずしも美化されるものである。


 目元しか見えなかった少女を美しいと思えるのも、猫を救ったあの行動をとても勇敢なものに思えるのも。そのせいだと思う。


 だから僕は、あの質問にこう答える。



 ――僕にはまだできないよ。いつか、できるようになりたいけどね。



 僕の初恋は、どうもまだ先らしい。

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