第28話 シノの力が奪われた日 ② (the third person)

 シノには気になっている男の発言がある。


 「親子揃って同じことおっしゃいますね」という男の発言であった。

 

 鬼人王は種族が違うが私を育ててくれた親愛なる母親である。お母様は私よりも強くこんな男に負ける訳が無いと頭では分かっているが胸騒ぎがしてしまう。


 「殺してしまう前に聞くがお母様に何かしてはいないだろうな?」


 「気になりますか? 鬼人王なら私のものになりましたよ...そう、この鏡で」


 男は八咫鏡のミラー部分ををシノに向ける。

シノはこの鏡を見てはいけないと体が反応してしまい、鏡から目を離す。 

 だが、シノにはこの鏡の効果を受けないのだから避ける行動は隙を生む。

 男はその隙を狙い、一瞬でシノの懐に入り、顔に右蹴りをする。しかし、魔王の実力は伊達ではなく間一髪左腕に硬化魔法を寄付し、それを防ぐ。


 「流石吸血王。今の攻撃を防ぐとわ。楽しいですね」


 「ふん、お前なんかに褒められたくないわ!」


 シノは右手に硬化魔法を寄付し、その手で男の顔面を鷲掴み、高々と持ち上げ顔面から地面に叩きつける。そして、前方へ勢い良く放り投げる。

 男は壁にめり込み、みしみしと音をたてながら壁が蜘蛛の巣の様なひび割れていく。

 そして、男は力なく前へ倒れこむ。

 吸血鬼には驚異的な身体能力があり、元から腕力が高い上に強化魔法を寄付したシノの力は巨人族に引けを取らない腕力を有している。

 そんな攻撃を食らったのだ、動けなくなるのは当たり前である。

 しかし、男は何も無かったかのように悠然と立ち上がる。

 全力で地面に叩きつけ、放り投げたのに立ち上がるとは驚きであるが、これで終わりなら物足りないとシノは思っていた。


 「お前程度では私を殺せない。お母様を掌握した罪...。私を殺そうとした罪は重い、命乞いをしたところで死は免れない」


 カツカツとヒールの音を空間内に響かせながらとどめを指すために男に近づく。


 「おや、勘違いしていますね。あなた様を殺そうとは思っていません。殺すなど楽しみがなくなるではないですか。ただ力を奪うだけです」


 男にはダメージがないのかヒョイっと軽々立ち上がり、スラックスのポケットから小さな水入りの瓶を取りだし、握り潰し割る。

 魔法により水は凝縮されており、瓶の容量よりも遥かに多くの水が溢れ出し一瞬にして地面が水浸しにする。

 ただの水だろうと油断していたシノは避ける動作が遅れてしまいその水に足が浸かる。


 「ぐあああ!」


 シノの悲鳴に合わせライラ以外の家臣も悲鳴をあげ、家臣は強烈な痛みに耐えることができず死にたえる。


 「な! まさかこれは...聖水...っ!」


 身体中に痛みが走るが気をしっかり持ち倒れてしまわないようにシノは耐える。


 「すばらしい! 吸血王よ。聖水に触れても立っていれるなんて恐れ入ります」


 吸血鬼にとって毒である聖水に触れたはずなのに倒れないシノの姿に賞賛の声を上げる。

シノは吐き出しそうになる苦痛の声を無理やり飲み込み、代わりに疑問を吐く。


 「どうやって...こんな大量の聖水を用意した?」


 聖水はこの世界では珍しくなかなか手に入らないのだ。しかし、人が100人以上もいられる程の広さがある床を水浸しにする量の聖水を所持していた。

 聖水は正教会が時間を掛け祝別をする事で出来上がる。そして、一度に出来る量には限度があり本来はここまでの量の聖水を準備する事が出来る筈がない。

 だが、男は確かに聖水を持っている。


 「それは、吸血王にも申し上げる訳にはいかないです」


 男は空間に切れ目をつくりそこに八咫鏡やたのかがみをしまい、同時に中から1冊の手記を取り出す。

 その手記のページをペラペラとめくる。


  「では、そろそろ終わりにしましょう。この魔法の実験台になってください」


 床一面に広がっていた聖水は男の元に引き始め、それは男の両脇に分かれだし、2つの巨大な水球体を成す。

 水球体は流れるように形を変え人のような手首まである両手を形成していく。

 

 「群青の二拳あおのツインフィスト


 聖水で出来た両手は握り拳となり、左の拳が勢いよくシノに突き出される。

 シノの目は鋭さを増し瞳は赤く光り、禍々しくい程の無数の黒く燃える蝙蝠こうもりのようなものが飛び立つ。

 その全ては膨大な魔力を放っていた。


 「調子にのるな...! 黒の羽ばたき炎舞—へき!」


 おびただしい数の黒く燃える蝙蝠のようなものがシノの背中に集まりだし、蝙蝠似た2翼を形成し、シノを包み込む。

 2翼により左拳は受け止められ、触れ合っている部分から水蒸気が発生する。


 「諦めが悪いですね」


 左拳は後ろに引かれ、次に右拳が2翼の衣に向け放たれる。そして感覚を開けずに左拳が翼に打たれる。連続的に両拳が翼を殴りつける。

 この衝撃波は空間を震わし、建物全体に亀裂を入れていく。

 聖水で成形された拳だけあり、数発で2翼に所々穴が空き始める。

 だが、拳も黒炎により蒸発していき、先程に比べ小さくなり威力と早さが落ちる。

 反撃のチャンスをうかがっていたシノは攻撃が緩んだ隙に後ろへ大きくジャンプし、魔法を唱える。


 「黒の羽ばたき炎舞—ちゃく!」


 2翼を成していた黒炎はおびただしい数の蝙蝠を模した姿へ変わり、一斉に相手の両拳の魔法に張り付く。

 するとはおびただしい数の蝙蝠は赤くなり始め2つの拳は爆発し、蒸発する。

 あまりの量が一気に蒸発したのであたりは水蒸気に覆われ視界が悪くなる。 


 「ッッ...!!」


 この水蒸気でさえシノにとって毒であるが、液体とは違い耐えられない痛みではなかった。

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