第27話 シノの力が奪われた日 ① (the third person)
雲の切れ間から冬月が城を照らし、頬を刺すように冷たい夜に男がこの城に現れた。
「やぶ遅くに申し訳ございません。鬼人王から命を受け参じました」
男は紳士的な身だしなみをしており、物腰低く挨拶する。
ライラは鬼人王から使いの者が訪れると手紙で知らされていたため、警戒せずに対応した。
「ご足労ありがとうございます。今夜は冷えますので城の中へお入りください」
男を城の中に招き入れ、謁見の間に通す。そこには王座の椅子に座り、男を見つめるシノがいる。
「吸血鬼の王よ。お初にお目にかかります」
男は片膝を突き首を垂れる。
ライラはシノの隣に立ち、両壁際に沿って6名ずつの計12名の警護部隊が横並ぶ。
「そんなに畏まることはない、鬼人王からの要件とは何だ?」
男は立ち上がり、完璧な作法と仕草で一礼をして直径25㎝はありそうな円形の古びた青銅をシノに見せる。
「これは、
「それが鏡だと? 反射鏡がついていないようだが?」
「普通の鏡とは違うものとなっており、反射鏡がありませんがこれに顔を覗かせると自身の顔が映しだされるんですよ。ですが、吸血鬼のあなた様なら映らないかと存じます」
「そうなのか、そんな鏡が存在するとはな。確かに私は鏡に映らない。これは愚痴になってしまうが身支度が大変でな、水魔法で顔の前に水の塊を出現させて水面を鏡代わりとするんだけど水だから映る顔が歪んでしまうんだよな...。お前なら私でも映る鏡を持っていたりしないか?」
微笑しながらシノは男に日常の不満をぶつけ、魔王の私でさえ吸血鬼が映る鏡があると聞いたことがないのだから目の前の男がそのような鏡を持っているわけがないと分かっている。
だから、期待せずについで感覚で吸血鬼が映る鏡があるかを聞いていた。
「申し訳ございません。そのような鏡は持ち合わせていません」
男は腰を深く折り、丁寧な口調で所持していないと言う。
「そうだよな。私で映る鏡が発見されたら是非とも私に持ってきてくれ。そろそろ本題に入ろうか、そんな古びた鏡をどうして私に?」
期待していなかったのでがっかりするはずもなく、愚痴を言えただけでシノは満足し、興味を鏡に移していた。
「この鏡を吸血鬼のあなた様が持っている方が安全と考えたからです」
「安全とはどういう事だ?」
シノは怪訝そうな面持ちで男を見る。その男はシノの表情など歯牙にもかけず悠々と
「この鏡を覗いてはいけないとされており、覗いた者は鏡に映る自分の美しさに心を奪われてしまうのです。吸血鬼は肉体と魂の結びつきが微弱なため鏡に映らないとされているため、普通に見たぐらいではこの鏡から心を奪われる心配がないあなた様に、誠に勝手ながら預かっていただきたいのです」
シノは心奪われるとは比喩で、ようは力を奪う鏡である事だろうと理解しその
そんな鏡があるのならばもっと早い段階で私の耳に入るはずだ。なぜ、今更見つかる。
仮に鏡にそんな能力が本当にあったとしてなぜ私に渡す。
手取り早い方法として壊せばいいはずだとシノは考えた。だから、シノは男に確かめる。
「ほう、心を奪われる鏡かそれは面白い。お前の言う通り、私には鏡に寄付されている魔法効果を受けないだろう。だが壊してしまえばいいだろうにわざわざ私に渡す必要あるのか?」
男はシノが予想にしない突拍子のない言葉を口にする。
「この
男の話を聞いたシノは苦笑いする。
魔法以外の力など存在する筈がない。しかし、男からは嘘をついてる様には感じられないシノは男の言葉に興味を持つ。
「そこまで言うならば本当に壊せないのか試すまで、こんな鏡など再生が追いつかないほど跡形もなく消してやろう。鏡を地面に起き数メートル離れろ」
鏡に興味を持ったシノはうずうすしながら男に指示する。しかし、男は
「ふふ、面白いですね。鬼人王といい、吸血王といい、親子揃って同じことをおっしゃいますね」
口は笑ってはいるが目は笑っておらず、瞳からの奥から冷たさを感じる。
「吸血王、恐れながら申し上げたい事があります。鬼人王からのことづけで伺ったと申しましたがそのようなことはなく決してなくただの嘘です。魔王にそんな嘘をついた事をお許しください」
ニヒルな笑みを浮かべる男からただならない気配を察したライラは右手の指先に雷魔法で鉤爪を形成し、目にも留まらぬ速さで男の首根を狙う。
だが手首を掴まれ、鋭い一撃は防がれてしまう。
男がライラを自身の体に引きつけ、右足でライラの揺らぐ足元をはらい、地面に叩き潰す。
すぐさまライラは起き上がろうとするも拘束魔法を掛けられ身動きが取れず横たわり、無様な姿を周囲に晒す。
警護隊も一斉に男に襲い掛かるが軽く流され次々と倒されていく。
男は皆を戦闘不能にしては動けずにいるライラの横に立ち哀れみの視線をライラに送る。
「現在の実力はこの程度か、無様ですね…。あなた様でも老いには勝てないようですね」
バインドされながらもライラは無理やり首を動かし、過去の記憶を探りながら男の顔を確認する。
「...
ライラを一瞥しただけでライラの問いに答えるずシノに近づく。
「用心していた1位の家臣がいないとは今宵はついている」
男は笑うも眼差しは冷たいまま、一歩一歩シノに近づく。
そんな男にシノは臆することなく、余裕のある笑みを浮かべる。
「それがどうした」
元は第1位だったライラはカミツルギと言う青年にその座を渡しており、現在は第2の地位についていた。
そんな第1位のカミツルギは現在城を留守にしている。しかし、家臣の不在などシノにとっては取るに足らないこと。この男の相手など一人で十二分であると考えている。
久しぶりの骨のある敵と戦える嬉しさで、シノは胸を踊ろさせながら王座から立ち上がり、目の前の男を迎い撃つ。
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