第23話 お風呂にいるチョコさん
風呂は男女と分かれている。
「2人しか住んでいないのに贅沢過ぎる」
感激の吐息を洩らす。
入り口の直ぐ隣にある木材の椅子を手に取り、近くにあるシャワーの蛇口を捻りお湯を出す。
「はぁぁぁー疲れた」
頭から体にかけ心地い暖かさに包まれる。今日の戦いで付いた汚れと共に疲れも少しばかり取れていく気がした。
入念に髪と体を洗い終え湯船に歩を進める。何故か湯船の中央には木製の風呂桶が揺蕩みながら浮かんでいた。誰かがそのまま置いていったのだろうと思い特に気にも止めなかった。
「よっこらせ、ふうー」
シャワー以上に今日の疲れがいっきに抜けていく。やはり、湯船は偉大である。
気が抜け、胸に秘めていた気持ちが言葉となる。
「まさかシノが僕に惚れるとは」
「だよね。どういう風の吹きまわしなのかしら」と前方から女性の声がした。
「え!」
前には誰もいないので声の主を探すためあちこち確認するが誰も見つからない。
「なにキョロキョロしているのよ。ここよここ」
声はやはり前から聞こえる。しかし、誰もいない。あるのは湯船に不自然に浮かぶ桶だけである。
もしかして桶にスピーカーの細工があるかと思い警戒しながら桶に近づく。
「やあ、異世界から来た人よ。教えてくれないか、名前はなんというのかね?」
スピーカーがあるのではなく桶の中にお猪口で酒を飲んでいる小動物がいた。
「ね、ネズミ!?」
「ネズミじゃないわ、ボケ!」
桶の中にいたアプリコット色の小動物は勢い良く飛び跳ね、僕の頭上へ着地する。そして、何度もジャンプしだす。着地するたびに爪が頭皮に突き刺さる。
「地味に痛いよー」
「よく聞きなさい。あたしはハムスターよ!」
「ネズミと言ってごめんなさい」
頭上で飛び跳ねていたが小動物の動きが止まる。
「許す、で、名前は?」
「僕...は村本大輔」
「んーじゃあ大ちゃんって呼ぶね」
大ちゃんってあったばっかりなのになれなれしいが不思議と悪い気はしない。
「名乗ったからにはあたしも名乗ろう。あたしはチョコ、よろしく」
見た目通りに可愛い名前だな。でもこれを口にすると次は毛を抜かれそうなので口にしない。
「チョコさんそろそろ頭からどいてもらえませんか?」
「おっと、そりゃ失敬」
チョコさんはジャンプし、桶に戻る。樽の底にお尻を着け後ろ脚を前に出しながら、前脚で愛らしく毛づくろいしだす。
そんな愛らしい姿を見ながら1つの疑問をチョコさんに聞く。
「チョコさん、先程。異世界から来た人間よって言ってましたが、どうして、僕が異世界から来たって知っているのですか?」
毛づくろいしていた手を止めチョコさんは返答する。
「それは、見てたからよ。異空間から現れたと思ったらユニちゃん...今は違うか、シノちゃんに告白するなんてね。初めてあったばかりなのにシノちゃんに告白するなんて殺してやろうって思ったわ」
笑みを浮かべながらさらっと恐ろしいことを口にする。
僕は苦笑いをしながらチョコさんの話を聞く。
「でも、怒りはグレーモスに移ったけどね。大ちゃんがグレーモスからシノちゃんを守ってくれて感謝しているわ」
「いやーまじでグレーモスからシノを守れてよかったです」
グレーモスがあの場に現れなかったら僕殺されていたと思うと寒気を感じ、肩までお湯に浸かる。
あそこでチョコさん、グレーモスに殺されかけたんだよな。この世界の奴ら血の気多い。本当に生きてて良かった。
「ほっ...」
胸を押さえ安堵のため息がでてしまう。
「そうそう、あれも見てたよ」
両手で身体の半分近くある、お猪口を持ちながら言う。
あれとは何だろうか? 先程のシノとのやり取りなのだろうか?
この場面を見られていたなら恥ずかしい。恐る恐るチョコさんに尋ねる。
「何を見ていたんですか?」
「なんか口調が硬いわね。見ていたのはライラとの決闘よ」
良かった違うようだ。
安堵すると同時に彼女の凄さに気がつく。ライラを呼び捨てしたり、魔王のはずのシノをちゃん付けで呼んでいる。
只者じゃないかもしれないチョコさんは器用にお猪口でお酒をぐびぐびと飲み、ぷはぁと気持ちよさそうに息を吐く。
「大ちゃんは何って言ってライラの冷静さ欠かせたのよ? 遠くって聞こえなかったわ」
僕は首を上に向け満月を見ながらあの場面を思い出す。確か——。
「ライラはシノを娘のように溺愛しているんで、『僕に娘をください』って言ってキレさせました」
暫しチョコさんはキョトンとし、大きく吹き出す。
風呂場に響き渡るほどの大きな声でチョコは腹を抑えながら笑う
「ひはははあ! ...大ちゃん、最高だわ...! ひはははあ! だからあんなにブチ切れていたんだ。ひはははあ、腹痛いよ!」
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