第14話 君の名前はシノ

 彼女の頬が少しづつ紅みを帯びていく。

 そんな彼女にはユニヴァースと言う、立派な名前があるのにと疑問が脳裏に浮かぶが口にはせず、その代わりに意味がわからないよと言外に伝えるために首を傾げる。


 「さっさと考えろ!」


 しばらく首を傾げていると彼女に命令され、訳もわからず名前を考える事にした。

 そして、すぐに一つの名前が浮かぶ、元の世界にいる好きな人の名前...。

 ——志乃...本田志乃。

 外見が似ているからと好きの人の名前をつけていいのだろうか。罪悪感と恥ずかしさが込み上げてくる。

 だが、それが目の前の彼女に一番ぴったりな名前だ。

 少しでもこれらの気持ちを感じないように呼び方は同じだが違う存在であると無理矢理にでも思う方法を編み出した。

 そう、脳内で名前を漢字では無く、カタカタに変換して彼女を呼ぶ事にすればいい。

 カタカナなら気持ち的に違う人って感じがする。いや、そう感じるんだ、僕。

 深呼吸してから意を決して言う。


 「名前は...シノ、、、でどうでしょう」


 「シノか、そっちの世界では字はどう書く?」


 地面にしゃがみ込み、"シノ"とカタカナで地面に右の人差し指で書く。


 「大輔の世界で”シノ”とはこう書くのか」


 彼女ことシノは空中に"シノ"と見よう見まねで書く。まるで見えない何かにサインをしているようだった。

 その様子を見つつ腰をあげ、様子を見ていると目をパチパチさせ、顔を紅くさせていく。 

 どこか急ぐようにその口が開く。


 「大輔これからよろしくな」


 舌を可愛げにだす。シノの顔は仄かに紅く。目は潤んでいたので艶艶なまめかしかった。ちきしょう、可愛すぎる!


 「うん、こちらこそ」


 はにかみ笑いを浮かべて言葉を返す。

 目線が合うとシノは瞬時に視線を外し、か細く口の中で、まさか、すきなんちゃらと呟いていた。

 聞き取れなかた僕は「なんか言った?」と聞いてみた。


 「なんもない馬鹿たれ。私の城に戻るぞ。大輔には手記を読んでもらう役目があるからな」


 ぶわーっと顔を紅くし、焦っているのか声音が常よりも高かった。

 顔が赤くなるほどだ、恥ずかしい言葉を言ったに違いない。とても気になる。だが、これ以上は詮索しませんよ。

 手記と言えば、それにはシノの力を取り戻すヒントと僕が元の世界に戻るヒントが書かれているかもしれない。

 だから、自身の為にも一度読む必要がある。


 「気になるなー。まあ、いいや。——手記なら心配せずとも読んで見せましょう!」


 そう言えばとシノは疑問を口にする。


 「大輔は魔法を使わずにどうして俊敏に動いたり、強かったり、奴の拳を食らっても平気なのだ? ...平気ではないか頭から血が出ていたようだし、だがそれで済んでいるとはやはり只者ではないよ」


 眉を中央に寄せ疑問の眼差しを僕に向けてくる。

 そう言えば頭から血が出ていた事をすっかり忘れていた。今はどうやら出血は止まっているようだ。


 「僕にも分からない。言えることはこの世界では僕は頑丈で強靭なのかもしれない。それに元の世界から持ってきた物はこの世界ではとても強固ってことかな」


 シノは 頤に右手を添えて、僕の体を下から上へ確認し、首を軽く傾げる。

 右手を腰に移動させ、納得した様子はないが、受け入れてはくれた。


 「よう分からんが...この世界なら大輔は強いってことだな。大輔についても調べる必要がありそうだな」


 訳がわからないなの面持ちから好奇心溢れた顔となる。


 「お手柔らかに...」


 シノの表情が怖く、後ずさる。そして、横たわっているグレーモスに目をやる。

 よくあんな死闘をして生きていたものだ。それに生き延びるだけではなく倒してしまうなんて。

 これからも戦い続けるのだろうかと考えると末恐ろしかった。

 もう出来れば戦いたくないがこの世界にいると戦いは避けれない気しかしない。

 肩を落とし、溜息をつく。


 「ため息すると幸せが逃げるぞ」


 

 *



 城に向かう前にスクールバッグやらを回収した。

 もしかしたら今後役に立つかもしれない。

 回収し終わった後、シノから右手を差し伸べられる。その手を暫し、凝視する。


 「早くしろ! 城までテレポートするから手を握れ」


 「そう言うことか...」


 移動の為とはいえ好きな子に似ているシノと手を握るなんてドキドキしてしまう。

 伸ばされた手を躊躇いつつ左手で軽く握る。

 握った瞬間、シノの手がピクリとする。

 視線を手から上げるとシノの顔が赤面していた。

 そう見えただけだか、今は夕刻の時、西日により顔が赤く見えてしまうのだろう。

 だって、シノが僕と手を握っても僕とは違い何も感情もないのだから。

 まあ、僕は西日関係なく頬が熱い。まじ熱い。手柔らけー。


 向こうの世界では、今頃僕がいなくなった事に親は心配しているのだろうか。出来れば彼女も心配してくれていたら嬉しいなと小さな願望を心の中で呟く。

 元の世界の彼女、本田志乃に好きの気持ちを伝えたい。そのためには一刻もでも早く戻らなければならない。

 僕は元の世界に絶対に戻ると強く心に決めた。

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