第13話 勝利の方程式は

 下に落ちないようにグレーモスの上着に捕まる。


 「ぐへえええ! ありえない! この俺が地面から足が離れるだと!? ...貴様が狙っている事は分かったぞ、落ちる衝撃を狙っているんだな無駄だ。こんな高道さ強化魔法をした脚でなら着地など容易!」


 こいつの言う通りこのまま落下させても致命的なダメージは与えられない。

 が、このまま落ちたらの話しだ。

 横目で下を確認し、今は地面までの距離は100メートルぐらいと目測する。さらに上昇をしていく。


 「余裕ぶっているがお前はもう負けている」


 「貴様、何をほざいている!?」


 笑いを含んだ言葉でまだ余裕がありに言う。

 そのまま余裕ぶっこいて油断していろ。


 「僕はこの世界でならお前よりも動ける自信がある。それも空中ならなおさら僕の方が有利だ。よっと!」


 上着を掴んでいる両腕に力を入れ、体を引きつけ、横に飛び移動し、上に飛び左肩の上まで行く。

 僕の移動を簡単に許してくれるはずもなく、叩き落とそうと左の手のひらが頭上から襲いかかってくる。

 避けるため肩から飛び降りたらこのチャンスは2度と訪れない。

 だから、グレーモスの体から離れない。

 覚悟を決め、振り下ろされる手が逃げた先に軌道が変えられないようにぎりぎりまでその場で粘り、肩口に飛び込む。

 力を入れすぎて肩口を飛び越え、地面よりも硬い二の腕の表面を頭から滑り落ちていく。

 ここまできて落ちるとかたまったもんじゃない!

 右手で力強くグレーモスの衣服を掴み、宙ぶらりんになる。

 

 「おおおお! まだだああああ!」


 ピッチ走法で僕は全力で駆け上がる。肩に置かれている手の甲の上に乗り、それを踏み台にしてグレーモスの頭上よりも高く飛ぶ。

 首を下ろすとグレーモスは顔を上げており、口元を緩ませ微笑を浮かべていた表情が薄れていき、だんだん余裕がなくなっていくのが見て取れた。

 これでいい、もっと焦ろ。焦って状況判断能力鈍れ。

 

  「な、何をする気だあああ!」


 悲鳴帯びた声を上げ、右手が緑に光輝き、僕めがけて拳が上がってくる。が、空中だからか、姿勢が安定せず、その拳はブレブレで正確に僕を捉えてはいない。

 僕は魔法を使ってくれるのを期待していた。わずかな勝利を掴むには魔法の発動が必須だから。

 上半身を左に捻り、右足を勢い良く左に蹴り回す。

 グレーモスの拳を蹴りで反撃するのではなく、拳を避けるために取った行動だ。

 横に動いた体に紙一重で拳が下から上へ通り過ぎる。

 そして、僕はグレーモスの拳から腕に向かって魔法で噴射されている風で下に落下する。

  

 「魔法が使えないのなら相手の魔法を利用すればいい。これが勝利の方程式だ!!」


 「馬鹿なああああ! 俺の魔法を利用しやがっただと! 許せん、許せん!」


 背中を押す風の勢いに体を任せ、グレーモスの顔面に進む。大きな左腕が僕を捉えるためか、攻撃を防ぐためか分からないが緑に煌めきながら上に上がってくる。


 「もう遅い、判断が遅れたな。空中ならお前は僕の一撃を避けることは出来ない。ただの人間からの最後の本気の踵落としをくらええええ!」


 でかい頭頂部まで1メートルに迫る。今だと前に回転し、グレーモスの頭部めがけて右脚の踵を落とす。


 「やめろおおお! くそがああああ!!」


 僕の強靭な肉体とグレーモスの風で勢いが付いた踵落としはシャレになるわけがなく、バキバキと歪な音が足元からしながら、踵が頭部に食い込んでいく。

 そして、大きな躯体は勢いよく風を切り裂くように垂直落下していき、数秒後、地上から爆音がした。

 この衝撃は凄まじく、小さな隕石が落ちたかの様に地面をボウル状に抉り、一帯を砂埃が包む。

 

 「地面に衝突した時の衝撃は物体の重さの何百倍もなるのは本当なんだ——」


 砂埃でグレーモスはどうなったかは確認できないが、流石にあの勢いで落下したのなら動けるはずがない。


 「やったあああ勝ったあああ!物理の授業無駄じゃなかったありがとう! ...でも...わああああ! 落ちる...!!」


 このままうつ伏せのまま落下したら流石の僕も多分死ぬ。死ななくても重体間違いない。

 どうしようか考えあぐねていると横からの強風で体が横にずれる。

 地上でも同じような風が吹いたようで、砂埃は吹かれ、下の状況が目視できるようになった。

 驚いた事にグレーモスはうつ伏せとなっている身体を無理やり起こそうとしている。

 先程の強風により微調整されたようで運がいいことに僕の体はグレーモスの立派な背中の真上に位置している。

 グレーモスにとっては不幸としか言えないが、僕はこのまま背中から垂直に落ちれれば、グレーモスの背中がクッションの役目を担うな、それにダウンさせることができる一石二鳥でラッキーと思う。

 あとは、脚が下になるように体の向きを変え調整するのみ。

 上半身を無理やり起こし、その勢いで体をまっすぐに立て直し、立派な背中の中央に落ちた。

 ごっきっと骨が折れるような音に呻き声が重なる。そして、突然音も声もしなくなる。

 着地成功、生きていたと素直に喜べず、僕は戦慄した。


 「やべええて殺したか!!」


 急いで背中から降り口元に行き確認すると、息をしていると確認が出来た僕は安堵し、力が抜け、地べたに座り込む。

 すると背後から彼女の笑い声が聞こえる。


 「君はなかなか酷い奴だな。瀕死状態の奴に留めをさすなんて」


 「留めって...殺してないよ」


 半笑いしながら僕は半身になって、肩越しから彼女を見る。

 笑みを浮かべている彼女の瞼には大粒の雫が浮かんでいた。


 「...よかった。君が生きていて本当に良かった...。——守ってくれてありがとう」


 「いえいえ」


 こんなにも純粋に感謝されるのはいつぶりだろうか。


 「そう言えば君の名前を聞いてなかったな」


 彼女に聞かれて確かに言ってなかったと気づく。

 やおらに立ち上がり、彼女に近づく。


 「僕の名前は村本大輔」


 「大輔...」と彼女はポツリと言う。


 ドッキと心臓が高く鼓動する。好きな子と同じ声で名前で呼ばれるのは嬉しさと恥ずかしさがある。

 顔は意思に反してニヤニヤしてしまう。


 「ねえ」と彼女が話しかける。


 「私に名前をつけてくれないか?」


 

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