第9話 ただの人間でも守る

 「貴様は死んだのではないのか。生きていたならこのまま死んだふりをしていれば命は助かったもの。アホな奴だな! どうやら貴様空間魔法が使えるようだな。...おいおいいつまで俺の腕を掴んでいるつもりだ?」


 空間魔法使えないしと心の中で思い、ぼやっていると太くて筋肉の塊の腕を乱暴に下ろされ、掴っていた手から離れる。

 眉間に皺を寄せながら、語気を荒げ僕に挑発をしてくる。


 「チビが! 来いよ、貴様の動きなど簡単に捉えてやるわ」


 ああ、今すぐにでもお前をぶん殴ってやりたいが、後ろの彼女が気になってしまい。下手に動けない。

 だから、僕は言葉とともに左手を後ろに向けて、フリフリ動かし、彼女に下がるようにと伝える。


 「もっと後ろに下がって」


 彼女は動こうとしない、もしかしたら僕の前に出てくるかもしれない。

 吸血鬼であろうと力をほとんど失っている彼女より、僕の方が強いはず。...多分。...だから僕が守る。だから、前に出ないようにしてほしい。


 「ははは! 優しいな貴様格好いいな。——虫唾が走る、雑魚が格好つけるのは罪だあああ!」


 語尾と同時に僕の体ほどの左の拳が横から迫ってくる。

 当たらなければいいし、当たったって今の僕は受け止められる。だが、少しばかし怖いので下にしゃがんだ。

 拳は僕の頭上をごおうと重低音を鳴らせながら通りすぎっていった。

 やり過ごし、顔を上げると、僕を陰に包むほどの組まれている両腕が振り下ろされていた。


 「今更テレポートをしたとしても間に合わん。これで終わりだ、死ね...っ!」


 やばい、けれども僕なら防げるはず。信じろ僕の体を!

 右手を高らかと掲げる。

 振り下ろされた拳の風圧では砂が舞、辺りは砂埃で覆い尽くされて何も見えない。

 ——僕はこれで証明ができたようだ。この世界なら僕の体は強靭であると。右手だけでヘビー級の拳を受け止めてしまった。

 正直怖かった、この一撃でプレスされてしまうのではないかと恐れていた。

 安堵したのか脚の力が抜け、ガクガクして、立ち上がれなかった。


 「私は君が死ぬのが悲しいぞ! 嫌だぞ!!」


 砂埃で彼女の姿が見えないが声音から分かる。本気で僕を心配していると。彼女を気遣っていてくれる優しさが胸の奥まで届き、物凄く嬉しかった。

 嬉しさのあまり口元が綻ぶ。


 「僕が死んだら悲しいか、そんな事言ってくれるなんて嬉しいな...。僕はこのぐらいでは死なない!」


 僕を叩き潰してきた拳が手のひらに乗っているが軽々と立ち上がると、タイミングよく砂埃が風に絡まれ、どこかへ飛んでいき、消えていく。


 「死んだかと思ったぞ、馬鹿! 心配させおって、本当に生きていてくれて良かった...」


 「心配してくれてありがとう」


 「馬鹿な...! ありえない。雑魚が俺の拳を受け止める事などできるはずがない」


 拳のせいでよくグレーモスの表情が見えないが、口が大きく開口しているので驚愕しているだろう。

 彼女に視線を変える。きっと気遣わしげば顔をしていると思っていたが、あら予想外、僕に訝しむ視線が向けられていた。


 「君は本当にただの人間なのか?」


 人間ではないと疑われるのは仕方ない。彼女の常識では人間は下等生物で、弱い存在なのだから。

 まあ、ある意味僕の世界でもそんな認識で間違ってはいないな。

 だが、この世界ならそんな人間が巨人から女の子を守れるんだよ。

 

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