第10話 記憶のない想い(INTERLUDE)

 「貴様は死んだのではないのか。生きていたならこのまま死んだふりをしていれば命は助かったもの。アホな奴だな! 貴様空間魔法が使えるようだな。おいおいいつまで俺の腕を掴んでいるつもりだ?」


 グレモースは私から手を離し、彼の手を振り払いながら挑発する。


 「チビが! 来いよ、貴様の動きなど簡単に捉えてやるわ」


 彼は一歩も動こうとしない。


 「もっと後ろに下がって」


 前を見据えたまま、左手を上下に数回振りジェスチャーで後ろに下がるように彼は私に指示してきた。

 それに反発して彼より前に出ようとした、したのだが、それを許してくれない背中をしていたので彼の指示になくなく従った。


 「ははは! 優しいな貴様格好いいな。——虫唾が走る、雑魚が格好つけるのは罪だああ!」


 目の前の彼の体の右側目掛けてフックを入れる。

 彼は本当に人間か疑うほど軽々と下に屈み、拳は彼の頭上を通り、空気を殴るのみで終わる。

 グレーモスは口角を右に軽く上げ、間髪入れず両手を組み高らかに上げ、勢いよく振り下ろす。


 「今更テレポートをしたとしても間に合わん。これで終わりだ、死ね...っ!」


 空気を切り裂きながら振り下ろされる重量級の拳は彼に直撃した瞬間、爆音が鳴り響く。

 拳の風圧により砂が舞、辺りは砂埃で覆い尽くされ、砂埃を肺に吸い込んでしまい私は咳きこむ。


 「何故私を助ける? 赤の他人じゃないか、なぜ命をかけてまでも私を守る。私を助けようとしなかったら命を落とさずに済んだのに」


 流石にあの一撃を食らったら人間ごときでは命はないだろう。悲しみが身体を襲う......。


 「悲しみ? たかが人間ではないか!?」

 

 手記を解読するチャンスが消え失せたがこれは悲しみの感情にはならないはずだ。

 なら一体この悲しみはどこから来るのだろうか。彼の言葉が頭の中で響く。


 『僕は逃げない! 絶対に君を守ってみせる!!』、『おい、その汚い手を彼女から離せよ!』そして、あの言葉...『好きです。付き合ってください』


 恐らくこの言葉は私に向けられたものではないだろう。なのにだ、私の心に想いが届く。前から君を知っていたような気がする。

 目を閉じる。瞼がスクリーンの代わりになるかのように映像が映し出される——。


 「ここは?」


 知らない場所であった。視点は私の意思に反して勝手に動く。周りをキョロキョロしているとしばらくして動いていた視点が私を助けてくれている彼に止まる。

 先生と呼ばれる人物の手伝いをしているようだ。突如、暖かな気持ちが身体を覆う。


 「何だ! この気持ちは? それに、誰の視点なのだ?」


 分からない事だらけだが、分かる事が一つある。彼の事を見ると心が暖かくなり、もっと一緒に居たいと思えた。

 だんだんと現実の世界に戻っていく——。

 一体これは何だったんだ?


 目尻に涙が浮かぶ。悲しい気持ち...。彼が死んでしまったこの現実をどう受け入れたらいいのか......。

 心の底から言葉が込み上げてくる。


 「私は君が死ぬのが悲しいぞ! 嫌だぞ!!」


 グレーモスの肩がぴくりと跳ねる。


 「僕が死んだら悲しいか、そんな事言ってくれるなんて嬉しいな...。僕はこのぐらいでは死なない!」


 私に言葉を返しながら立ち上がる彼の姿がそこにあった。その姿を見て私は心の底からから彼が生きていたことに安堵する。


 「死んだかと思ったぞ、馬鹿! 心配させおって、本当に生きていてくれて良かった...」


 「心配してくれてありがとう」


 彼が優しげな表情でお礼を言う。なぜお礼をされているのだ? 人間が考えている事はわからん。しかし、どうしてあんなにも元気なのだ。異世界の人間は何かしらの能力を持ち合わせているのか? ...特別な人間なのか。

 

 「馬鹿な...! ありえない。たかが人間が俺の拳を受け止める事などできるはずがない」


 グレモースは口を限界まで開口し、ていた。 

 驚いた事に彼は右手を上げ軽々とグレーモスの拳を受け止めていたのだ。


 「君は本当にただの人間なのか?」


 私は人間離れした彼の身体能力に驚かされるばかりである。

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