第7話 心が叫ぶ(INTERLUDE)

 「ははは、何て弱いんだ。軽すぎるぞ。殴った気がしない。貴女よ! こんな雑魚より、俺のものになれ」


 上から目線で言い放ち私の右腕を掴む。何かを警戒するように周りを確認し言葉を発する。


 「今日は邪魔な執事もどきはいないのか?」


 どうやら周りを見ていたのは私の家臣がいないかと確認していたのか。いると嘘を吐けば私から手を離し、この場から立ち去るかもしれない。だから唇を開きかけるが嘘をついたところで悟られるだろうし、助かるために嘘をつくとか魔王の私には出来ない。

 ならば本当の事を言うのみ。


 「ライラの事か。見ての通りいないな」


 グレーモスはニヤリと不敵な笑みをする。


 「ほう、今日はついている。奴がいてはお前と話す事が出来ないからな。邪魔がいないのは好都合だ」


 嬉しげな声音が耳に届き体に入る。その声音に体が拒絶し、吐き気を催す。


 「お前と話す事はないし、絶対お前のものにはならない!」


 魔力を右足に込めグレーモスの顔面を蹴り上げる。だが、あっさりと左手の甲で受け止められてしまう。

 ...こんな奴...本来の力が有れば一瞬でチリにしてやるのに。


 「何だ? こんな軽い蹴りは? そうそうか俺に美しい脚を見せてくれたのか」


 グレーモスは口を大きく開けて笑い出す。

 その笑い声に体が反応してしまい体が強張り、振り上げた足を素早く下ろせなかった。

 私はみっともない。魔王の恥である。こんな惨めなのは何もかも私の力を奪った男のせいだ。


 「あの男さえいなければ...あの男のせいで今の私ではお前さえも倒せないとはな。惨めだ...」


 グレーモスは哀れみの表情を私に向けてくる。

 そんな表情で私を見ないでほしい。ますます惨めになる。


 「貴女よ、魔王とは思えぬほど弱いの。ここまで弱いとわな。もう、魔王を名乗るのはやめろ。惨めだ。だが——」


 哀れんでいたが口元を綻ばせ「そんな、貴女でも俺は愛す。ははは!」と続けられた言葉は私の口の中を苦くする。そして全身から血の気が一気に抜け、両手足が戦慄きだす。


 「この震えは何だ?」


 この分からない震えのせいで力が全く入らずグレーモスに右手首を捕まれされるがまま引っ張られていく。

 私は嘘つきだ。この震えの正体を知っている。だが気づかないフリをする。

 

 「嫌だ...離せ...」


  気道付近が痙攣し言葉が喉に詰まってしまい思うように言葉を発することが出来ない。


 「これからが楽しみだ。ずっと俺の隣にいろ! ははは!」


 グレーモスの高笑いが遠くに聞こえる。体がグレーモスの声を聞く事を拒否している。


 「もしかしてこれは恐怖か...? この私が恐怖を抱く筈など...」


 恐怖など認めたくなんてなかった。認めないようにしていた。感じても気づかないフリをして自身をごまかし続けた。今まではごまかす事が出来た。なぜなら今までの恐怖は隠せない程では無かったからだ。

 でも、今私は口にして恐怖を認めてしまった。


 「...ライラ」


 グレーモスが通信魔法を妨害しているのかライラにコンタクトを試みるも反応が無い。 

 可笑しな事に私は安堵し小さな笑みが溢れた。ライラに助けを求めるとかただの恥さらしとなるところだった。安堵している私って気持ち悪い。

 何も出来ない状況に絶望し、私という存在に嫌気がさし、抗っていた恐怖に心が打ち砕かれ私はとうとう恐怖に負けてしまう。

 意思に反し体から力が抜け、地面に膝をつく。


 「本当に惨めだな。よかったな俺は寛容だからそんな貴女でも愛せる」


 「...ッ!」


 こんなのは愛ではない。愛の強要だ。あの人間の方が言葉に暖かみがあり、嫌悪感など無かった。

 みっともない姿をこれ以上晒さないように体を起き上がらせようとするが脚に力が入らない。


 「動いてよ...」


 目尻に涙が浮かんでいるのか視界がぼやける。

 これ以上恐怖、険悪感を抱え続けているとどうにかなってしまいそうだ。

 いやもうすでになっていたのだろう。このどうしようもない感情をあろう事か吹き飛ばされて伸びているであろう異世界の人間に向けてしまった。


 「守ると言いながら一撃でのされおって。嘘つき...守ると言ったじゃないか。その言葉は嘘だったのか...。馬鹿っ...嘘つき」


 目尻から涙が溢れ、頬を伝い、地面に垂れる。


 「たすけて...」


 かすれた声でポロリと言ってしまった。口から出てしまった。

 ただ漏れてしまった言葉なので助けが来るとは期待していなかった。

 それなのに助けに応えるかのように1人の人間が突如現れ、私を掴んでいる大きな右手の手首を力強く掴みだす。


 「おい、その汚い手を彼女から離せよ!」

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