第6話 運び屋のレスキュー ②


 ブゥーーーンと静かな音を経てながら、一機のヘリが暗く揺れる海面の上を飛んでいる。周りに着陸出来そうな場所は無く、それでもヘリは何かを探すように探照灯を海面へ向けている。

 ヘリがこの海域に着いてから約十分、ヘリの正面の海上が薄い膜を押し広げるようにしてせり上がった。膜は破れ、下から現れたのは真っ黒な潜水艦であった。

 

 潜水艦の上部ハッチが開いて中からガタイのいい青年が現れた。青年は右手に誘導棒を持って振り回している。

 ヘリは誘導棒の上に来るよう軸を合わし、それからロープを下ろす。下ろされたロープの端から青年が離れたのを確認してから、上から搭乗していたスタッフが二名降りてきた。

 

 一人は中年の男性でライフジャケットの下に白衣を着用しており、一目で医者だとわかる出で立ちをしていた。

 もう一人は若い男性で、こちらはライフジャケットの下に動きやすいミリタリーズボンとシャツを着用していた。

 先に口を開いたのは医者の方だった。

 

医療船ドクターシップより此度の転覆事故の救命のため派遣されてきました。私は医者のマージラ・クランベリー、こちらは助手のカイデン・ネオ。

 黄昏の船機への搭乗を許可願います」

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 黄昏の船機の艦橋にマージラとカイデンが入室する。艦長席に座るマカロンの前に立つと襟を正した。

 

医療船ドクターシップ所属マージラ・クランベリー」

「同じくカイデン・ネオ」

「これより黄昏の船機と合流します」

「はい確認しました。私の事はマカロンと呼んでください」

 

 言いながらマカロンは焼きたてのマカロンを二人へ差し出した。

 いつもの光景だ。

 

「でもマージラ、いい加減こんな堅苦しい挨拶しなくていいのよ?」

「規則なんだからそうはいかないよ、母さんだってわかってるだろ」

「え?」

 

 今の間抜けな声はリナリアのものである。今艦橋にはマカロンとマージラとカイデン、そしてリナリアの四人がいる。ギンガとトッシーは格納庫で待機していた。

 そしてリナリアとしては先程のマージラの言葉に反応せざるを得なかった。

 

「あら、リナリアちゃんにはまだ言ってなかったわね。こちら私の息子なの」

「いつも母と息子達がお世話になってます。マージラです。名字が違うのは気にしないでくれ」

「は、はい。えと昨日からお世話になってますリナリアです、以前は侍従をしておりました」

「今回はよろしく」

 

 お互いの自己紹介が終わったところで早速救命の仕事に入る。

 説明は派遣されてきたマージラが行う。今回はマージラが主導で作戦をたてることになっている。

 

「転覆した客船はそこまで大きくはない、全長は五十四メートル、全高二十二メートル、全幅十メートルだ。逆さまになっているから直ぐには沈まないだろう」

「一般的な大きさね、救助対象の人数はどれくらいなのかしら?」

「乗員乗客合わせて三十八名、怪我人等の有無はまだ確認の最中だが、最低でも三名はでている」

「それくらいなら全員この船に収容できるわ」

「そうしよう、問題はどうやって収容するかだ」

 

 周りには船を転覆させた凶暴な海獣が徘徊している。海獣を回避して船に近づく事すら困難を極める上に、収容終わるまで迂闊な行動は出来ない。

 どうするかと考えているところ、リナリアが手を挙げた。

 

「あの、この船のステルス機能でこっそり近づく事はできないんですか?」

「残念ながら、海獣は潜水艦と違って皮膚にセンサーみたいなのが着いてるの、潜水艦だったら誤魔化せるステルスでも、海獣だと海流の変化で半径数キロの敵を補足しちゃうのよね」

 

 どれだけソナーもレーダーも誤魔化せても、海流の動きだけは誤魔化せない。ゆえに黄昏の船機のステルス機能は自然の生き物には全く意味をなさないのだ。

 更に言えば、海獣なら肉眼で補足してくる。

 

「やはりデイで海獣を抑えつつ、ボートで船に潜入して重傷者と子供から収容するのがいいと僕は思う」

「そうねぇ、私もそうするのがいいと思うのだけど」

「何か不安があるのかい? 母さん」

「流石に医者の貴方はこちらに残るべきだと思うのよ、迂闊に潜入して唯一の医者が二次災害にあったら悲惨な事になるわ」

「そうだな、しかしそれではカイデン一人に行かせる事になってしまうな」

「自分なら一人でも大丈夫ですが、やはりバディがいた方が安心できます」

 

 基本的に二人一組でレスキューに当たるものだが、残念ながら医療船から派遣されて来たのは医者と助手の二名だけ、二人ともレスキューの資格は持っているが、医者はマージラだけなので待機して臨時病棟を作っておく必要がある。

 元々の予定ではカイデンとレスキュー資格のあるギンガを組ませて突入させる筈だった、しかし海獣がいるためデイで出動しなければならない。

 

「あらあら、医療船もケチらずにもっと人材派遣してくれたらいいのだけど」

「すまないな、こっちも人手不足なんだ」

 

 現状、カイデン一人に行かせるしかない。

 憂いのあまりため息が全員の口からでる。そんな中、リナリアだけはおずおずと手を挙げて案がある事を示した。

 

「あらリナリアちゃんどうしたの?」

「はい、私レスキューの資格持っているのですが、私とカイデンさんで行っては駄目ですか?」

「「「えっ!?」」」

 

 その場の全員が驚いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る