第3話 ミス・マカロンのお仕事 ③

 エドモンドは自らの愚策を呪った。

 頭を抱える彼の耳元にオペレーターから悲痛な声が届く。


「オーナー、ゲリラに包囲されました!」

 

 本来の予定ならば、囮となったマカロンと侍従の元に敵戦力を集めて、本命の自分達は悠々と敵のいないところを抜けて逃げる筈だったのだ。

 そのために扱いやすそうな老婆の運び屋を選び、自分達の護衛には高い金を払って有名な運び屋を選んだ。

 シンプルで完璧な作戦なのに、これはどういう事なのか。

 

「前方にオラディン級の戦艦一隻、パウエル型の潜水艦が前後に一隻ずつ、後方にカナロア級が扇状に四隻広がってます」

 

 オペレーターの躊躇うような言葉から知らされる情報は、エドモンドの脳を急速に冷やしていった。


「運び屋はどんな状況だ?」

「二隻の護衛艦のうち、一隻は先程の魚雷で撃沈しました。乗員の安否は不明です」

 

 護衛艦一隻ではこの包囲を抜けるのは厳しいだろう、レーダーを見る限り敵はこの艦を中心に半径五.四海里(約十キロメートル)に渡って広がっている。

 どこかの包囲を崩して突破したいところだが、いかんせんこの船では 速度のあるカナロア級に追いつかれてしまうだろう。

 

「ここまでなのか」

 

 船屋に寝かせている娘のカレナを思う。彼女にはすまない事をしたといたく後悔していた。

 投降するしかないと思い立ち、でもそれはしたくないと葛藤する。モヤモヤした心情のままレーダーを何ともなしに見やると、不意に何も無い所から熱源反応が表示された。

 

「なんだあれは!」

「確認します……魚雷です!」

 

 オペレーターが言い終わると同時にその魚雷は一番遠くにいたカナロア級を一隻沈めた。

 

「どこからだ! いや誰が魚雷を!」

「わかりません! ソナーにも反応しないんです!」

「ジャマーを使ってるのか」

 

 船の装備にジャマーというのがある。単純に効果範囲のレーダーを狂わせるものだ、対象のレーダーを狂わせた後、相手が確認してる間に攻撃を仕掛けるのがデフォルトの戦術であり、エドモンド達はこれに引っかかった。

 

「いえ、レーダーは正常です。ジャマーを使われた形跡はありません」

 

 そうこうしてるうちにまた一隻のカナロア級が沈められた。

 

「とにかくチャンスだ、空いた包囲網をついてここから逃げよう」

「了解、護衛艦に知らせます」

 

 誰かは知らないが光明が見えた。この機会を利用させてもらおう。

 

 

 

 ――――――――

 

 黄昏の船機の艦橋にジョルジュの淡々とした報告が響き渡る。

 

『二発とも着弾確認しました。敵艦沈没』

「素敵よジョルジュ」

 

 画面上では、たった今カナロア級の戦艦を表す光点が一つ消えたところだ。マカロンは一息ついてから椅子に深く腰掛け直す。

 たった二発で撃沈出来た事は僥倖。まあ流石にコンマ一海里(約二百メートル)の至近距離まで近付けばピンポイントでエンジンを貫けるのは道理か。

 

「こちらの存在に気付いた様子はあるかしら?」

『ありません。流石に警戒は強くなっていますが……今ジャマーを使ってきました』

 

 レーダー画面にノイズが走り、さっきまで見えていた光点が見えなくなった。

 

「意外と性能のいいジャマーを使っているのね」

『軍警察で制式採用されているタイプです。しかしプロテクトレベルが更新されていないようです……解除しました』

 

 程なくしてレーダー画面の異常が治り、正常となる。映ってる光源の位置が変化しており敵戦力が移動している事が見て取れた。

 どうやらエドモンドの船を中心に戦艦が密集陣形を組み、潜水艦二隻が遊撃として動き回るようだ。

 

「ジョルジュ、もう一度聞くけど、こちらの存在は探知されてないのよね?」

『ウィ、もし見つかっていれば全艦隊が魚雷かメーザーを発射していたでしょう』

「わかったわ、なら戦闘体型に移行後、こちらの強みを活かして一隻ずつ破壊していきましょう」

『かしこまりました……黄昏の船機、戦闘モードに可変します』

 

 ガコンと大きな音が響き、船全体が揺れる。新しくモニターに黄昏の船機のモデリングが表示され、船の可変状況を知らせてくれる。

 思わずリナリアが驚きの声をあげる。

 

「この船は変形できたんですね」

「フフ、変形といっても真ん中のブロックが回転して艦橋とヘッドが伸びるだけよ」

 

 マカロンの言う通り、船の先端についてるハンマーヘッドが前方に伸び、その後ろにあるウェポンユニットが九十度旋回した。そして最後に艦橋が上斜め後ろに伸びて視界が広くなる。全体的に長細くなった感じだ。

 

「まずはそこにいる潜水艦を倒しましょう」

 

 マカロンの指示通りにジョルジュが船を動かす。潜水艦の左斜め後ろに回り込んで近付く。しばらくして艦橋から潜水艦の側面が見えた。

 そう、艦橋から見える位置まで近付いたのだ。

 

「ジョルジュ、相手が気付いた様子は?」

『ありません』

 

 これこそがこの船の強み、黄昏の船機は現段階において存在するどのレーダーにも映らないのだ。

 ソナーにも反応しない。ただし腕のいい水測員であれば波の音で探知する可能性があるので一概に万能とも言えないが、今回はその腕のいい水測員はいないようだ。

 

「バリアシールド展開、体当たりしちゃいましょ」

『かしこまりました』

 

 船の給水口から大量の海水が取り込まれ、合わせてジェットノズルから海水が勢いよく排出されていく。ハンマーヘッドから透明な膜のようなものが広がった。これがバリアシールド。

 バリアシールドを前にして黄昏の船機は潜水艦の横腹に突撃する。相手はこちらの存在を察知する間もなく横腹を叩き付けられて大きく船体を揺らす事となる。

 

『激突、船に問題はありません。敵潜水艦沈黙、装甲にヒビが入ったので間も無く沈没するでしょう』

「わかったわ、次行きましょう」

 

 次はいよいよエドモンドの船がある所。

 レーダーを見ると戦艦から小さい光点がいくつも出てきたのが確認できた。

 

『敵がダイバートルーパーを発進させました。数は十七です』

「まあ、たくさんいるのね……ギンガ、トッシーお願いね」

「よしきた!」

「……」

 

 二人が意気揚々と艦橋を出ていく、ギンガの方は本当に意気揚々なのかは不明だが。

 

「あの二人はどこへ行くのですか?」

「格納庫よ。実はね、この船にもあるのよ……ダイバートルーパーが」

 

 ダイバートルーパーはアマリウムに存在する殆どの船に搭載されている小型兵器である。開発当初は海中探索のために作られたが、今となっては戦闘兵器として運用されてしまっている。開発者の意図と外れるのはよくある事だ。

 

『婆ちゃん、オイラ達いつでもいけるぜ』

『……』

『ギンガ兄ちゃんやる気だなあ』

 

 通信で聞こえる二人の声は呑気なものだった。最もギンガの声はリナリアには聞こえてないが。

 

『キャプテン、ダイバートルーパーDAYデイの発進準備完了しました』

「そう、じゃあお願いね」

『DAY発進します』

『よっしゃー!』

『……』

 

 黄昏の船機の底が開いて、そこから小型のダイバートルーパーが発進する。

 マカロンファミリーのダイバートルーパーはDAYという名前らしい、DAYは両腕と両足がありそこだけ見れば人型であるが、首が無いので頭は胸に埋もれ、太い尻尾がユラユラと揺れているのでイグアナに近い造形だった。

 また機体の色が周りに合わせて変化しており、肉眼での視認は困難を極める。

 

「まるでカメレオン」

「リナリアちゃん鋭いわね、DAYはカメレオンをモチーフにしてるの」

「そうなんですか」

「ええ、わかりやすいでしょ?」

『DAY接敵まで五秒』

 

 敵のダイバートルーパーを表す光点の群れの右端にDAYが近付いていく、今更確認するまでもないがDAYもまたレーダーに映らない特殊なシステムを積んでいる。


『三……二……一……撃破』

 

 DAYと光点が交ざり、あとにはDAYを表す光点のみが残った。敵のダイバートルーパーを破壊した証拠である。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 ダイバートルーパーが一機倒された事でゲリラ達の動揺は波紋の様に広がっていった。

 

『敵が、敵はどこにいるんだ!!』

『落ち着け! ソナーの感度をあげろ!』

『反応ねぇよ!』

『いたぞ!!』

 

 仲間の一人がそう言った事で一瞬静かになる。すかさず隊長機が先を促した。

 

『どこだ?』

『隊長機より東へコンマ二海里(約三百メートル)! レーダーに頼ったら駄目だ! 有視界戦闘でないと奴はとらえ……うわあああ』

 

 ザアアアと通信が強制的に途切れた事を表す音が響く。

 どうなったかはわざわざ確認するまでも無いだろう。

 

『全員聞いたな、有視界戦闘に切り替えて集まれ』

 

 

 

 ――――――――

 

 

 DAYのコクピットでは観測員のトッシーが敵ダイバートルーパーが集まり始めているのを確認して報告する。

 

「お、どうやら一箇所に集まったみたいだぜギンガ兄ちゃん」

「……」

「うんうん、オイラ達ならやれる」

 

 尻尾を叩きつけるように動かして前に出る、ジェットノズルによる推進も可能だが、野生水棲生物のように身体の動きだけで前に出る事も可能である。

 これにより更に隠密精度を高めるのだ、また海底付近や岩場に沿って行動することでカラーリングの変化をマメに行って有視界でも見つかりにくくする。

 そうやってダイバートルーパーに近付いていき、海底から一気に浮上して距離を詰める。敵ダイバートルーパーはオーソドックスな人型のようだ、接触前に敵がこちらに気づいて水中用ライフルを構えるが遅い、DAYは腕に装備してる剣を九十度動かして手首と直角になるようにする。まるで鎌のよう。


「あのタイプのコクピットは背中にくっついてるから、そのままお腹切っちゃえばいいぞ」

「……」

 

 DAYはダイバートルーパーの腹をすれ違い様に切り裂いて離脱する。ギンガが後ろを見ると沈みゆくダイバートルーパーからコクピットブロックが切り離されて浮上し始めていた。

 実を言えばさっきのダイバートルーパーも不殺で決めている。なるべく殺さずにすませたいものだ。

 だが、不殺もいいが隠密も大事だ。少々派手にやってしまったらしく、残った敵ダイバートルーパーが全てこちらを向いて武器を構えていた。

 

「あちゃー」

「……」

「お、やる気だねぇ」

 

 敵ダイバートルーパーが一斉に水中ライフルを放つ、抵抗を抑えるため槍のように細く尖った弾丸が四方八方から飛んでくる。

 DAYは身体を捻りながら弾幕の薄いところを狙って泳ぎ始め、両腕に装備した盾を合体させて一つにして前に出した。これで身体を守りながら敵に突撃するのだ。

 銃弾を盾で弾きながら最初の一体を切り裂いた。DAYに遠距離装備は積んでないので基本的に近接である。

 

「今のは危なかったなギンガ兄ちゃん!」

「……だ……」

「お? これはまさか」

 

 ギンガの様子がおかしい事に気付いたトッシー。

 

「ギンガ兄ちゃん熱くなったんだなあ」

「熱くなるにきまってんだろおおお!! 次はどいつだああああ!」

 

 

 ――――――――


  

 ギンガの変貌ぶりを目の当たりにしたリナリアは唖然としながらマカロンの方を向いた。

 視線に気付いたマカロンは頬に手を当てて優しく微笑んだ。

 

「あらやだ、ギンガって実は熱くなりやすいのよ。今回は敵が多くてテンション上がっちゃったの、そうなるとちょっと性格変わっちゃって驚いちゃうわよね」

 

 本日三回目のちょっとどころではない。

 

 

 ――――――――

 

 

「おらおら生ぬるい泳ぎしてんじゃねぇぞウスノロ!!」

 

 ギンガが叫びながら剣を振るう、合わせてトッシーが見ているレーダーから光点が消えた。

 これで八体目である。残りは七機だけ。

 

「うーむ、こうなるとオイラのやる事あんまないんだよなあ」

「ハッハア!! てめぇやるじゃねぇか!!」


 DAYの攻撃を初めて受け止めたダイバートルーパーが現れた。両腕の剣を百八十度回して直剣にしたDAYの攻撃をそのダイバートルーパーは二振りのナイフで捌いていた。

 その隙に別のダイバートルーパーが後ろから襲ってきたので尻尾を振り回してそれを弾き飛ばす。振り回した影響か、DAYの体勢が乱れて腕の力が緩んだ。正面のダイバートルーパーがDAYの腕を外側に弾いて無防備な胴体を晒させる。

 ダイバートルーパーがナイフを振りかざした。敵が少し笑った気がした。

 

「それで勝ったつもりかああ?」

 

 ギンガは素早く両腕の剣を切り離して抵抗を減らしてから、顔横に装着しているナイフを手にして何とか受け止めた。

 それから敵の腹を蹴って一旦距離を開けてから再び接近、敵は真っ直ぐナイフを突き出したが直前にDAYが止まって空振りする。身体を捻り回転、水の中で驚異的な遠心力を得た尻尾が敵ダイバートルーパーの腹をとらえ、尖端のナイフで切り裂く。

 コクピットブロックが浮上した。

 

「よっしゃああああ!! 次の雑魚こいやぁ!!」

 

 と振り返ったら、残ったダイバートルーパーは次々に撤退を始めていた。

 

「終わったみたいだぞギンガ兄ちゃん」

「んだとあのクソヘタレどもめ」

 

 シラケたとでも言うようにDAYを黄昏の船機へと泳がせる。

 

「戦艦の方も撤退を始めたぽいぞ、何かオイラ達が戦ってる間に婆ちゃんが一隻、護衛艦が二隻沈めたってさ」

「……」

「そうそう、もう戦力がほとんど残ってないから撤退したらしい」

 

 つまりはこれにて仕事完遂というわけである。

 

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