第2話 ミス・マカロンのお仕事 ②
「どうして予定の座標へ向かわないのですか?」
カレナは尋ねた。
当然の疑問だろう、マカロンが引き受けた仕事とはカレナを安全地帯、つまり指定された座標に届ける事なのだから。
「あら、間違えてたかしら」
しかし当のマカロンはまるで痴呆が進んだかのように振る舞ってとぼけている。年齢を考えると実際に痴呆が始まっていてもおかしくはないが。
だがここ数時間のマカロンを見ていたカレナは、マカロンがボケてはいない事とわざとそうしているのだということを理解していた。
「おとぼけなさいますのね」
「ふふ、バレちゃった」
イタズラがバレた子供のように微笑むマカロン。愛らしいものではあるが、カレナにとっては少し苛立たしいもの。実際マカロンはそれを狙っていた。
ただカレナは年齢の割に落ち着いており、目論見は外れる事となる。
「随分落ち着いてるのね、カレナちゃん」
「常に冷静にと、父から教わっておりますので」
「まあお父さんが、今度私に紹介してくださいな」
「既に会っておられるのでは」
「いえいえ、あなたのお父様に会ってみたいの」
そこでカレナはハッと面をあげる。マカロンの意図している事に気が付いたからだ。
どうするかしばし考えた後、カレナは大きく息を吐いて仕切り直すように表情を切り替える。そこにさっきまでのあどけなさは無く、代わりに冷たい表情を浮かべた。
「いつから気付いていたの?」
「フフ、最初から」
「そう」
声のトーンも喋り方も打って変わってクールな雰囲気となった彼女に驚くことも無く、しれっとマカロンは返した。
「あのね、別に自虐ではないのだけれど。ほら私達ってそんなに有名じゃないの、大きな実績も無いしほんとに二流以下の運び屋なの。
そんな運び屋に大事な娘を任せるかしら? それも相当なお金持ちが」
「少なくとも、私なら頼みません」
「でしょう? それで、あなたの本当の名前は何かしら?」
「リナリア……リナリア・フューリーです。お察しの通り私はカレナ様ではないわ。ほんとはカレナ様の侍女よ」
「おお! メイドだ! おいら始めてメイドさんを見た!」
「……」
「ギンガ兄ちゃんテンション上げすぎだって」
「こおら二人共、静かになさい」
騒ぎ立てるトッシーとギンガを黙らせて本題に戻る。ギンガは元から喋っていない気がするのはリナリアだけだろうか。
「リナリアさん、本当は私達を囮にして本命の運び屋達を逃がす予定だったのでしょ?」
「はい、計画では私達の座標を敵に流してわざと沈めさせる手筈だった」
「その場合あなたはどうなるのかしら」
「死ぬわ」
あまりにもさらっと言ってのけるその姿に、流石のトッシーも思わず引いてしまっている。
「そう、やはり」
「ええ、今度はこちらから聞くわ、最初から気付いていたならどうしてこの依頼を引き受けたの?」
「最初から疑っていたわ、でも確信を抱いたのは船に乗ってから」
「何がきっかけで確信を?」
「これでも仲間はまだいるのよ」
ただ単純に外にいる仲間と連絡を取り合って入手した情報を元に判断したというだけの事。
『お話し中すいません、ダウンカレントです』
「皆衝撃に備えて」
言い終わる前に全員が椅子にしがみついて身体を固定する。数秒してからまるで黄昏の船機を叩きつけるかのような衝撃が襲ってきた。
瞬間の衝撃に耐えてからジョルジュが経過報告をする。
『深度六十、七十……海底まであと三十秒、崖から離れますか?』
「いえ、このまま海底まで潜航、そのまま崖に沿って移動してちょうだい」
『かしこまりました』
ダウンカレントとは崖や斜面等で発生する降下流の事、その名の通り下に向かって流れる急流の事であり、もしダイバーがこれに巻き込まれたなら高い確率で死に至る恐ろしいもの。
今回は潜水艦の中なのでダウンカレントの被害はあまり心配しなくてもいい。
「ジョルジュ、進行方向は安全かしら?」
『今の速度を維持した場合あと二時間で新たな海溝に到着します』
「なら海溝に到着するまでに浮上してくれるかしら、浮上する時はなるべくスラスターを使わずパラストタンクで調節するように」
『かしこまりました』
ダウンカレントの流れを利用して海底近くまで潜航し、それから座標までゆっくり航行していく。
ジェットノズルから発せられる海水の勢いが黄昏の船機を前へと押し出す。
「そうそう、話を戻さなきゃ……えっと、どこまで話したかしら」
「私が偽物だったというところ」
「そうだったわね、やだわ歳をとると忘れっぽくなって……ところで今この船は本物のカレナちゃんがいる所を目指してるの。なぜだかわかるかしら?」
「大体の予想はつく、旦那様とお嬢様が狙われているから」
「正解よ、リナリアちゃんって賢いのね」
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