マカロン・ファミリーと海の先

芳川見浪

ミス・マカロンと孫達

第1話 ミス・マカロンのお仕事 ①

「私の事はマカロンとお呼びください、皆さんそう呼んでますので」

 

 この日、海上浮遊都市にある資産家の家に一人の老婦人が訪れた。マカロンと名乗った婦人は、齢六十を超えたろうに足腰はしっかりしており、背中はピンと伸ばして両手は杖に添えていた。

 杖はおそらく歩行の補助ではなくただの身だしなみで持っている物と思われる。

 

「そうそう、マカロンを焼いてきたので食べてみませんか」

 

 マカロンはバッグから紙袋を取り出して応接室のテーブルに優しく置いた。紙袋の中には食べ物の方のマカロンが入っており、彼女は毎回出会う人にマカロンを差し入れるため周りから「ミス・マカロン」というあだ名で呼ばれていた。

 応接室の主である男性は、彼女を座らせてから不遜な態度で足を組み、差し出された紙袋には一切興味無い風で口を開いた。

 

「それは後で頂こう、ミス・マカロン……早速だが仕事の話をしたい」

「あらあら、ミスター・エドモンドはお仕事に真面目なんですね。私の孫達にも見習ってもらいたいわ」 

 

 嫌味でも何でもなく本当にそう思っている。

 

「ところで、私に依頼したい事とは何かしら? こんなおばあちゃんでもできる仕事だと嬉しいわ」

「ご謙遜を、この界隈でミス・マカロンの名を知らない人はいませんよ。海洋世界アマリウムを駆け抜ける運び屋マカロンファミリー」

「ふふ、お世辞でも嬉しいわ」


 マカロンファミリーは無名ではないが、そこまで知れ渡っているわけではない。エドモンドの言葉は本当にお世辞なのだ。

 運び屋としての評判は悪くはないが、知名度が低いので仕事が無いというのが現状。

 

「脱線してしまいました。仕事の方ですが、簡単に言えば私の一人娘を安全な所まで運んで欲しいのです」

「あら、なぜ娘さんを?」

「お恥ずかしながら私は人に恨まれる生き方をしてきました」

 

 エドモンドの職業は兵器売買、いわゆる武器商人である。アマリウムにおいて珍しいものではないが、それでもやはり人殺しの道具を売り捌いていればそれだけ多くの人に恨まれるのが道理、現に先月あたり暗殺されかけたらしい。

 

「実は反対派のグループに送り込んだスパイから明日大々的な攻勢をかけるという情報を得ましてね」

「あら大変、そうなるとこの辺りは火の海になるわね」

「ええ、ですので付近の住民にはそれとなく事情を伝えて一時避難してもらいました。勿論私の方でも傭兵を雇って戦争の準備はしておりますが」

「心配なのも無理ないわ、その依頼引き受けましょう」

「娘の避難場所はあとで転送します。では早速今からお願いします」

 

 エドモンドがドア脇に控えていた使用人に声を掛けると、使用人はご主人の用命を聞くことなく、あらかじめ決められていたのだろう動作を優雅にこなす。

 使用人はドアを開けて中へ一人の少女を入れた。

 まだ十代を半分も過ぎてないあどけない表情、背中まで伸びる金色の髪は絹のように滑らかで、加えて顔立ちも気品があり将来は美人になるだろう、ふと孫のお嫁さんにしてみたいと片隅で考えてしまった。

 

「娘のカレナです。この海上都市から一歩も出たことの無い箱入り娘なので何かとご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「カレナと申します、よろしくお願いしますわ」

 

 カレナはドレススカートの裾を持ち上げ、片足を斜め後ろに下げて挨拶をする。実に綺麗なカーテシーだ。

 教育の良さが伺える。

 

「まあまあご丁寧に、可愛らしいカレナちゃん」

「呼び捨てで結構ですわ、ミス・マカロン」

「報酬は避難場所に用意してあります」

「わかりましたわ」

「無事に辿り着ける事を祈ってますよ」

 

 ポツリと呟かれたその言葉は、とても意味深なものに聞こえた。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 アマリウムは海で覆われた海洋世界である。表面の九割以上が海であり、陸地は一割にも満たない。人々は海上に浮遊都市をいくつも建設し、主に船で移動していた。

 マカロンは都市の一番外れにあるドックにカレナを連れて訪れた。ここにマカロンの船があるのだ。

 

「さあさあ小さい船で申し訳ないけど我慢してちょうだいね」

「いえ、逃げる身のわたくしが豪華客船で海に出るわけにはいきませんもの」

 

 それは皮肉なのか冗談なのか、マカロンには判断がつかなかった。

 錆が目立つ小汚いドックに入る。ここは一番外れにあるため利用者がほとんどおらず、また手入れもロクにされていないため今にも崩れそうな雰囲気がある。

 船を停めるアンカーも壊れており、錆びたチェーンが残るのみ。

 そんな誰も近づきたがらないプールに一隻の船が浮かんでいた。 

 

「これが私の船、その名も『黄昏の船機』よ」

「黄昏の船機、小さいと言っていましたが結構大きいですわね」

 

 全長は七十メートル程、全幅三十メートル、全高は九メートルぐらい。先端にハンマーヘッドと呼ばれる物が付いており、居住ブロックや機関室は後部に集中しているため、お尻と頭が大きい細い船となってる。


「とりあえず中へ入りましょう、孫達を紹介するわ」

 

 マカロンの案内のまま船内へ、狭い通路を進んで辿り着いたのは艦橋だった。

 艦橋は船にしては広めに作られている。そこには既に二人の男性がいた。

 一人は長身でガタイが良く、鍛えられた筋肉が服の下から主張していた。目つきが鋭いので少し怖い人に見える。

 もう一人はまだ十歳にもなってないだろう小さな男の子だった。柔らかそうなモチモチ肌を維持しており、何処か生意気そうなのが愛嬌ある。

 

「紹介するわね、大きい方がギンガで、小さい方がトッシー」

「オッス! オイラはトッシーてんだ。姉ちゃんオイラの嫁にならないか?」

「え」

「ごめんなさいね、この子ちょっとマセてて」

 

 ちょっとどころではない。

 

 戸惑っているとギンガが前にでてカレナの正面に立った。間近で見ると威圧感が凄く、カレナは内心ビクビクしながら「よろしくお願いしますわ」とだけ呟いた。

 

「…………」

「え?」

 

 ギンガは口を開いてはいるが何を言ってるのかわからない。カレナは視線をマカロンやトッシーに向けると、トッシーがすかさず応援をだした。

 

「ギンガ兄ちゃんは『よろしく』と言ってるぞ」

「そ、そうなんですのね」

「…………」

「今度は『女の子がいると華やかでいいね』だってさ」

「は、はあ」

「ごめんなさいねぇ、ギンガったらちょっとお喋りが苦手なの」

 

 ちょっとどころではない(二回目)

 

「そうそう、ジョルジュも紹介しなきゃ。ジョルジュ!」

 

 マカロンがそう叫ぶと前方のスクリーンにタキシードを着たペンギンのイラストが表示された。

 

『お呼びでしょうかキャプテン』

「あなたを紹介したいの、これは黄昏の船を総括するAIのジョルジュよ」

『あなたが依頼にあったカレナ嬢ですね、私はジョルジュ、何か御用がありましたら何時でもお呼びください』

「はい、短い間ですがよろしくお願いします」

 

 カレナは安心した。ようやくマトモな人に会えたのだ、AIだが。

 挨拶もそこそこに、マカロンは手を叩いて周りの目を集めてから出航準備を急がせる。やや慌ただしい雰囲気となったが、みんな手馴れた様子で作業を行う。

 あの小さなトッシーですら真面目にナビを始めていた。

 

「ばあちゃん大変だ! オイラのチョコレートが行方不明だ!」

「まあ大変、トッシーのお腹の中かしら」

「…………」

「なんだギンガ兄ちゃんが食べたのか、あとで返してくれよ」

「…………」

「まあギンガったらトッシーに甘いわねぇ」

 

 黄昏の船はボロドックから静かに出航した。外は日が落ち始めており遠くの海が赤く染まっている。

 天気は晴れ、波も穏やかな凪だ。

 ドックからある程度離れたところでマカロンがジョルジュへ指示をだす。

 

「潜航開始してちょうだい、速度はそうね……三十ノットでいいかしら、目的地は」

 

 マカロンは端末を操作して依頼主のエドモンドから転送されたフォルダを開く。そこにはエドモンドが指定した目的地が記された座標が書かれているだけだった。


「ジョルジュ、今から送る座標へ向かってちょうだい」

『かしこまりましたキャプテン』

 

 黄昏の船は暗い海の中を進んでいく。まるで大きなクジラが泳ぐかのよう。

 定期的に聞こえるソナーの音に混じって水の音も聞こえる。

 向かう先は……指定された座標とは全く違うものだった。

 

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