第21話 初めての

「私は…。」


シスターラザロに名前を聞かれて澪が答えようとすると、正治が腕を下ろしてそれをやめさせ、シスターに言った。


「この方はあなた方が話しかけていいお方ではありません、村の守り神なんです。お引き取りを…。」


「守り神?それにしては酷い扱いですね、閉じ込めておくだなんて」


シスターの強い口調に、正治は冷や汗を拭いながら負けじと答えた。


「それもこれも、この方を守るためなのですよ。荒れ切った世情や俗世からね」


澪はシスターと正治を交互に見た。

二人は共にまったく引く気がないのがヒシヒシと伝わって来た。

そしてシスターはため息をつくと、納得いかないという顔で胸元に十字を切り、祈った。


「この罪深い行いはまったく理解に苦しみますが、今日の所は帰りましょう。しかしまた伺います。その子の事は私の仲間にも話させて貰います。」


シスターはそう言うと、圭史を連れて塔を去って行った。

少し残念なようなホッとしたような気持ちになった澪は、シスターと圭史の去って行った道をずっと眺めていた。


✴︎✴︎✴︎


翌朝、騒がしい付き人達の声で澪は目を覚ました。

どうやらシスターラザロが、また圭史を連れてやってきたようだった。


「おはようございますお嬢さん!会いに来ましたよ!」


止める使用人達を押し退けやって来たシスターがそう言うと、正治がシスターを阻むように澪の前に立った。


「困りますねシスター、軽々しく話しかけないでいただきたい。この方は守り神だと言ったはずです」


「困るのはこちらも同じです、私が話しかけているのは彼女であって貴方ではありません」


二人の間にバチバチと火花が散るのを見ながら、澪は圭史の方を見た。

圭史は澪に何か伝えようと口を動かしていた。


…何だ?後ろに飛べ…?


澪が言われた通り後ろに飛ぶと、急に塔全体が凍りつき、ツルツルする床に皆足元をとられた。


…これ…あの子がやったのか…?


「キャーァァァア!」


澪は圭史が作り出したソリの上に乗り、滑り台のようになった塔の外へと降って行った。

外の森の中でソリが止まると、後ろからシスターラザロと圭史がスノーボードのように板に乗り降りてきた。


「上手くいっただろ?出られてよかったなお前!」


圭史がそう言い、澪の腕を軽く叩くと、澪は初めての同年代の少年に戸惑いながら俯いた。


「どうしたんだ?外に出れて嬉しくないのか?」


「わっ…私は…。」


何度も練習し憧れていた同年代との会話に、いざとなると澪は何も出てこず、ただ緊張し固まるだけだった。

圭史も何も言わずにいると、シスターが手を叩き言った。


「そうだ、せっかくだから自己紹介しましょう!私はシスターラザロ、貴女は?」


「私…私は澪…。」


「澪ちゃん!可愛い名前ね!さぁ次は貴方よ、自己紹介して!」


「えっ俺も!?」


「そうよ早く!」


シスターに急かされ、圭史は仏頂面で照れながら口を開いた。


「圭史…毛石じゃねーぞ!圭史だ…よろしくな」


「よろ…しく」


そう言って澪が初めて笑うと、圭史は頬を染めて仏頂面のまま俯いた。

そして言った。


「お前…そっちの顔の方が全然いいよ」


「えっ…?」


澪が狼狽えていると、シスターが耳打ちするように、しかし圭史に聴こえるように言った。


「笑った顔、可愛いってよ澪ちゃん」


「ちょっと!シスターは黙っててよ!」


シスターにそう言うと、圭史は澪に何かを手渡した。


「何…?」


「いいから!」


それはカラフルな綺麗な包むの、小さなキャンディーだった。


「くれるのか?」


「そうだよ!黙って受け取れ!」


どこか緊張しているのは、相手も同じだと澪は気づくと、不器用な圭史の気遣いに少し笑ってしまった。


「お前!笑ったなこの!」


「えっ…ひゃめろ…にゃにをする!」


圭史に両頬をつねって伸ばされ、澪は初めての事に戸惑い尻餅をついた。

一方、仕掛けた方の圭史は満足そうにまるでいじめっ子のように笑うと、澪を上から見下ろした。


「どうだ?俺は強いだろ?」


「…?」


何故そんな事を聞くのか理解に苦しみ、澪は少し苦手意識をもったのが、最初の印象だった。

そんな様子を少し困ったように見ていたシスターは、ある異変に気づき、二人を背後に辺りを警戒した。


「どうしたんです?シスター」


「しっ!静かに…。」


シスターがそう言うと、静かな森で木の葉が落ちてくる音が響き渡った。

妙な緊張感に澪はキョロキョロと辺りを見回していると、圭史が澪を庇うように、シスターのマネをして自分の後ろにやった。

澪はそんな圭史の服を掴み、シスターと同じように警戒している圭史を見た。


…綺麗な目、私を守ってくれるのか…?


澪は少し鼓動が早くなるのを感じていた。

そして、草木を薙ぎ倒す音が近づいてくると、シスターの前で大きなオオカミのような鬼が、唸り声を上げた。


「獣型の鬼とは、厄介ですね」


シスターはそう言うと、ロザリオを手に十字を切った。

澪にとって、初めて鬼を目の前で見た瞬間だった。









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