第11話 雨降の鬼(後編)

「着物しか無いけど、着れるかしら」


「大丈夫、晴人が着るの良く見てたから」


「まぁ、晴人さんとお知り合いなのね」


水牛のような角を生やした少女にそう言われると、大貴は苦笑いをしながら濡れた服を脱いだ。

彼女の名前は崎本朱理(サキモト・アカリ)。この裏鬼丸横丁に雨を降らせている鬼化病汚染者だと言う。

その後に隠れているのが崎本珠那(サキモト・シュナ)。

妹で同じ鬼化病汚染者だそうだ。


「ねぇ、どうして朱理さんは雨を降らせているの?圭史みたいに力をコントロール出来ないの?」


「圭史…あぁ、苑田君の事ね。私達の力は特殊で、慈愛の雨を降らせる事で鬼化病の重症者の方や負傷した方を治癒しているのよ。あと結界を張る事で更なる重症者を防いでいるの」


「へー、そんなに凄い雨なんだ」


大貴が着物に着替えて促された座布団の上に座ると、朱理は雨の降る光る水晶の中に圭史と澪の姿を映した。


「あっ!そんな事も出来るんだ…。」


「澪さんは貴方を探しているみたいね。時期にここへやって来るでしょう」


「あー…そうなんだ。澪さんに怒られるのやだなぁ」


あれ程言われたのに手を離してしまった負い目があり、大貴は渋い顔をしながら朱理と珠那をクスクスと笑わせた。


✴︎✴︎✴︎


「そうですか…ありがとうございました」


圭史はそう言うと、雨の降る教会から出てきた。

教会にいた人物は圭史を見送ると、その扉をゆっくりと閉めた。


「さて、どうするかな」


家に帰ろうかと歩いていると、大貴に渡したお守りの反応が近くにありしかも消えかけている事に気づき、踵を返した。


「あっちは…崎本の家か?」


圭史がそう言いきったか否かの時、後ろから来た人物に肩を叩かれ、思わず振り返った。


「澪…どうしたんだそんなに慌てて」


無表情で傍目にはわからない澪の慌てた様子に圭史は落ち着いて声をかけた。

すると、少し落ち着いたのか澪は息をゆっくり吸って吐き出した。


「圭史…大貴が呪詛の渦に流された。お守りを持ってはいたが、普通の人間が流された前例が無いから心配だ」


平気そうに淡々と話してはいるが、様子がおかしい澪の肩を掴むと、圭史は少し笑いかけながら言った。


「大丈夫、お守りの反応が微かにあるから近くにいるし無事のはずだ。一緒に迎えに行こう。」


圭史がそう言うと、澪は赤い瞳を少し揺らしながら一度頷いた。

そして二人は雨の中空へ飛び上がると、崎本の屋敷へと空を切って向かった。


✴︎✴︎✴︎


「そろそろ見えてもおかしくないかしら珠那?」


「はいお姉様、汚染者の気配が二人、ものすごいスピードで向かっています」


少し慌て始めた二人を見つめながら、大貴は頰づをついた。


「へー…同じ汚染者ならそんな事までわかるんだね」


大貴の言葉に珠那は目を丸くして黙り、朱理は微笑みながら言った。


「そうね、自分のテリトリーの中なら鬼がどこにいるかもわかるわ。ちなみに私達のテリトリーはこの雨を降らせている範囲よ」


大貴はブハッと吹き出すと、頬杖をつくのをやめ、向き直りながら言った。


「すっごく広いね!みんなそれくらい広いの!?」


「そうねぇ…個人差はあると思うけれど」


大貴の感心しながら目を輝かせている姿を見て、少し恥ずかしそうに朱理は頬に手を当てた。

そんな時だった、珠那があまり良くない気配を感じ取ったのは。


「お姉様、重症だった方のいたところから鬼の気配が…。真っ直ぐこちらに向かってます!」


「まぁ…鬼になってしまわれたのね」


朱理はそう言うと、すぐに水晶に鬼の姿を映し出した。

鬼は凄く気分が悪そうな緑色をしており、かなり痩せていた。

しかし人ではあり得ないスピードでこちらに向かっているのがわかった。


「鬼にも汚染者や人の気配がわかります。特になりたての鬼は女性や子供を好んで食べると言います」


「その情報は聞きたくなかった…。」


子供と女性しかいないその場に、少なからず緊迫した雰囲気が漂う。

そしてドゴウッという土壁の外壁を突き破る音が響くと、緑色の痩せこけた鬼が見た目では信じられない怪力を見せながら日本庭園に入って来た。


「お姉様!」


「大丈夫、私がなんとかします。二人は下がっていなさい」


「でもお姉様は慈愛の雨を降らせる事しか出来ないではありませんか!」


大貴は心の中で「えぇ!?」と言いながら、鬼と距離をつめる朱理を見つめた。


「大丈夫よ…きっと何とかなるわ」


そう朱理が言って間もなく、鬼はうめき声を上げると、朱理めがけて突進して来た。

見ていられず思わず顔を覆った珠那を大貴が庇うように抱きしめると、鈍い音が響いた。

恐る恐る大貴は顔を上げると、澪が朱理を庇って抱きしめているのが見え、その先で圭史が鬼の拳骨を刀で止めていた。


「無事か?大貴…悪い、遅くなったな」


圭史がそう言い、振り向いて不敵な笑みを浮かべると、大貴は珠那と共にすとんとその場に座り込んだ。


「さて、鬼退治といこうか」


圭史が刀で鬼を突き放すと、鬼はヨロヨロとしながら後方へ飛んだ。

そして鬼が痩せた体からは信じられないほどの雄叫びを上げると、圭史も澪も、刀を構えた。



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