第8話 婚約者
氷漬けになった圭史とお染を見ながら、大貴は何とか圭史を氷から出そうと爪で氷を引っ掻くが、氷はびくともしない。
それでも爪から血を出しながら、冷たい氷を引っ掻き続けると、大貴の目が涙で滲んだ。
「どうしよう…どうすればいいんだよ…母ちゃん…。」
大貴は涙を流しながら、死んだ母親の事を思い出していた。
思えばいつも背負ったり食事を作ってくれたり優しくしてくれる圭史を、いつの間にか母親と重ねていた。
「嫌なんだ…もう死んでほしくないんだ…なのに…!」
大貴が思いっきり引っ掻きその血がついた氷は全く溶ける気配を見せず、冷たい冷気を放つのみだった。
そうこう奮闘し数時間経った頃、事態は動いた。
誰かが足音を少し立て、近づいて来たのだ。
「…誰?」
大貴がそう尋ねると、セミロングの黒髪に、黒いセーラー服の下に青いパーカーを着た少女が、赤い目を真っ直ぐ大貴にむけながら、口を開いた。
「鎧塚澪という。小さいのによく頑張ったな、後は任せろ」
そう言うと澪は、手の平の上に炎を浮かばせると、その場にあった氷を溶かし始めた。
大貴では全くびくともしなかった氷が溶けていくと、大貴はまた大粒の涙を浮かべてはポロポロと流した。
「よかった…圭史…。」
大貴がそう言うと、澪は氷が溶ける中に入り圭史の冷たい体を支えながら言った。
「圭史…また無理をして…。」
同時にお染を捕らえていた氷も溶けて、お染が後ろに飛ぶと、澪は圭史を抱えたまま言った。
「今はお前に構っている暇は無い。去れ」
「おやおや、随分上からものを言うお嬢さんだね…。」
そう言ったのも束の間、お染は澪の鋭い赤い瞳に気圧されると、そのまま何処ぞへと飛び去って行った。
「圭史は大丈夫なの…!?」
「あぁ…眠っているだけのようだ。ただ体が冷えきっている、温めてやらなければ…。」
その時、澪が圭史を見る目を見て大貴はドキッとした。
あまりにも愛おしそうに、しかし悲しそうに見えたからだ。
「おお〜い!お前ら何してんだ〜!?」
晴人が黒焦げのまま現れると、大貴は涙を拭い晴人に言った。
「圭史が大変なんだ!早くきて!」
「すまない晴人、圭史を安全な場所まで運んでくれ。私でも運べばするが引きずってしまう」
晴人は大貴と澪の話を聞くと何も言わずに頷き圭史を運んだ。
✴︎✴︎✴︎
圭史が目覚めたのは、それから三日後の事だった。
「…あれ…なんで俺…帰って?」
見慣れた長屋の布団に包まれながら、圭史はすっきりしない頭を押さえて起き上がった。
「あっ!」
そう声を上げたのは大貴だった。
大貴は起き上がった圭史を見ると、すぐに台所の方に吸い込まれて行った。
「澪さん!圭史起きたー!」
それを聞き、圭史は驚きのあまり吹き出すと、状況を整理しながら言った。
「澪?澪って言ったか今?」
「…そうだ、私が居ては迷惑か?」
水と薬をお盆に乗せて持って来た澪がそう言うと、圭史は少し体をこわばらせながら視線を澪から外して泳がせて言った。
「いや…居てくれていいけどちょっと急だなと…。」
「そうか…。」
圭史が顔を赤らめていると、澪は刀を抱えて座り言った。
「百鬼夜行が起こるぞ圭史、準備しろ」
それを聞くと圭史の体は更にこわばり、表情もみるみるうちに悪くなった。
「百鬼夜行?何それ?」
大貴が無邪気にそう尋ねると、暫くしてから澪が答えた。
「百鬼夜行…鬼達が闊歩し、人間を襲う夜の事だ。私たち鬼化病汚染者の敵、鬼を束ねる鬼が現れる夜でもある。覚悟しておけ圭史」
「そのために来たんだな澪は…。」
「…それだけじゃないぞ」
圭史が不思議そうにしていると、澪は刀を置き、圭史に抱きついた。
「おっ…俺ちょっとその辺走って来る!」
大貴はそう言って、バタバタと騒がしく足音を立てながら長屋を出て行った。
「会いたかった…。」
澪がそう呟くと、圭史は澪の背中に腕を回し、抱き寄せた。
「澪、お前が来てくれて俺も嬉しいよ」
「圭史はいつも無理をする。だから私がその度に溶かしに行ってやらねばと思っている」
「ハハッ…それはどうも」
圭史が苦笑いすると、澪は真剣な瞳でそれを見上げた。
「もう勝手に上がっていたが、私を婚約者として一緒に住まわせて欲しい。ダメか?」
「それは…もちろん保護者が許せば…なんてね」
はぐらかす圭史を真剣に見つめ続ける澪に、圭史は手をあげて降参し、音を上げた。
「わかったわかった!俺は何も言わないから好きにしてくれ!」
「そうか…それはよかった」
澪が笑うと、圭史は顔を赤らめて口を押さえソッポを向いた。
「照れているのか圭史?」
「…ほっといてくれ」
こうして、圭史と大貴、澪の三人の奇妙な同居生活が始まったのであった。
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