第4話 猿鬼

林の上から襲いかかって来た鬼は三匹。

その姿は小さく、まるで猿のような風貌で、顔を布で隠していた。


「猿鬼か!?おいクソガキ、仲間が増えたな!」


「クソガキ言うな!」


晴人は槍で猿鬼の攻撃を受け止めると、そのまま槍を大きく振り、鬼達を吹き飛ばした。


「猿鬼とは餓鬼の一種、飢えた子供の汚染者がなると言うが三匹も連んで現れるとは珍しい」


顔にターバンを巻いていた銀治郎がそう言うと、いつもより若い声に大貴は驚いた。


「えっ!?ちょっと待って!この人本当に銀治郎のお爺ちゃん!?何か声が違うんだけど!?」


「何言ってるんだ大貴?…そうか大貴は知らなかったか?銀治郎さんはな…。」


圭史が言うか言わないかの最中、銀治郎のターバンが風に靡き、その凛々しい顔と角を月明かりの下に晒した。


「夜になると、鬼の力で若返るんだ」


「…。」


銀の髪に金色に光る瞳を見て、大貴が男ながらも見惚れていると、銀治郎はそれに気づき笑って見せた。


「坊や、離れているんだぞ」


凛々しい青年の姿になった銀治郎は、雷の、自らの力で使い古された槍を猿鬼達めがけて投げ、彼らを感電させた。


「後は任せたぞ坊主!」


銀治郎がそう言うと、大貴を下ろした圭史が、氷の力を乗せ刀を猿鬼達に振り下ろした。


✴︎✴︎✴︎



「ダメだ、これじゃあ俺の雷撃に耐えられない…無駄骨だったか」


晴人が猿鬼達の持っていた槍に触ると、槍は晴人が言った通り晴人の雷撃に耐えられず、消し炭となった。


「晴人や、名だたる得物にはそうは簡単に出会えぬものだ、そう気を落とすな」


「そうですね、師匠の槍をいただくのが一番早いのですが…。」


「これはやれぬ、ワシが鬼神となったおりは考えても良いが…。」


「それがいい!そうしましょう!」


はつらつと晴人がそう言うと、銀治郎はやれやれと思いながらため息をついた。


「先の長い話だ、あまり期待はせんでくれ」


「そうですか?ならまだ猿鬼いますかね?得物を持ってる奴?」


「まだいるかも知れないな。幼い子供の汚染者は鬼になる前に捨てられる事が多いらしい、ちょうどこんな人気のない所にな」


圭史はそう言うと、猿鬼が着ていた服を埋葬した小さな墓に手を合わせた。


「俺くらいの子だったかも知れないんだよな」


大貴も手を合わせながらそう言うと、圭史は大貴の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「汚染者は負の感情が高まれば高まるほど鬼に近ずいてしまう。だから晴人のように底抜けに明るい方が良いのかもな」


「師匠、それ褒めてます?」


晴人の言葉を軽く流し、銀治郎は先程投げた槍を拾うとその刃先を布で包んだ。


✴︎✴︎✴︎


林の少し先へ進むと、四人はある一点を見つめ歩みを止めた。

そこにはまだ大貴くらいの三つ編みで角を生やした汚染者の少女が、シクシクと泣いていた。


「さてどうする?話しかけるか?」


晴人がそう言うと、圭史は迷わず少女に歩み寄り言った。


「君、大丈夫かい?」


「お前、こんな所で一人でいたら危ないぞ」


そう大貴も言い、少女を振り向かせると、少女の右側の顔は火傷をし、ただれていた。


「…ここでケガをしたのかい?」


銀治郎が尋ねると少女は首を横に振り言った。


「…お母さんにやられたの…もう私はいらないって…いなくなればいいって…。」


「…無理かも知れないがあまり落胆せぬようにな」


圭史は次の瞬間、大貴の手を握り少し少女から離れた。

その時、圭史の目から青く光り、大貴には見えなかったものが見えた。

少女の周りに、黒いもやのようなものが渦巻いている。


「負の感情に心を蝕まれている…手遅れであったか…。」


銀治郎が口元を覆い離れると、少女はゆらりと立ち上がり言った。


「…どうしてママは私を捨てたの?私いらない子なの…?」


「ダメだ、それ以上何も考えるな!」


圭史がそう叫んだが、時はすでに遅く、少女は奇声を上げると猿鬼に姿を変えてしまった。

しかし、圭史に触れている大貴には、血の涙を流して泣いている少女の姿が鬼の中枢部に見えた。


「どうするよ、さっきの三匹よりデカいぞ」


晴人はそう言うと、槍を構えた。


「どうするよって倒すつもりか!?さっきの女の子なんだぞ!?」


「バカかクソガキ!鬼に一度なっちまった者はもう元には戻れない、それくらい常識だぞ!このまま誰かを襲う前に仕留めてやるのが一番なんだよ!」


晴人がそう叫ぶと、大貴は瞳を揺らして考える。


「でも…あんなに大人しそうだった子が…。」


圭史はそれを聞きながら大貴から離れると、大貴の目には少女が見えなくなった。


「やっぱり連れてくるんじゃなかったな。俺たち汚染者の界隈ではこんな事しょっちゅうなんだよ」


銀治郎や晴人が戦っている中、悲しそうにそう圭史が言うと、大貴の肩に触れて言った。


「あの子は苦しんでる。見たくないなら目をつぶっていればいい、誰もお前を責めない」


圭史がそう言うと大貴は少し考え、再び少女を見た。

そして言った。


「俺は目を背けたりしないよ!見てるよ、圭史達が戦っているとこ!」


大貴がそう言うと、圭史はポケットからあるお守りを取り出し、大貴に渡した。


「これには俺の力をこめてある。これで俺に触れていなくても、視野が広がるだけでなく、少しはお前を守ってくれるだろう。危なくなったら逃げるんだぞ」


「圭史はそればっかだな…わかったよ」


そんなやりとりをしている間に、銀治郎と晴人がかなり苦戦していた。


「おい圭史!こいつ雷撃はあんまり効かないようなんだ!話が終わったんなら早く来てくれ!」


圭史に晴人がそう言うと、圭史は大貴の肩から手を離すと刀を構えた。


「ここでくいとめる、その子のためにも…。」


猿鬼が牙を剥き、あたりにその鳴き声が響いた。

それが少女の泣き声とこだましていた。




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