二章4 『金があるから運があるとは限らない』
家に帰ってきてすぐ、僕は自分のベッドにどさりと倒れ込んだ。思えば僕が最後にベッドで寝たのはずっと前で、実に三年ぶりの使用だった。
久しぶりの外出で体中がずきずきと悲鳴を上げ、思わずうなってしまうぐらいに痛かった。
「うう、じぬぅ……。僕は今日じぬんだぁ……」
「はいはい、そーですねー」
ノゾムは勝手に僕の部屋に入ってきて、我が物顔でくつろいでいた。
「おい、ノゾム」
「はい?」
「何でお前が僕の部屋にいるんだ?」
ポテチをくわえてぱたぱたと足を振るノゾム。彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「これ、とっても美味しいですね~。ジャンクフードなんて初めて食べました」
「そら良かったな。で、質問の答えは?」
「えっとですね、心ちゃんがお部屋の準備をするので待っていてくれと」
「なぜあいつが……」
「星夜さんは夕飯の支度をしているので」
「いやいや、お前が自分でやれよ」
「心ちゃん曰(いわ)く、私が手伝うと余計に時間かかるそうです」
そういえばこいつには類稀なるドジ体質があるんだった……。
ふいに僕のボックスから単調な音が響き始めた。
「な、な、な、何だ!?」
「え、電話かメールじゃないんですか? 聞くからにそんな音ですけど……」
電話? メール? ……あ、なるほど。
「ボックスって、ゲーム機じゃなかったんだな」
「どんだけ猫に小判してるんですか……」
それにしても、僕に連絡を取りたがる人なんていただろうか……。
宙に画面を表示させた。この番号は確か、暢志(ようじ)伯父さんか。
親戚の中で一番まともで、頼りになる人だ。
僕は通話ボタンを押して通信を繋いだ。
『おう、愛』
「ご無沙汰してます、暢志伯父さん。三年ぶりぐらいでしょうか」
「そうだな、もうそれぐらい経つな』
「キャロンの調子はどうですか?」
『相変わらずやんちゃしているよ。この前も指をやられてね。でもろくに休暇も無い生活で、あいつだけが俺の生活の唯一の癒し、オアシスさ。まったく、俺がこんな渦巻な日々を送ることになったのは愛が面倒な役を押し付けたからだぞ』
「でも暢志伯父さん以外に、そんな大役は務まりませんでした。僕は自分の決断が間違っていたとは思いませんよ」
『はっはっは、相変わらず君は口が上手いね』
「いえいえ、本当のことを言ったまでです」
口にした通り、僕は嘘を吐いてはいない。事実、彼に事業が継がれても業績は落ちることは無かった。右肩上がりじゃないのかよ、と揶揄した奴は頭空っぽの風船野郎だ。彼が管路する金頼グループはいくつもの企業を統括する、巨大組織だ。企業の数は軽く十を越える。当然、企業の数だけ市場がある。その全ての営業責任を彼が背負っている。もし無能がグループの代表になったらすぐに何個もの企業を潰してしまうだろう。金頼のトップに立つには慎重さと大胆さ、そして超人的な体力が無ければならない。金の流れを読み、チャンスが訪れたら躊躇なく資金をルーレットに乗せる。それを休みなく延々と繰り返す。二十四時間ギャンブルを続けるようなものだ。バカが行えば即無一文。チキンになって勝負を避ければ周囲の企業に負けて徐々に貧乏に。それでも俺ならできるぜって奴は、目隠しでタワーディフェンスをN縛りでクリアしてみてくれ。それぐらいグループ運営は無理ゲーなんだ。
そんな重役を努めなければならないというのは何とも鬼畜な話だが、前任である僕の父がこなしていたのだから、誰かが後任にならなければならない。僕がそれを辞退し、遺言状にそれ以上のことが書いていなかったせいで、親族の間で不毛な争いがしばらく起きた。何であんな面倒なことをやりたがるのか、やれやれ。まぁ、大方金が欲しいんだろうけどさ。一応お前等もそれなりの金をもらったんだし、それ以上は望まなくたっていいじゃないか。という言葉は金の亡者には全く届かなかった。結局、後任の決定権は僕に委ねられた。僕は一応グループの今後のことも考えて、暢志伯父さんに白羽の矢を立てたということだ。
ちなみにキャロンとは、キャロラインという名前のペルシャ猫だ。
「それで伯父さん、何か用ですか?」
『ああ、そのことなんだけど……』
暢志伯父さんは歯切れ悪く黙り込んでしまった。
「……どうしたんですか?」
『い、いや何でもないんだよ、うん。ただ、元気でやってるか気になってね』
「はぁ、そうですか……」
僕は拍子抜けした思いで相槌を打った。
『……じゃあ、そういうことだから。またな』
「ええ……」
少し釈然としない気持ちで僕は電話を切った。
電話が終わったのを見計らって、ノゾムが話しかけてきた。
「愛、夕食の後に公園で素振りをしたいので、付き合ってくれませんか?」
「嫌だ。今日さぼった分のブラゲとソシャゲの遅れを取り返さなきゃいけないからな」
ほぼ食い気味に僕は答えた。
「ええー。じゃあこの部屋でやっちゃいますよ?」
「ざけんな、つまみ出すぞ」
「やれるものならどうぞ」
ノゾムは小悪魔の微笑みを浮かべる。チクショウ、図に乗りやがって……。
「だったら庭でいいじゃないか」
「星夜さんが、花とか踏み荒らしそうだからダメって言うんですよ」
そういやあいつの趣味って家庭菜園とガーデニングだったな。
「意見の完全な対立! こうなったら、やるべきことは一つです!!」
高らかに腕を振り上げるノゾム。僕はやれやれと肩をすくめて、それに倣った。
「行きますよ、最初はグー!」
タイミングが合わなかったので数度やり直した後、僕はグーを出して負けた。どうやら僕にはまったく勝負運が無いらしい……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます