私と英雄と旧支配者と

「…えー、それでは今日はティアノスに住む魔術師を訪ねようと思います。」


「すまんラック、我々が残っていれば…。」


「大丈夫です。シュガーさんが夜勤だったので、私も御一緒したまでですから。」


 朝、シュガーさんと私が机の上で死んだように眠っていると、第一発見者のアストロさんはそれはそれは驚いたようだ。

 職場に入ってきてみれば、入口の近くの席で私、その右隣りでシュガーさんが倒れているのだから殺人現場もかくやといった様相だっただろう。


 この部署は、緊急時の魔物対応のために夜勤というものがある。昨日はシュガーさんがその当番だったので、調査のついでに御一緒したという訳だ。

 言えば皆さんも手伝ってくれたと思うが、窓口で散々渋られたせいでオフィスに戻ってくる頃には退勤時刻を過ぎてしまっていた。


「今日はアストロさんとエルちゃんの二人ですか?」


「ああ。今日の巡視は比較的軽いので、こちらに人員を割くことができた。」


「ラックさん、よろしくお願いします。」


 私たちは今、実務部のオフィスを出て町を歩いている。隣には眼鏡をしたアストロさんと、ポーチを肩から下げたエルフィスちゃん。


 エルちゃんは金髪ショートが似合う褐色に翡翠色の瞳、気弱そうな印象を受ける少女であるが、アストロさんと並んで歩くとそれが更に際立って見える。お人形さんみたいで超かわいい。


「こと魔法に関してエルフィスはスペシャリストだ。今回の調査では頼りになるだろう。」


「そ、そんな…私なんて全然なんです…すみません。」


 あまりエルちゃんについて知っていることはないが、ポーチの紐を握りしめて俯く彼女は本当に自信がなさそうに見えた。


 私は未だ彼女を良く知らないが、実務部にいる以上そこまで恐縮する程ではないと思う。


「…えーっと、エルちゃん。ゾタガー様は…。」


「今日はお休みになっています。起きて貰おうとしたんですけど、二度寝しちゃいました。」


「ハハハ…。うん、無理に起こすことは無いと思うよ…。」


(私、ゾタガー様ちょっと苦手だし…。)




 思い出されるのは、エルちゃんとの初対面の記憶。二度目の失神を経験しかけた時の記憶だ。


 アストロさんに気絶した翌日、エルちゃんと私は初めて顔を合わせた。小柄な彼女から受けた印象は、『お人形さんみたいでかわいい』という一言に尽きる。


 褐色の華奢な身体、それに映える艶やかな金髪、宝石のような翡翠色の瞳。おまけにボクッ娘ときたもんだ。満点だね。


 だが、問題は彼女が挨拶を終えた後に取り出した彫刻だ。ポーチから角柱の一部が見えただけでもアストロさん並みに正気を削られた。


 ヒキガエルにも蝙蝠にも見えるソレは、木彫りの彫刻でありながら中にと明確に主張していた。

 溢れ出る瘴気もそうだし、何なら厚ぼったい皮膚を象った目蓋の奥で、眼球が動いていた。

 木で出来た目蓋の下で生々しい赤い眼球が覗き、此方をジロリと見たときの恐怖たるや。ぶっちゃけ死を覚悟した。


 そして、木だと言うのにどこからともなく響いてくる悍ましい声。地の底から響いてくる様な、それでいて脳にダイレクトで反響する様な。


『***』


 鮮明に聞こえはするけれども理解はできない。いや、彼の偉大なる生物の言葉を、人間に理解できるはずもない。

 だがエルちゃんはそれを聞き取り、此方を向いて満面の笑みを浮かべた。


 そして次の言葉を言い放った。


「良かったですねラックさん!かなり好感を持って頂けたようですよ!」


「あ、うん。良かったです…。」 


(私は何を喜べばいいんだ…?)


 心の中でそう思ったことは許してほしい。マジで命の危険しか感じないし、何なら私なんぞ気にも留めて欲しくなかった。


 だがゾタガー様が完全に私のトラウマになったのは、私が不相応な好奇心を抱いてしまったからだ。

 今では馬鹿なことをしたと思う。聞かなければ知らずにいられたのに!


 あろうことは私は、エルちゃんに次のように聞いてしまったのだ。


「エルちゃん、さっきゾタガー様は何と仰っていたの?」


 それを受けた彼女は、純真な―――――それでいて狂気を感じさせる笑顔を浮かべて言い放った。


「はい、と仰っていましたよ!かなりの好印象です!」


 その言葉を聞いた時の私は、背筋が凍るどころの騒ぎではない。背中に氷柱を突っ込まれたとか、鳥肌が立つとかそんなレベルじゃあ断じてない。

 かつてアストロさんに味わった、『圧倒的な生物に殺される恐怖』をそっくりそのまま受け取った。あまりの恐怖に白目を剥いて失神しかけた。


 幸いにもゾタガー様はぐうたらで、一日の殆どを寝ていることが多いようだ。個人的には二度と対面したくない所存である。あんな化け物レベルの奴と、正面切って渡り合ってたアストロさんって一体…。



 嫌なことを思い出して身震いしたので、しゃがんでエルちゃんに目線を合わせる。そして華奢な肩に手を置き、目をしっかりと合わせてお願いする。


「エルちゃん。ゾタガー様が起きそうになったら報告してね。心の準備が必要だから。」


「…?はい、わかりました。一応、を用意すれば起きて貰えるんですけど…。」


(ちゃんとしたお肉が意味深過ぎるっ…!)


 『おまえうまそうだな』からの『ちゃんとしたお肉』はいくら何でも意味深すぎる。隣にいるアストロさんが何も言わないから、私の予想通りのものではないだろうけど!


「わざわざ起きて貰わなくて良いよ。ゆっくり寝てらっしゃるんだから。

…それでは、魔術師を虱潰しに当たっていきましょうか。」


「ああ。」


「はい!」





 一件目、『光明結社』。この町最大手の魔術結社にして、世の中に魔法技術を普及させる大企業。

 この町の殆どの魔導具の製造元がここであり、魔法の使用にはここの許可が必須。そのため大半の魔法使いがここに籍を置き、日夜研究に励んでいる。


(いつ見ても斬新なデザインだなあ…。)


 その総本部はティアノスの最西部に存在する。ティアノスを囲うように存在する底なしの崖に隣接するは。天を衝くその塔は、本体が『許されざる角度』で捻じれ切っている。

 その捻じれは、中の空間を広く扱うための最良の構造らしい。直立で無い方が容積が広いとは納得いかないが、凡人の我々には理解が及ばぬことなんだろう。


 私は現在その『捻じれ塔』の直下に立ち、上を眺めている最中である。


(ちょっと待てと言われてはや30分…。エルちゃんとアストロさんは他の所に行ってもらったけど、まだかかるかな…。)


 私たちがこの塔の直下まで来た瞬間に『入るな』と声がかかり、『そのまま待て』と言われて30分。時間が無いというのにどんだけ待たせるんだ。


(…あっ、人が降ってきた。…降ってきた!?)


 私が上を見上げて貧乏ゆすりをしていると、塔の窓から人影が飛び降りてくる。浮遊しているとか箒にまたがっているとかではなく、明らかに自由落下の速度だ。このままだと間違いなく死ぬ…が。


「『銀猫』。」


(あっ、普通に立った。)


 そのままの勢いで地面に着地したが、脚にポワッと青い光が灯って何事も無く直立した。

 衝撃的な登場をかましてくれたのは、黒いローブにとんがり帽子、顎に白髭を蓄えた『いかにも』な老人。手には鳩を象った木の杖を手にしている。


 散々待たされたが、早速今回の一件について聞いてみる。


「こんにちは。ワルプルギスの一次写本でお伺いしたいことが―――――」


「知るか低能!お前らが独占してるモンを儂らが知るはずあるか!」


 私の言葉を遮り、暴言の嵐で返してくるご老人。知的な外見とは裏腹に言葉遣いが非常に悪い。余程ギルドに対して鬱憤が溜まっているのだろう。


「このクソガキが、言うに事を欠いて儂らを疑うとは言語道断!お前らの愚かな所業によってどれだけ研究が遅れていると思ってる!」


「いや、それについては安全保障上仕方なくですね…。」


…ヤバい、このおじいちゃん目茶目茶キレてる。めっちゃ唾飛んできてる。だが、こんだけキレてるという事は白と断定して良いだろう。文句を聞いている暇はないのだ。


「ありがとうございました。失礼します~。」


「大体だな、お前らは幾度我々の貴重な機会を奪えば気が済むのだ!魔道書の押収だけでは飽き足らず、魔導具の扱いにまで規制を行うだと?魔法の本質を見誤っておる!過程の内で旧支配者を招来してしまうのは仕方ないとして―――――」





 二件目、ここからはフリーの魔法使いだ。先程の光明結社は確認の為に立ち寄っただけだし、ここからが本命と言える。


「こんにちは。ギルドの者ですが―――――」


「今回の所業は聞いた。私の仕業ではない。他を当たれ。」


 こちらの姿を見た瞬間に扉を閉じやがった。一秒でも研究を続けていたいようだ。これだから魔法使いは…!





「アストロさん、どうでした…?」


「私の所もラックと同じ対応だ。今回の件で魔法使いは皆、反感を覚えているらしい。」


 所定の場所でアストロさんと落合い、本日の成果を報告し合う。あれから3件目4件目と訪問したが、対応はほぼ皆同じ。以前一次写本の作成者を特定することはできないままだ。


「不味いですね…。このままでは、明確な証拠が何一つありません。」


「どうにかして証言を得たいものだが…。」


 未だ時間はあるとはいえ、そろそろ尻尾を掴みたいところ。何としても今日中に魔法使いを特定したい。


「…エルフィスが、戻ってこないな。」


「そうですね。待ち合わせ場所は同じはずなんですけど…。」


 そんなことを話していると、遠くからエルフィスちゃんが走って戻ってくる。何か良いことでもあったのか、満面の笑みを浮かべている。


「ラックさーーん、見つけましたよ!あの魔道書の魔法にかかっている人を見つけました!」


「本当!?ありがとうエルちゃん!」


 駆け寄ってきたエルちゃんをハグし、そのまま抱っこして回転する。扉が閉じかけた所に現れたエンジェル(邪神付き)だ。ここに感謝極まれり。


「それでエルちゃん、その人はどんな魔法をかけられていたの?」


「はい!『語尾を淫語に変える魔法』です!」


(はいアウトォーーー!)

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