綻び

「ラピスちゃん、お疲れー。活躍を生で見れて、僕ちゃん感激しちゃったよ。」


「…。」


(すっごい顔顰めてる…。)


 異次元英雄ことラピスさんの確保劇が終わり、犯人二人が連行された後のこと。シュガーさんはラピスさんの労をねぎらうために手を上げて話しかける。

 それを見たラピスさんは顔を思いっきり歪ませ、露骨に『めんどくさいのに見つかった』という感情を顔に出した。


「もうね、完璧だったよね。流石看板英雄。またファンが増えちゃったんじゃない!?」


「『完璧』ですか。あれがそう見えるなら、先輩の目は相変わらず節穴ですね。」


「節穴じゃないもん!見よ、この澄んだ光を!」


「顔を近づけないで下さい!うっとおしいし暑苦しい!」


(流石シュガーさん、グイグイいくなあ。)


 目を見せるようにググっとラピスさんの方に顔を近づけるシュガーさんと、その頬を必死に押し返すラピスさん。

 シュガーさんの距離の詰め具合は流石と言う他にはない。私も見習わなければ。


「やっと離れた…。良いですか先輩、『完璧』と言うのは責められるべき点がない時に言う言葉なんですよ。」


「責められるべき点なんてあったっけ?ラックちゃん、分かる?」


「うーん、カッコよすぎるとか?」


「それだ!」


 弾丸を発射させるための高圧的な態度、相手の攻撃を自分の攻撃に転化、人質の即時解放。責められるべき点などあるはずがない。


 …だというのに、なぜかラピスさんは額に青筋を立てる。まるで『欠点を指摘して貰う』ことを待っているかの様に。超完璧主義なのかな。


「先輩とラックさん、明らかに一点あるでしょう!『一歩間違えれば危なかった』って場面が!」


「…あっ、もしかして。ラピスちゃん、俺たちにスキルを使わせたこと気にしてる?」


「そうですよ!」


 私たちの余りの察しの悪さに、身振り手振りを大きくして伝えてくるラピスさん。常に冷徹美人なのかと思っていたが、熱くなりやすい一面も持っていたらしい。


 ラピスさんの肯定に、自分で言ったことながらシュガーさんは首をキョトンと傾げる。


「でもあれ、俺達がいたからわざとやったんでしょ?『俺達なら対処してくれる』って信じて、犯人の確保を優先した。その判断は間違いじゃないと思う。」


「~~~~っ。」


 シュガーさんの純真な言葉に、突然顔を伏せるラピスさん。顔を下に向け、こちら側から見えないように左手で顔を覆っている。一体どうしたんだろうか。


(―――――――ほんっとにこの人は、何でこうも恥ずかしいことを堂々と言えるんだ…!

…ヤバイ、先輩が変なことを言ったせいか、…!見られたら絶対揶揄われる!)


「あの、大丈夫ですか?」


「少し、お待ち下さい。あと先輩は死んでください。」


「何で!?」


 ラピスさんは俯きながら右手の平をこちらに向け、『近寄るな』というポーズをとる。少し見える頬は赤いし、体調でも悪いのだろうか。


 一分ほど時間を取り、ラピスさんは顔を上げた。そこにはいつも通りの冷徹な表情。さっきまでの、熱くなっていた様子が嘘の様だ。


「ふう…で、用件はそれで終わりですか。聞きたいことの一つくらいあるんじゃないですか。」


「良いんですか!?」


「お詫びに一つくらいは教えてあげますよ。ええ、野次馬を守って下さったに免じて。」


(ラピスさん、そんなにシュガーさんのこと嫌いなのかな…?)


 『ラックさん』の部分を強調して言うラピスさん。余程シュガーさんに助けられたことを認めたくないらしい。ラピスさんは、未だにシュガーさんのことを根に持っているようだ。


 …そうだとすれば、それは悲しいことだと思う。私が首を突っ込むべきことではないが、シュガーさんが思いっきり距離を詰めて罵られる様子は、心に引っかかるものがある。


 なんにせよ、聞くべきことを聞いたらシュガーさんのフォローに回ろう。いかにシュガーさんがラピスさんのことを考えていたかを聞けば、きっと分かってくれるはずだ。


「シュガーさんに、アトラスでは三次写本まで扱ったデータベースがあるとお聞きしました。

 今回使われた魔道書は、そのデータにありましたか?」


 ここで『以前から存在している』と言われれば、アトラスの情報から所有者を遡れる。

 対して『データにない』と言われたならば好都合。その事実を基に動けば、決定的にアレックスを追い詰める切り札となる。


 ラピスさんは私の質問を聞くと、少し口角を上げた。

 そして少々の沈黙の後、アトラスの看板英雄は―――――決定的な『綻び』を立証する情報を口にする。


。あの写本は、犯行の直前までは我々も。これが答えです。」


「―――――ありがとうございます。その情報で突破口が開けそうです。」


(『データになし』、即ちあの写本は…!)


 遂に、『綻び』を見つけることができた。あの写本がこの犯行のためだけに作られたならば、このティアノスに製作者がいる。


 あれだけ高品質な写本など、製作できる人物はかなり絞り込むことができるだろう。後は候補者を一人一人問い詰め、『管理部からの依頼で作成した』という証言を貰えば、大きな証拠となる。


 一気に道が開けた気分だ。暗がりを歩いていたら、突然日の光が差し込んできたような。ラピスさんに感謝しなくては。


「断っておきますが、魔道書の追跡については社外秘です。証言を求められても知らぬ存ぜぬを貫くのでご容赦を。」


「…あ、そう言えばそうだった。ごめんラピスちゃん。」


「先輩は口が軽いんですよ。やはり私が―――――いや、何でもありません。

とにかくラックさん、そこのアホ先輩がバカなことをしようとしていたら止めて下さいね。」


「わあい、悪口のオンパレードだ。俺が悪いから反論できないや。」


 ラピスさんはこちらを向いてそう忠告する。必要に応じて証言して貰おうかと思ったが、社外秘ならば仕方がない。製作者の説得に全力を傾けるとしよう。


「それでは、引き続き業務があるので失礼します。そして先輩、二度と私の前に顔を見せないように。」


 赤黒いスーツの襟をビッと正し、鋭利な雰囲気を纏って別れ言葉を放つラピスさん。青髪で隠れた左目と隠れていない右目は冷たい光を宿し、シュガーさんを睨みつける。


 『二度と顔を見せないように』か。…元パートナーに対し、そこまで言うとは。流石にダメージを受けたのか、隣のシュガーさんもシュンとしてるし。


(このまま二人の仲が悪いのはなんか嫌だな…。ラピスさんに、シュガーさんがどう思ってるかを言えば分かってくれるかな?)


 そんなことを考えた私は、背を向けて去っていくラピスさんに声をかけてみる。


「あの…ラピスさん。シュガーさんはラピスさんのこと、とても大事に思ってらっしゃるようですよ。」


 歩き出したラピスさんの足がピタリと止まる。こちらは振り向かず、その場で静止し続ける彼女に言葉を聞く意思があると見て話を続ける。


「先程だって、昔にラピスさんの言った言葉…『事件のために動けば、どこかに必ずという波紋が立つ』という言葉を仰っていました。

これは、シュガーさんが貴方のことを今でも思っている証明になると思います。」


「…。」


 なぜかラピスさんの身体がプルプルと震えているが、この際だから言ってしまおう。シュガーさんがラピスさんのことを、どれだけ誇りに思っているかを伝えればきっと分かってくれるはずだ。


「それに、シュガーさんは事あるごとに貴方を称賛していました。自分がいなくなった後も昇進して、看板英雄になって頑張っていると。」


「や、止めて下さいラックさん。それ以上は…。」


 ラピスさんは後ろを向いたまま、声を震わせて私を止める。先程までは鋭利な雰囲気を纏っていたというのに、一体どうしたというのだろうか。


 これはシュガーさんがどう思っているかを理解してくれたと見た。あと一押し言えば仲直りに一歩近づくだろう。


「私から見ても、シュガーさんは間違いなく貴方を誇りに思っています。だから…。」


「わ、分かりました。もう十分わかりましたから、ちょっと待って下さい。」


 ラピスさんは後ろを向いたままこちらに手を向け、先ほども見せた『ちょっと待て』ポーズをとる。

 後ろから見ると耳がめちゃめちゃ赤いけど、何か恥ずかしがるようなことがあったのだろうか?


「…先輩にも一応助けてもらったので、もう一つ情報を差し上げます。」


「え、マジで!?ラピスちゃんはやっぱり頼りになるぜ!」


「く、ふふ…ごほん!

―――――我々の『観測班』は、貴方たちの管理部部長が『一次写本』を持ち出し、とある魔術師を訪ねた所を観測しました。」


(――――やはり、黒幕はアレックスか。自ら動くとは余程執心だったと見える。)


 後ろを向いたまま、ラピスさんは言う。それは決定的な目撃証言。今までは会議室の様子と調査室の態度、犯行の不可能性から憶測するしかなかった黒幕。

 それがこの町の治安を維持する英雄によって、確定事項として語られる。


「これも例によって社外秘なので証言はできません。『観測班』の存在は秘奥中の秘奥ですし、口外するならばそれ相応の対応をしなければなりません。

…ですが、貴方達の道行きが正しいものであることは、私が保証しましょう。」


「ありがとうございます。お陰で、確信をもって捜査を行うことができます。」


「サンキュー、ラピスちゃん!恩に着るぜ!」


 これは大きな前進だ。公的な証言を得ることができなくとも、確信があるかないかだけで大きく違う。結論ありきで論を展開することができるというのは、今回の一件を明らかにする上で大きな武器だ。


 アトラスの秘奥を教えてくれるとは、これはラピスさんにとっても危険な橋渡りになり得る行動だ。我々が決してアトラスを害する行動をしない、という信用をしてくれたことが伺える。


 ならば、その信頼に答えなければならない。必ず真実を見つけ出し、黒幕を叩き潰す。


「では、今度こそ。アトラスの一員として、良き闘争を期待しております。

。」


 ヴン、と前方にワームホールを発生させ、今度こそそこに入っていくラピスさん。そしてワームホールが閉じ、残されたのは私とシュガーさんのみ。


「シュガーさん、これからティアノスに住む魔術師全員の所在を突き止めましょう。本庁に行けばデータがあるはずです。」


「ラピスちゃんの情報を無駄にしないようにしないとな。気合入れていこうか。」


 せっかくラピスさんが繋いでくれた『綻び』だ。何としても、ここから突破口を開いて見せる。





…翌日の明け方、実務部のオフィスにて。窓から登ってきた太陽が光を差し込ませ、クライさんの部長席を照らす。

 未だ薄暗いオフィス内で、作業を終えた私とシュガーさんの二人は机に突っ伏す。


「リストアップ、終わりましたね…。」


「さんざん渋られた挙句、『ご自分でお探し下さい』だったからね…。」


 実務部蔑視の風潮のあおりを受け、まさか本庁の窓口までが非協力的だとは。ここ20年、膨大なデータの中から魔術師を探し出すのはキツかった…。徹夜の作業に眠気ももう限界である。


「俺、明日…今日は午後から教習が入ってるから、後は任せたよ…。おやすみ…。」


「ありがとうございました。おやすみなさい…。私も、限界っす…。」


 どんな妨害を受けようと、何としても喉元に食らいついてやる。

 だけど、今は一先ず、おやすみなさい。ぐう…。

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