異次元英雄

「きゃああああああ!」


 レンガ通りに破壊音と人の悲鳴が響き渡る。

 先程までの優雅な昼下がりとは打って変わり、おしゃれなレンガ通りは一瞬にして恐怖と非日常が交錯する戦場と化した。


 私とシュガーさんの視線の先には、スキルを振りかざして暴れる二人組。片方はスキンヘッドにサソリの刺青に白シャツ、もう一方は茶色いカウボーイハットに長銃、トレンチコートの男。


 その身なりを見るに、最近町にやってきた新参者のようだ。ティアノスの発展しまくった衣服にテンションが上がり、外の世界のセンスで組み立てた(ティアノスでは)時代錯誤なルック。


 どうやら彼らは強盗をしようとして失敗し、逃げながら暴れているらしい。


「クソがぁ!こうなったら暴れまくってバックレてやるぜ!なあネッド!」


「おうよカウボーイ!このまま町から出ちまえば、奴らは追ってこられねえ!」


 カウボーイは銃を乱射し、ネッドは女の人を人質に取って全力疾走。街路を走りながら、ティアノス唯一の出入り口である大橋に向かっているらしい。


 我々は彼らの進行方向にいるので、銃声と破壊音が段々とこちらに近づいてくる。と言っても、人の悲鳴は人質になっている女性のものしか聞こえてこない。


 周囲の人々は自らのスキルで銃弾を防ぎつつ、『こいつらアホかよ…。』という目線を二人に向けている。


 まあ、新参者が暴れ出す事例は珍しくない。文化がものっすごく遅れている外の世界から入ってきた人、或いはアトラスの怖さを知らない人々の一部は、町で暴れ出すことがある。


 ぶっちゃけて言うと、この町には『法律』というものが無い。何をやっても公的に罰を与えられないしお咎めもない。人を殺しても良いし、人の物を奪ってもいい。


 …まあ、そんなことはこの町を牛耳る主要企業の皆さんが許さない訳ですが。


 大抵のマナー違反は『業務に支障が出る』として厳しく取り締まられる。不文律だが、だからと言って許される訳ではないのだ。


 で、色んな企業から依頼されて治安維持を行っているのが『アトラス』。

 他企業でもやっている所はあるが、ここが最大手。この町の秩序は彼らによって守られていると言っても過言ではない。


「発生して10秒、そろそろですね。」


「そうだね…おっ、ラピスちゃんだ。」


 発生して10秒後、走る二人の前に虚空からラピスさんが現れる。丁度私たちの横だ。周囲には人だかりができ、『異次元英雄』の確保劇を楽しみにしているご様子。


「おー!良いぞ異次元英雄!」


「キャー!ラピス様かっこいいー!」


「な、なんだコイツら!クソ、道を開けやがれ!」


 私たちもカフェテラスから移動し、巻き込まれないように店の軒下へ。少し後ろに下がった形となり、犯人二人とラピスさんが睨み合う場面から十メートルほど真横だ。


「相変わらず、ティアノスの人達って野次馬大好きですよね。」


「治安維持部の人達は面倒だって言ってたよ。野次馬に流れ弾当たったら評判下がるし。」


「そういう私達も横で見物してますけどね。」


「ラピスちゃんの活躍を生で見れるんだから、離れたら勿体ないよね~…あ、始まった。」


 ラピスさんを目にした二人組が静止し、距離を取って戦闘態勢に入る。ネッド…蛇の刺青の方は女の首に回す手に力を入れ、カウボーイの方は銃をラピスさんの方に向ける。


 対してラピスさんは右手拳と右足を前に出し、犯人たちに向けて半身になる。


「なんだてめえは。何が『異次元英雄』だ、コイツがいりゃあ攻撃できねえ癖によお。」


 ラピスさんを煽る言葉と共に、グイっと女を引き寄せるネッド。手になんの武器も持っていないことを見ると、ネッドの方は攻撃系のスキルらしい。


「御託を並べてないでさっさとかかってこい。どんなに粋がろうと、お前らは所詮人質なしには動けん腰抜けだ。」


 前に出した右手をちょいちょいと動かして挑発するラピスさん。イケイケモードのラピスさんは顔に獰猛な笑みを浮かべ、強者の余裕というものを感じさせている。


 挑発を受け取った二人組は額に青筋を立て、ラピスさんの目論見通り攻撃を始める。


「女如きが、威勢よく吠えるな!カウボーイ、やっちまえ!」


「おうよ!『増殖インフレーション』で蜂の巣にしてやる!」


 カウボーイが持っている銃は黒く長い銃、一発一発の威力が高い代物だ。その代わりに連射速度は遅く、装填できる弾数も少ない。

―――――しかし、轟く銃声と共に発射された弾丸は、その軌道の中で数十発に『増殖』する。

 

 威力・速度はそのまま、輪郭がブレるようにして一瞬で弾数が増えた。これはカウボーイのスキルによるものだろう。


 碌に狙いもつけずに撃った弾だが、量が増えれば当たる箇所も多くなる。


 『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』とは良く言ったもので、それを一発でやるんだから、その効果は押して知るべし。際限なく増え続ける弾丸がラピスさんに迫る。


 だが、弾丸はラピスさんに着弾する寸前で虚空に消える。正確には、虚空に現れた穴に飲み込まれる。一発も余さず、その軌道の正面に出現した穴の中に吸い込まれていった。


―――――そして、二発がネッドの両肩に着弾する。


「ぐあっ…!」


 両肩を貫いた弾丸は地面へとめり込み、痛みの余りにネッドは人質の女性から手を放す。


 その瞬間女性の下に穴が開き、女性はその中にストンと落ちる。そして現れるはラピスさんの真上。

 ラピスさんは女性をお姫様抱っこで受け止め、優しく地面に下す。


「ご無事ですか。一旦ここから離れて、安全な場所に。」


「は、はい…。」


 その余りのイケメンぶりに顔を赤らめて頷き、野次馬の方へ走って行く女性。あの人、またファン増やしてるよ…。


「さて、お前らを守る盾は無くなったぞ。

    ―――――覚悟の準備は十分か?」


「「「「うおおおおおお!」」」」


 か、かっけえー…。隣でシュガーさんも歓声を上げてるし、私も思わず声を上げたくなるほどのカッコよさだ。


「クソ、クソがぁ!おいカウボーイ、全力で弾を増殖させろ!あいつの処理できねえ量で圧し潰せ!」


「合点!」


 再度カウボーイは、ラピスさんに向けて銃弾を放つ。今度の弾は増殖スピードが段違いに早く、一瞬のうちに『弾丸の壁』が出来上がる。

 前面を埋め尽くす程の無数の弾がラピスさんとその後ろの野次馬に迫ってゆく。


「…私に飛び道具は効きません。」


 だが、それを覆う程のワームホールが出現し、全ての弾丸を呑みこむ。だがあの二人組も、一度見た手にもう一度引っかかるほどバカではない。


「―――――知ってるよ。『破壊』!」


「…ほう。」


 先程の弾丸の壁は目くらまし。弾が発射され、増殖して壁ができた瞬間に走り出したネッドは、ワームホールで遮られた視界の隙を突く。


 距離を詰めたネッドはスキル使用の合図と共に、ラピスさんの顔に向けて右手を突き出した。右手には赤い雷が迸り、既にラピスさんの眼前に迫っている。

 このまま数舜後にはラピスさんに触れてしまう…が。


「すみません。先程の言葉を訂正します。

―――――私に攻撃は効きません。」


「なっ―――――ごふっ!」


 ラピスさんは顔の前にワームホールを出現させ、ネッドの右手をそこに突っ込ませる。そして横からネッドの頭を回し蹴り。完全にクリーンヒットしたネッドは、私達の対岸のカフェテラスに頭から突っ込む。


 …ありゃあ気絶してるわ。白目向いて泡吹いてる。


「クソが、こうなったらお前らも道連れだ!」


 仲間がやられて自暴自棄になったカウボーイは、横で観戦している野次馬…とりわけ、ほぼ真横にいる私たちに向けて弾丸を発射する。それも全力増殖バージョンのやつ。


「「えっ。」」


 完全に流れ弾だよ。いや、避難しなかった私達が全面的に悪いんだけど。


「『障壁』!」


 私は同じように横にいる野次馬さんたちに被害が及ばぬようにバリアを張る。雨の様に降る銃弾はちとキツイが、同時に着弾するのであれば耐えられる。


 だが、私達に増殖した弾が当たる寸前、弾の軌道がぐにゃりと曲がる。水平に飛んでいた無数の弾丸が進路を直角に変更し、地面に向けて飛んでめり込む。


 隣を見ると、地面に向けて指をさしているシュガーさん。


「『旅路』。」


(…ああ、確かシュガーさんのスキルは、『標的の目的地を設定できる』だったっけ。)


 『旅路』とは、文字通り旅の神様の権能が形になったスキルだ。旅行者が無事に目的地にたどり着けるような加護を与える神様、そしてその加護。


 スキル『旅路』は人だけでなく物の目的地を設定し、軌道を自由に変えることができるらしい。事実シュガーさんの武器も銃であり、腰には護身用のハンドガンが一丁、ホルスターに入っている。


「ぐえっ。」


 そして私たちが銃弾に目を奪われている隙に、同じように蹴りを喰らって吹っ飛んでいくカウボーイ。何ともあっけない幕切れである。


 最後にラピスさんは片手を上げ、皆を安心させる笑顔を浮かべた上で野次馬に向けて宣言する。


「皆さんの平和は我々アトラスが保証致します。どうか、安心して生活して下さい。」


「「「うおおおおおお!」」」

「「「きゃああああああ!」」」


 轟く歓声、黄色い声援。男女問わずに人気の英雄、ラピスラズリさん。異次元のスキルに、異次元の強さ。戦っているところを初めて見たが、こりゃあ看板英雄の貫禄ですわ。

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