石を投げれば波紋が立つ
「ど、どうもラピスラズリさん。私はラック=ゲンティエナと言います。」
「初めまして。改めまして、治安維持組織『アトラス』所属、ラピスラズリと申します。」
シュガーさんの左隣に座り、ラピスさんに挨拶をする。光栄なことに、向こうも会釈して返して下さった。会釈に合わせて青い前髪が揺れ、隠れていた左目が露になる。彼女のメカクレ属性も人気の秘訣であろう。
「状況は知っていますよ。中々おもしろ…厄介なことになっているようですね。」
「え…ご存知なんですか?」
「もちろん。我々ほどこの町の事情に詳しい者はいません。」
昨日の今日で既に事情が知られているとは、アトラスの情報収集能力は恐ろしい。流石ほぼ単一でこの町の治安を守っているだけはある。
だが、だからこそ気になることもある。そんな大企業の看板英雄と、我が部署が誇る残念イケメンがどのような繋がりなのか。
私の横で牛丼をかきこんだラピスさんが落ち着くのを待ち、声をかける。
「あの、シュガーさんとはどのようなご関係で?」
私がこの質問をすると、再度顔を顰めるラピスさん。冷徹美人な彼女が顔を顰めるとは、余程の因縁があるのだろうか。
「それは―――――」
「ラピスちゃんと俺は元バディだよ。相棒って奴?」
「どういうことですか?もしかして、シュガーさんって…。」
「そうそう。僕ちゃん、元々アトラスで捜査官やってたのよねー。」
「超エリートじゃないですか!?」
アトラスは、ティアノスを回す超主要企業。入るのにもそれなりのレベルというものが求められる。豊富な知識はもちろん、あらゆる状況に対応できる卓越した戦闘能力など。
ぶっちゃけ、入るのはギルド本庁よりも難しい。本当にティアノスの一握りの超エリートしか働くことができない企業である。
「まあ、俺が有望新人のラピスちゃんの教育係を担当していたという訳さ。」
「逆ですよね。シュガー先輩が問題児過ぎて、手綱代わりに私が当てがわれたんですよね。」
新人に手綱を握られる先輩とは、これ如何に。両方とも髪色が青くて外見だけはクール系なんだが、その中身は正反対だ。これで上手くやれていたんだろうか。
「あるぇー、そだっけか?まあ、前の職場がアトラスだったってだけの話よ。色々あってクビになっちゃったけど。」
「…。」
ラピスさんの機嫌が急に悪くなりましたが。先程までは話に応じていたのに、今は眉をひそめたまま3杯目の牛丼をかきこんでいる。というか良く食うなあ。
「でさあ、ラピスちゃんに一つ頼みがあるんだけど…。」
「協力ですか。絶対に嫌です。もう二度と貴方とは組みません。」
「別に俺と組まなくても良いから、捜査だけでも…。」
「嫌です。」
「元バディのよしみで「嫌です。」…即答かよ。相変わらず連れないなあ。」
取り付く島もない。さながら別れた彼女に復縁を迫り、こっぴどく振られる彼氏の如し。
しかしアトラスと言えば独自の情報網を持ち、捜査能力はティアノス一高いと言われている。アトラスは『特権』を持たないため異世界に入れないが、それでも下手人を割り出すくらいは可能なはず。
その情報収集能力の高さは、私と実務部の現状を知っていたことからも分かるだろう。
ここは、何としても協力を依頼したい。
「ラピスさん、私からもどうかお願いします。実務部全体の危機なんです。」
「申し訳ありませんが、誰が何と言おうとその男の味方をするのは嫌です。
…では。」
ビッとスーツの襟を正し、カウンター席から立ちあがるラピスさん。そして会計を済ませると、粛々と店の外へ歩いていく。しかし、シュガーさんのあの嫌われ様は尋常ではない。
「シュガーさん、彼女に何を…?」
「辞める前の案件で、ちょっと、こう…俺の独断で動いちゃったのよ。それ以来あんな感じ。」
頬を掻いてたははと笑うシュガーさん。バディを組んでて独断専行を行ったから彼女がキレたと。シュガーさんのことだから何かしら理由はあったのだろうし、それを今更蒸し返すまでもあるまい。
だが、そんな因縁があるのにも関わらず、ラピスさんに協力を求めてくれたシュガーさんにはお礼を言わなければ。
「…ありがとうございます。わざわざ嫌な役どころまでやっていただいて…。」
「気にしなくて良いよ。俺が話したかっただけだから。あと、いけると思ってたしねー。それより、完全に振り出しに戻っちゃったなあ。」
腕を組んでむむむと唸るシュガーさん。
元相棒に否定されて悲しいはずなのに、明るくふるまうその姿に脱帽する。彼のポジティブな態度は行き詰った現状への閉塞感を感じさせず、寧ろ逆境を楽しんでいるようにすら思えた。
「…もう一度、周辺状況を整理してみましょうか。」
「そうだね。それっぽいことは、元捜査官の俺に任せなさい。」
「よし、午後から頑張りま―――――」
「牛丼お待ち。」
「あっはい。」
ドンと胸を張るシュガーさんに合わせて士気を向上させる。
コネや伝手から手掛かりを導き出すだけでなく、もう一度捜索の目星をつけなくては…と決意を新たにしたが、牛丼の提供タイミングで遮られる。何ともタイミングの悪いことだ。
◇
『状況を整理する』とは言うものの、推理モノの漫画や小説の様にはいかず。私は一介の一般人であり、隠されたトリックだのなんだのに気付けるはずもない。
名探偵や推理家の皆々様は、一体どのようにして手掛かりを掴んでいるのかと不思議に思う。
考えども考えども何も思い浮かばない私は、彼らは作者から密かにチートでも貰ってるのではないか、と疑ってしまう訳ですよ。
まあ、詰まるところ以下のことが言いたい。
(詰んでる…、めっちゃ詰んでる…。今は
青い空が照らす穏やかな昼下がり、私とシュガーさんは街路にあるカフェで作戦を練っている。
赤いレンガで敷き詰められた道に、脚が中央に一つだけある白いテーブル、上にはパラソル。中は混んでいたので、俗に言う屋外席ってやつだ。
何もなければ、優雅な昼下がりのティータイムだろう。そこに座る二人が、頭を使うことに疲れて負のオーラを垂れ流していなければ、だが。
「シュガーさん、捜査官の経験的にはどうですか…?」
「…ちょっと待って、捜査のいろはみたいなの思い出してるから。というか俺、まともに捜査した記憶ないな…。」
(ラピスさん、苦労したんですね…。)
シュガーさんは眉間を抑えて悩み、冷たいコーヒーに砂糖をドバドバと入れて、ゴクリと飲み干す。シュガーさん、名前の通り甘党のご様子。
「うーんと…あっ、思い出した。ラピスちゃんは、『波紋を立てずに起こせる事件などありません。事件のために動けば、どこかに必ず綻びという波紋が立ちます。』とか言ってた。」
「か、かっこいいですね…。」
「実際凄いよラピスちゃんは。俺と離れた後めちゃめちゃ昇進してるもん。今はアトラスの看板英雄だし。もう捜査官じゃなくて治安維持の方やってるっぽいけど。」
どうやらラピスさんは推理モノの主人公並みの人物らしい。先程協力を頂けなかったのは痛手だが、致し方ない。私達はラピスさんの言う『綻び』とやらを見つけるとしよう。
「『綻び』…今回唯一残ってる手掛かりは、朝に確認した二次写本ですよね。」
「そうだね。書類上の齟齬はもみ消されてるし、物証はそれくらいじゃないかな?」
私も微糖のコーヒーを口に運び、脳に糖分を回して思考する。
(あの写本、出所は不明。…そう言えば
(『恐らく冒険者が書き写したものだろう』だったか…。あの写本の品質を考えると、それは絶対にない。
パッと見ただけでも、冒険者が作成できる質のものではなかった。)
黒幕がわざわざ言及した『写本の出所』。…これは少し考える価値がありそうだ。
(それに、本自体も真新しかった。私が見た一次写本に比べて、文字の掠れが少なかったし。)
まるで、このためだけに用意されたかの様な写本。これは考え過ぎだろうか。どこぞの魔法使いが過去に製作したものが使われた、となれば話は終わってしまうが…。
(『アレックスが言及した』という事実。叩かれたら困る箇所だからフォローしたのか、はたまた口から出まかせか。)
この一点が懸念点だ。二次写本が私達を嵌めるためだけに今回製作されたのか、既存のものを利用したのか。前者であれば、これは大きな『綻び』になり得る。
「…あっ、これも思い出した。」
「何です?」
コーヒーのお代わりを頼んでいたシュガーさんが、唐突に手を叩く。青天の霹靂と言った様子だ。
「アトラス、魔道書の三次写本までは追跡してるのよね。今回のものもアトラスのデータベースに入ってるんじゃないかな。」
「それだ!それが分かれば―――――っ!?」
―――――瞬間、レンガ通りの先から轟音が響き渡った。
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