甘い男と瑠璃の女
「…これが回収された二次写本です。どうぞご覧になって下さい。」
「ありがとうございます。」
翌日、私は早速行動を開始し、ギルドの統括調査室まで足を運んでいた。ギルド本庁の3階の廊下の奥、中々人目に付かず薄暗い場所が調査室の縄張りだ。
統括調査室は、何かしら不正があった際にギルドの全部署に対して監査を行うことができる権限を持った部署である。職務の中身を覗かれることの忌避感から隅っこに追いやられてしまったという訳だ。
窓口の人の観測の下、現場から回収された魔道書を確認する。
本の包装は、私が見たままの茶色い革。厚さも重さも私が解読したものと等しく、外見はすべて等しく思える。
…だが。
(やっぱり…、明らかに文体、筆跡が違う。この本は、私があの時見たものとは絶対に違う。)
内部を見てみると一目瞭然。アルハズレッド=アルハンブラさんの筆跡とも暗号化方法とも違う、全く別のアプローチから書かれたものだった。だからこそ調査室は二次写本と判断したのだろうし、私もそう思う。
「この本は、支配人から?」
「はい。」
(…支配人もグルか?『宿屋内で見つかったものだから預かります』と言われて預けたが…。)
ヨルさんの風で吹っ飛ばされた魔道書はすぐにアストロさんによって回収され、全てが終わった後引き渡された。それは、支配人側から上記の通り申し出があったからだ。
(でも、自分の宿の評判が下がるわ傷を負うわで良いことないと思うんだがなあ…。)
実際は評判はそこまで下がっていないが。今回の一件は半ば事故として受け止められており、死者・重傷者を出さなかったことで評価が上がったまである。
(何にせよ、修復中の今は不用意に立ち入ることができない。16Aに行くのは後回しかな…。)
「ありがとうございました。」
「はい。ご健闘をお祈り申し上げます。」
お礼をして振り返り、部屋から出ていこうとすると、後ろから思ってもいなかった言葉が聞こえてくる。
(…?)
私達は調査室の調査を覆そうとして動いているはずなのに、なぜか頭を下げてくれる窓口の人。彼女たちからしても、今回の調査結果は『何かおかしい』と漠然と思っているのだろう。
彼女たちは『真実』に関して何よりも誠実である。その嗅覚とプライドが『怪しい』と思わせているのだから、この一件が策謀であるという考えは間違いではない。
(物証が見つかって書類上も問題ないとくれば、あの結論になるよなあ…。)
何にせよ、時間はそう多く残されていない。調査室の前で待ってくれていたシュガーさんに声をかけ、この場は切り上げることにする。
そう、本日の私のバディはシュガーさんなのである。
「ラックちゃん、結果どうだった?」
「やはりすり替わっていました。そして、調査室も今回の結果に疑問を抱いているようです。」
「やっぱりか。調査室が動けないとなると、俺達だけで動くしかないね。」
「ええ。あわよくばって感じだったんで別に良いですけどね。」
深い青色の髪を揺らし、うんうんと頷くシュガーさん。この人はめっちゃ顔が良いんだけど…こう…クール系なルックスに対して中身が明かる過ぎる感じだ。多分喋らなければめっちゃモテる。
「次どこ行くか決めてる?」
「いえ…。16Aは修復中で中に入れませんし、どうしたものかと思っていた所です。」
実際、手掛かりが少なすぎて動きようがないのが現状だ。書類面の改ざんを突き止めるのは雲を掴むようなことに等しいし、何より管理部には近寄りたくない。どんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。
そして魔道書の確認、あわよくば調査室への協力依頼の要件は今さっき終わってしまった。
「どうしましょうかね。私、コネとか伝手とかありませんし。」
こういう時に今まで人付き合いを避けてきたのが裏目に出るんだなあ。『実務部は悪』という風潮がある以上、マロンに近づいて巻き込んだら嫌だし。
私の言葉を受け、シュガーさんも腕を組んでうんうんと唸る。
「俺も、伝手と言える伝手とかないしなあ。」
本当にどうしましょうと言った状況だ。打つ手なし、八方塞がり。現状あるのは『管理部の連中が一枚噛んでいるだろう』という曖昧な憶測のみ。
二人でうんうん悩んでいると、シュガーさんが諦めたように口を開く。
「むむむ…仕方ない。歩いてる内に突破口が見えるかもしれないし、ちょっと外行こうか。」
「そうですね。ここにいても何も得られるものはないですし、歩きましょうか。」
どこぞの捜査官みたいなことを言うシュガーさんだが、実際歩いてみるのは大事だ。足を止めて考えていると、思考まで停滞していく気がする。
なので同調する言葉を返すと、シュガーさんは声を上げて喜ぶ。
「ひゃっほー!ラックちゃんとデートだ!」
(残念イケメン…。)
見た目だけはクール系なのに、中身は無邪気な子供の様だ。ほんと第一印象って当てにならないなあ…。
◇
「…思ったけど、ただ歩いてるだけじゃ何も思い浮かばないね。そも、現状の目的って何だっけ。」
「勝利条件は、今回の黒幕が管理部だということを立証すること。今はその為に、事件の全容を明らかにしましょうってとこです。」
「下手人不明、目的は俺達を嵌めるため。黒幕は管理部。…『証拠』が足りないってことかあ…。」
時刻はちょうどお昼に差し掛かった。赤茶色の煉瓦で敷き詰められた道を歩き、意味も無いのに周囲を見渡すのも疲れた頃である。
ティアノスは建築様式も大分発達しているので、ここら辺の建物は木造だったり石造りだったり、牛丼屋のチェーン店があったりとごっちゃごちゃである。
「…あっ、あの店見てたら思い出した。頼りになりそうな伝手ありました。」
「えっ。牛丼屋で?」
牛丼屋のチェーン店で思い浮かぶ伝手とは、これ如何に。視線の先の牛丼屋は、上部がオレンジ色と黄色で染めてあり、下部はガラス張りになっている。店名は『大丼屋』。ティアノス内では大手のチェーン店である。
「丁度いいし、あそこでお昼にしよう。目当ての人もいるかもしれないし。」
「はあ。まあ安いですしね。」
ミノス・ジャイアントを見て以来敬遠していたが、偶には牛丼も良いというものだ。
シュガーさんの後をついて店まで向かい、大丼屋に入る。透明な扉の先にはカウンター席があり、奥にはテーブル席。ごく一般的なチェーン店の造りだ。
厨房からは牛丼のつゆの香しい匂いと熱気が伝わってきて、あまり空いていなかったお腹が強制的に減らされる。店に入る直前までお腹が空いていなかったのに、入るとお腹が空く現象ってあるあるだよね。
「お、やっぱりいた。」
シュガーさんは入口で店内を見渡すと、カウンター席にお目当ての人を発見したようだ。店員さんに伝えてカウンター席に向かい、その人の隣に座る。
「イエーイ!ラピスちゃん、元気してたー!?」
シュガーさんが声をかけた先にいたのは、青髪の女性。ショートヘアーで左目が前髪で隠れている。見た目は私と同じくらいの年齢。二十代前半といった所だろう。
『ラピス』と呼ばれた彼女は、シュガーさんを見ると露骨に顔を顰める。
「げっ…。何の用ですかシュガー先輩。私は今、効率的に栄養を取ろうと思っていた所なんですけど。」
「相変わらず大丼屋の牛丼好きだね。お陰でこの店の看板を見ると、ラピスちゃんの顔が思い浮かぶようになっちゃったよ。」
「そうですか。それは不名誉極まりない。そして私は牛丼が好きな訳ではなく、注文から提供までの時間が早い店が好きなのです。」
あからさまに冷たい態度を取られているが、臆せず突っ込んでいくシュガーさん。コミュ力の塊かよ。あんな露骨な態度取られたら、私ならメンタルがブレイクするぞ。
というか、私は彼女を知っている。というかティアノスに住む者ならば大体彼女を知っているだろう。
とんでもない無礼を働いたシュガーさんの隣に座り、顔をこちらに向けさせて耳打ちする。
(ちょっと何やってるんですかシュガーさん!彼女、『異次元英雄』ラピスラズリさんじゃないですか!?
そんなに気安く話しかけたら罰が当たりますよ!)
そう、彼女はティアノスでも有数の英雄、ラピスラズリさんである。この町の治安維持を担う大企業、『アトラス』の看板英雄だ。
『アトラス』自体はアンタッチャブルでダーティーな雰囲気漂う企業だが、その治安維持における影響力は絶大。彼らがいなければこの町は崩壊するとまで言われている。
目印は赤みがかった黒色。ラピスさんはその色のスーツを着ているが、構成員は大体この色をした服を着ている。
(大丈夫だって。知り合いなのは本当だから。というかラピスちゃんと俺は深い絆で結ばれてるから。)
「結ばれていません。適当なこと言ってると惨殺しますよ。」
「ほらね?」
「今のどこに絆要素ありました?」
『アトラス』はティアノスの大部分の治安維持を担っているが、その実は超好戦的なスキル持ちの集まりと聞く。このお人も例に漏れず物騒な人らしい。
シュガーさんの伝手って、ひょっとしてこの人なのか…?
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