底辺よりのスタート

「…えー、という訳で、俺たちの方で調査を行うことになった。失敗すれば俺たちは全責任を負わされ、ラックは報告書偽造でクビが飛ぶ。」


「「「「「…。」」」」」


 会議が終わってすぐのこと。私達二人は実務部のオフィスへと戻り、実務部メンバー7名が全員揃った前で事情を説明した。

 そして訪れたのが沈黙。私とクライさんの2人を除く全員が全員押し黙り、部屋内が一瞬無音になる。


 そして次の瞬間。全員が全員極大の威圧感を放つ。

 アストロさんは眼鏡を外していないというのに、それを貫通し冷や汗をかかせるほどだ。ここで眼鏡を外せば、恐らく本庁まで飛び火して気絶者が大量に出るだろう。


「つまり今回の一件は、我々を陥れるための事件だったと。」


「そういうことだな。」


「…何という卑劣な行為。今すぐに首謀者の元に出向き、正々堂々と対話するべきだ。」


 そう言うとアストロさんは席を立つ。その三白眼は怒りに燃え、対面するもの全てを射殺すような眼圧である。

 だが、それをクライさんが静止させる。


「待て待て。まだ首謀者が分かってないだろうが。というか言ったって知らぬ存ぜぬで終わりだよ。」


「だが、これでは余りにも…。」


「まあ落ち着け。猶予は1週間近くあるんだ。証拠を掴む時間は十分にある。」


 部長席に座り、いつもの様子でアストロさんを宥めるクライさん。その落ち着き払った様子からは会議で激高していたことなど思い起こせない。

 しかし、その心中ではどう思っているかなど明白だ。なぜなら…


(髪、さっきから立ちっぱなし…。)


 ぼさぼさ頭のクライさんの頭頂部には、会議室を出て以来アホ毛が幾つか跳ねていた。さながら女神様のアホ毛の如し。

 外見から怒り度合いが読み取れてしまうというのは、少々難儀な体質である。


「まさかこんな大事になるとは、完全に想定外でした…。貧乏くじを引かせてしまってすいません。状況を引っ繰り返せなかった暁には、私も責任を取るので…。」


 机の上でがっくりと項垂れるヨルさん。いつもの飄々と様子は見る影もなく、猫背になって両手を机に突いている。

 ヨルさんは巡視を行った3人の中では一番の先輩ということで、それだけ罪悪感を覚えているのだろう。見てて気の毒になるくらいの落ち込みようだ。


「いえ、絶対に引っ繰り返します。ヨルさんが責任を取る必要なんてありません。」


「ラックさあん…うう…絶対にやり返しましょうね…。」


 口ではそう言っていものの、まだ若干立ち直れていない様子。ヨルさんをこんなに凹ませるとは、首謀者許すまじ。怒りが一層増したぞ。


「さて、こうなれば俺達全員崖っぷちだ。悪いが、今回の一件に絡んでない3人にも協力して貰う。」


 クライさんは言葉と共に視線を3人に向ける。


 まず、3組ずつ向かい合っている席の内、中央の左側を見る。右側で一番入口に近いのが私の席なので、私の右前の席ということになる。


 そこにいたのは、緑がかった髪を背中まで伸ばした少女。見た目からすれば18歳くらいで、腋とお腹を少し出した特殊なワンピースを着ている。

 彼女の名はマリーゴールド。ダウナー系で線が細く、いつもダルダルな雰囲気を纏う美少女である。


「もちろん。はなからそのつもりでしたよー。」


 続いてクライさんは、マリーさんの正面、即ち私の右隣りの席に目を向ける。


「全く…俺がいない間にそんなことになっていたとは。安心しろラックちゃん、俺が協力するからには百人力だ。」


 クライさんの視線に、私の隣に座る若い男の人が頷く。

 前にもちょろっとだけ名前が出たが、彼の名はシュガー=オブライエン。


 深い青色の短髪に優し気な甘いマスク。知性を感じさせる外見とは裏腹に、明るくて話しやすい人だ。何も考えていないだけとも言う。私はこの人ほど、『残念イケメン』という言葉が似合う人を見たことがない。


 そして最後、私の対面に座る少女がこちらを向いて言う。


「ら、ラックさん。私ももちろん協力します。」


 金髪に褐色、翡翠色の目をしたショートヘアーの癒し系少女。見た目から判断すると12歳くらい。

 彼女はエルフィス=ウッドベル。私はエルちゃんと呼んでいる。


 純真そうな見た目とは裏腹に、彼女はとある存在の狂信者である。


「ゾタガー様は…今は寝てますね。でも、多分協力してくれると思います。」


 エルちゃんはいつもかけているポーチの中を覗くと、手のひらサイズの木彫りの彫刻を取り出す。

 その彫刻はほぼ角柱に近いシルエットであるが、中部から上部にかけて何やら生物が彫り込んである。


 ヒキガエルにも蝙蝠にも見えるその生物は、何でも『ゾタガー』という魔物…いや、『旧支配者グレート・オールド・ワン』らしい。


 旧支配者とは、魔物の中でも最上位のものを表す言葉である。

 かつて地上は神と強大な魔物によって支配されており、神々がそれらの魔物を異世界に『隔離』したことで『旧支配者』と呼ばれるようになった。


 ほぼほぼ人間の理解の埒外であり、直視すれば狂気に陥って発狂待ったなしだ。ちなみにアストロさんの因縁の相手、『深淵』も旧支配者の一体である。


 彫刻からなんの恐怖感を感じない所を見ると、確かにゾタガー様はお眠りになられているようだ。


「よし。そうだな…この一件はラックを中心に動いてもらう。俺たちは平常業務をこなし、その間にラックが調査を行うという形だ。」


「はい。責任者として、絶対に真実を明らかにしようと思います。」


 皆さんの協力に報いることができるように、強い意志を以て宣言する。責任者として名乗り出てあの場で宣戦布告をした以上、私が出ないという選択肢はありえない。


「巡視と教習を行うと、調査に回せるのはラックと後一人。各自人脈や心当たりをフル活用して調査に当たってほしい。…クソ、中々戻らねえな。」


 徐に頭に手を乗せ、ぴょんと跳ねた髪の毛を戻そうとするクライさん。しかし、手で押さえても『我関せず』とばかりに再度跳ね上がるクライさんの髪。余りにも怒り過ぎたせいでクセがついてしまったらしい。


 そしてクライさんは髪を直そうと試みたまま席を立ち、部屋の横の扉まで歩いていく。歩きながら何度手を当ててもぴょこぴょこ跳ねるクライさんの髪。不覚にも少し面白い。


「…そういうことだ。聞き耳を立てるのは良いが、今回お前に出来ることは何もねえ。だが、お前の部下がやらかしたんだから泥くらい被る覚悟しとけよ。」


「きゃあっ!?」


 クライさんが唐突に扉を開くと、扉に耳を押し当てていた女神様が飛び出してくる。私以外驚かない所を見ると、皆さんは女神様の気配に気づいていたようである。


 女神様は姿勢を整えると、こちらを向いて頭を下げる。


「え~っと…すみませんラックさん。今回、私は中立を保たなければいけないので助けてあげられません。あまり介入してしまうのも良くないので…。」


「はい。女神様のお立場については、私も分かっているつもりです。」


 女神様は人間の上位存在、公平にして中立な存在であらねばならない。女神様が言伝すれば済む話であるが、それでは根本が解決しない。根元を叩かねば何度だってこちらを嵌めにくるだろう。


「ギルドの権利についてもダーレスさんに一任しているので、ギルド内の問題は私から口を出せるものでは無いのですが…。」


「企業連中の会議には出るのか?」


「はい。そちらはティアノス全体の運営に関わっていますから。そちらでは中立の範囲内でお助けできると思います。」


 ティアノスは英雄企業で回っていると言っても過言ではないからな。ギルドは唯一『公的』と認められた機関ではあるが、ティアノスを運営する大企業に比べれば小さな集団に過ぎない。

 実質的なティアノスの運営は、企業の社長らに任されているという訳だ。


「となると、鬼門はその前日のギルド内会議だ。それまでに嵌めた連中の尻尾を掴み、ギルドの総意を変えさせる。何としてもだ。」


 女神さまの隣に立ち、実務部のデスクに向かってクライさんは言う。髪の毛も平常運転のぼさぼさ髪に戻り、いつも通りのクライさんに戻ったようだ。


「よし。それじゃあ反撃開始だ。目には目を、歯には歯を。俺達を嘗め切っている連中に目に物をみせてやれ。

―――――働く英雄を、嘗めるなよ。」


(か、かっけえ…。)


 クライさんのかっこいい鼓舞に、私のやる気はうなぎ登りだ。どうしてこの部署の人達は、人のやる気を出させるのが上手いのだろうか。


(あ、髪立った。)


 …だが、最後にクライさんの髪がぴょこんと跳ねる。どうやらクライさんは怒る時だけでなく、決めようと思っている時にも髪が立ってしまうらしい。


 しかも今回は本人も気づいてないご様子。周囲の人を見るも、黙って首を振るのみだ。皆さんに倣い、本人に伝えない優しさもあるだろう。


(やっぱり、私はここで働きたいなあ…。)


 微妙に決まらないクライさんを見て思う。やっぱり私はこの部署で働きたい。この部署で働けるように、証拠を集めて真実を見つけなければ。


(―――――見てろよ幹部共。こちらを嵌めた分、目に物を見せてやる。)

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