第3話 公僕の逆襲

prologue:地獄追放(※胸糞回、後の為に既読推奨。)

「―――――お待ち頂きたい!」


 『異論はあるか』との総長の問いかけに、声を張り上げて応じる。


「なんだあの小娘は…。」

「せっかくまとまりかけていたというのに、面倒な。」

「顔から野蛮さが滲み出ておるわ。」


 分をわきまえない私の発言に対し、非難の声が平然と部屋内に飛び交う。多数派の常道と言った所で、瞬間的に言論により言論を弾圧してくるのは流石だ。だが、ここで尻込みするわけにはいかない。

 あと顔について言った奴、お前の顔覚えたかんな。後で覚えてろよ。


 総長はこちらを向くと、右手の平を上にしてこちらに向ける。『発言をどうぞ』という意味の様だ。


「今回の一件、確かに実務部による過失も大きいです。ですが、全ての発端である魔道書グリモワールの管理は管理部が行っていたはず。

 管理の不手際ということで、明らかにそちらの過失が大きいのではないでしょうか。」


 ワルプルギスの一次写本、それはギルドで管理してあるはずだ。私は管理部総務課に勤めていた際、それが異世界から発見されて送還されたのを目にしている。

 ならば、それが16Aにあるというのはおかしい。管理部の明らかな過失だ。なぜ誰も責めないのか知らないが、ここが全ての元凶だろう。


「ふむ…管理部からはどうかね?」


 そう言って総長は私から視線を外し、総長から見て右手、3番目に座る男に視線を向ける。

 そこにいるのは四角い黒縁眼鏡をした釣り目、管理部部長アレックス=フォーマルクラフトだ。灰色のスーツに身を包み、髪はワックスでぴっちりと整えられている。


 アレックスはこちらを向き、悪意に塗れた声を発する。


。自分たちの立場が悪くなったからと言っての我々に噛みつくとは、窮地を認めたようなものだ。」


 眼鏡を上げ、『自分たちに責任はない』と断固として宣言するアレックス。それに煽り文のおまけ付きだ。


 そんなはずはないだろう。お前らが管理していた魔道書が外に出て、テロの道具に使われたんだぞ。明らかに責任を負うべきだろう。


「では申しますが、報告書にある通り、テロの道具として使われたのはワルプルギスのです。あなた達の管理下にあるはずのものがテロの道具として使われたんですよ。それで責任が無いはず無いでしょう。」


「クッ…、だと?確かに一次写本までは我々の管理下にある。今回使われた下らん名前の魔道書のものもな。」


 私の糾弾に対し、嫌らしい笑みを浮かべて答えるアレックス。その立ち振る舞いは余裕で満ち溢れ、自身の過失など一片もないということを全身から主張している。


 だが、今こいつは確かに認めた。多大な責任は管理部にあるはずだ。


「ならば―――――」


「再度言うが、。なぜなら、犯行に使われた魔道書はだからだ。」


「―――――!?」


 口角を上げ、勝ち誇った笑みを浮かべてこちらを向くアレックス。その言葉の内容は、明らかに事実と矛盾したものだった。


「いえ、我々が発見し解読した魔道書は確かに一次写本でした!そもあれだけの転移現象を起こせる魔道書など、原書か一次写本でしかありえないでしょう!」


「そのことなんだがね。」


 私の言葉を遮り、総長が唐突に口を開く。


「今回君を読んだのは、君が製作した報告書と、統括調査室が現地調査をして製作した報告書、そこにがあったからだ。」


「…その『食い違い』とは何でしょうか。」


 なるほど。なぜこんな会議に私が呼ばれたかと思えば、そういった理由か。なぜ一役人たる私が呼ばれたのかと疑問に思っていた。

 だが、私は事実をそのまま記した。何度も読み返し、ミスがないか添削を行った。間違いがあるはずは―――――


「君が発見・解読した魔道書。君の報告書ではとなっていた。しかし調査室が実際に現地に赴いて回収した魔導書は、だったのだ。」


「…は?」


「次いで調査室が管理部に監査を実行し、彼の魔道書の記録を調べた。結果、持ち出されていないという結論が導き出されたのだ。

―――――この矛盾は、どういうことかね?」


「大方、攻略途中で発見した冒険者が書き写したのだろうな。そこまで行くと我々の管理責任からは外れる。全く、冒険者の心得を教えている部署を教えているのはどこの部署だったかなあ?」


(どういうこと…?私があの場で解読したのは、確かに一次写本だった。アルアルさんの特徴的な筆跡、暗号化の仕方を見間違えるはずなんてない。)


 付きつけられる事実に、何も言えなくなってその場で立ち尽くす。頭の中で必死に回路を組み立て、どういうことかを考え続ける。


(待て、まず下手人はどうなっている?なぜこの場で言及がない?)


 アストロさんの第一の懸念、下手人の居所。それについては何の言及もない。まあギルド内のことなので理解出来なくもないが、問題なのはこの場で『下手人が明らかになっていない』ということ。


(管理部にあるはずの魔道書が現場にあり、それが。)


 管理部に責任を負わせるための材料が全て消え、残ったのは『実務部が魔道書を起動し、多大な被害を齎した』という単純化された事実のみ。


(まるで、実務部だけに責任を負わせるためだけの状況。)


 あれだけの召喚事例で実務部が戦えば、大なり小なり被害が出ることは必定。半励起状態の魔道書が巡視の際にあり、何かの拍子で起動されるよう仕向けられていた。


(そして、余りにも都合が良すぎる『特権譲渡』の打診のタイミング。)


 ギルド本庁内では最近殊更に実務部への悪評が増し、それが臨界に達する時点で今回の事件。

 


「ラック君、説明を。」


「さっさとしろぉ。総長を待たせる気か?まあ無理もないだろうなあ。我々に責任を負わせるために、したんだろ?」


 『完全に勝った』という態度で、こちらを煽ってくるアレックス。その顔には、『してやったり』という表情が浮かんでいる。


 …ああ、なるほどな。ようやく分かった。この状況を作ったのが誰か。いや、誰によって作らされたのか。


(…コイツら、私達を嵌めやがったな…!今回の一件すべて、お前らの差し金か…!)


 今回の下手人、私達はヒーローミューズに敵意を抱く犯人像を想像していた。

 だが、対象が違う。

―――――最初から、標的は私達か。


「私怨で昔の上司に責任を被せるなどふざけた真似を。説明を果たせないならばもう良い。報告書の内容を。」


「なんと、そう言えば彼女はそうだったな。」

「全くふてぶてしい。報告書の偽造など、どうしてすぐバレる嘘を…。」

「所詮実務部に異動を願い出る女だ。そんな頭も無いのだろう。」


 アレックスの言葉に同調し、私を攻撃するムードが会議室内に広がっていく。

 完全に勝利を確信し、後は私が屈服すればそれで終わりといった状況か。


 だが、ここで終わる訳にはいかない。私が報告書偽造の罪を負わされて追放されるだけならまだいい。しかしここで私が負けを認めれば、実務部の皆さんも責任を負わされてしまう。


―――――何より、これは正しくない。


 自由自在に書類を改竄し、魔道書をテロに使うだと?『冒険者、英雄のサポート』を至上命題にするギルドが?

 こんな真似をする連中は、ギルド職員の恥さらし以外の何物でもない。


 ならば、言うべき言葉は決まっている。


。私は、断じて報告書の偽造など行っておりません。」


「あぁ…?だが実際に違うだろ?大人しく認めろよ。それで全てが丸く収まるんだから。」


「何度でも言います。。」


「身の程を知れ、一役人如きが!お前らは、総長は愚か女神様の顔に泥を塗ったんだぞ!」


 …よくもいけしゃあしゃあと。その面の皮の厚さには、怒りを通り越して尊敬すら覚える。


「一役人だと言うのなら、それは貴方も同じでしょう。そしてギルドに泥を塗る行為とは、助けるべき冒険者、英雄を私欲の為に利用する行為だと考えます。」


「コイツ…!…総長、これ以上の議論は無駄です。このままでは不快な状況が続くだけです。早く結論を出しましょう。」


 アレックスは総長の方に向き直り、早く結論を出すように迫る。

 最初から議論などするつもりはなく、一方的に糾弾していた癖に何を言う。だが、早めに議論を打ち切られたのは大分マズイ。何一つ私たちに有利な材料がない。


 総長はアレックスの促しに対して眉間の皺を深め、目を閉じる。

 今、その頭の中で何を考えているのか、それによって我々の将来が決まる。


「…分かった。結論を出そう。」


「ちょっと待って下さい!これは明らかに―――――」


「黙れ!総長が結論を出すと言っているんだ!口を出すな!」


(コイツ…!意見を全部封じやがって…議論する気がないのはどちらだ!)


 拳を血が出るほど握りしめ、歯を食いしばって耐える。ここで怒っては相手の思う壺だ。冷静さを失うな。クライさんからの忠言を守らなければ。


 何にせよ、これ以上は悪手。ゴクリと生唾を飲み込み、総長の次の言葉を待つ。時が止まるかのような荘厳な雰囲気の中、中央の総長だけが目を開く。

 さながら誰もが動きを止めている中、総長だけが止まった時の中を動いているようだ。


 永遠にも思われる数舜は過ぎ、総長が声を発する。


「―――――我々ギルドは、『特権譲渡』を…」


―――――瞬間、部屋内に雷が轟いた。


 其れは、かつて主神が操っていたとされる神の権能。天空も大地も焼き尽くす威力を持った、まさに神の力の代表格。

 見るものに無条件で畏れを抱かせる、我らが部長のスキルの発現だった。


 耳をつんざく轟音が総長の言葉を遮り、終わりかけた議論に文字通り電流を流す。


 皆が驚きと共にクライさんの方向を見据えるも、その威圧感に非難の声を発することができない。髪の毛は総毛立ち、誰が見ても怒っていることが手に取るようにわかる。


「―――――総長。結論を出すにはまだ早い。私の部下は偽造など。そして私は調査室の公平性も良く知っている。」


「だからこそ、このは捨て置いてはいけない。その矛盾の裏に、醜悪な真実が隠れているかもしれない。」


「貴様―――――」


「面白い。続け給え。」


 アレックスは私の時と同じようにクライさんの言葉を遮ろうとするも、総長の言葉によって止められる。

 総長はその圧倒的な眼力でもってクライさんを射貫き、言葉を続けさせる。


「なので、少しの時間を頂きたい。それまでに我々が独自で調査を行い、何としても真実を突き止める。」


「皆さんも、ウチを目の敵にするのは結構。

――――だが、一般人を危機に晒すような真似をした外道は。こちらとしては、そういう所存だ。」


 体にバチバチと青雷を帯電させたまま、言葉を終わらせるクライさん。最後に幹部連中を一睨みし、席に座る。

 幹部連中はその圧倒的な迫力に何を言うことができず、ただ冷や汗を流して静観するのみ。


 そんな中で、総長だけが動じず笑みを浮かべた。


「ふっ…なるほど。ならばこうしよう。来週、私は企業連合の会議に呼ばれ、『ギルドの総意』を示すよう言われている。

 なのでその前日に再度会議を行い、そこで結論を決定するとしよう。」


「それまでの間、君達実務部は平常業務の傍らで調査を行い、その『真実』とやらを突き止める。それでいいかね?」


「はい。ありがとうございます。」


 クライさんは帯電を収め、総長に頭を下げる。他の幹部連中は不満な顔を隠しもしないが、『どうせ無駄だろう』という考えの下、渋々と了承の意を示す。


「―――――では、これにて会議を終了とする。」

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