epilogue(※胸糞回、後の為に既読推奨。)
「クライさん、臨時会議ですよね。頭セットしなくて良いんですか?」
「いーんだよ。というか、セットしても意味がねえんだ。見てたら分かる。」
ここはギルド本庁。久しぶりに私はギルド本庁に立ち入り、2回にある大会議室へ向かっている。
隣にはクライさん。いつもは黒いスーツを腕まくりし、胸元を開け中のYシャツを出しているが、流石に今日はちゃんと着ている。しかし頭のぼさぼさ髪は相変わらずである。
「案の定、責任者も呼ばれましたね…。一応報告書は作っておきましたけど…。」
「部長共以外が呼ばれるのは珍しいんだがな。まあ、俺が普段どんな心労を味わってるか体験してってくれや。」
「うええ…。」
昨日、女神様の叫び声が聞こえてきた後のことだ。臨時会議が開かれることの通達と、『代表者は説明しに来い』という高圧的な指令が実務部に届いた。
結果、アストロさんとヨルさんには一昨日事情聴取をやってもらったので、私が代表者として名乗り出たという訳だ。
前の職場で息を殺して働いていた時とは大違いだ。まさか自分がギルドの上位層が集まる会議に出席することになるとは思わなかった。しかもやらかした側として。
(…でも、私は当事者だから分かる。あれは最善を尽くした行動だった。下手したら世界滅びてたし。)
私達がいない場所であの魔道書が起動されれば解決が遅れ、転送元の座標がダンジョン攻略最前線よりも深くなっていただろう。
返って、アストロさんやヨルさんなど、実力者がいる時に起動できてラッキーだったまである。
(何とか事情を説明して、分かってもらわないと…。)
我々の過失も認めた上で一生懸命資料を作ったので、誠意は伝わるはずだ。というか、不慮の事故と言っても過言ではないのでは?
「…ああそうだ。ラック、一つ言っておくことがある。」
「はい、何でしょうか。」
会議室も目前になった所で、クライさんが私の目を見て声をかけてくる。
「これから先、絶対に冷静さを失うなよ。怒ったら相手の思う壺だぞ。」
「…はい。」
(実務部に迷惑をかけないよう、我慢しなくては…。)
クライさんの真剣な言葉を受け止めて、二階の廊下を歩む。大会議室の茶色の扉が段々と近づいてくるにつれ、鼓動が高まっていく。
そして、ついに扉の前。クライさんがこちらを見たので、頷いて帰す。クライさんはそれを見るとトントンと扉をノックし、扉を開けて入る。
「失礼。」
「失礼します。」
中の作りとしては、長方形の机が部屋の中央に置いてあり、奥には窓。手前には長方形のうち、辺の短い方が向けられ、横の長い辺に役員が座っているという感じだ。
クライさんの後に続いて会議室に入ると、その瞬間多くの目が私を射貫く。その大半が非難、侮蔑、見下しの目であり、一気に双肩が重くなった錯覚がした。
(…何なの、この雰囲気…!)
「…おっと、もう全員お揃いか。まだ開始時刻前だってのに。待たせて申し訳なかったな。」
私は向けられる悪意の視線に若干気圧されてしまったというのに、クライさんはいつもと変わらない様子で自分の席に座る。対して私は、事前の指示通りに扉の前で待機する。
不躾な視線が私に集中しているが、気を強く持って耐える。
(こんな雰囲気を、クライさんはいつも耐えているのか…!)
胃がむかむかするとか、恐怖に囚われるとかそういうレベルじゃない。そもそも同等の立場として見てもらえていないことが十分に伝わってきて、無力感を強制的に抱かせられる。
ただただ自分は見下されている。私の眼前に座っているコイツらは、余程実務部が嫌いらしい。
「役員は揃ったようだな。―――――では、臨時会議を始めようか。」
クライさんが席に着いたのを確認し、上座…一番窓側の席に座る男が口を開く。
その男の名はダーレス=マグナ。白髪交じりの黒髪をオールバックにし、眉間に深い皺を刻んだ初老の男。
このギルドの立場上のトップは女神様だが、実質的なトップはこの男。人事、経理とギルドの心臓部を担当する総務部の長にして、あらゆる権力の中心人物。
通称『総長』。ギルドの顔役である。
「この度の議題は言わなくても分かるだろう。この度の異世界16Aでのテロ、それに我々が関わったということ、そしてそれについての賠償金についてだ。」
ギルドを取り仕切る者の言葉は一言一言が重く、口が開かれる度に体が重くなっていると錯覚させられる。クライさん、よくこんなの耐えられるな。胃が痛くなってきた…。
「報告書にある通り、その中心にいたのは実務部だ。この度の不始末、謝罪と納得のいく説明を。」
そう言ってクライさんの方を見る総長。そしてそれに怖気ずく様子も無く、組んだ腕を開いて頭を下げる。
「それについては、何の申し開きもありません。我々が魔道書起動の大きな一因となったのは紛れもない事実。魔物の鎮圧、事態の収拾の過程で多くの一般人が軽傷を負ってしまったのも、我々の実力不足が所以です。」
素直に頭を下げ、謝罪をするクライさん。そこにいつもの不遜な態度は欠片も無く、誠意を持った謝罪であることが伝わってくる。
…だが、それに嬉々として声を荒げる者達がいた。
「そんなことを言っているんじゃあないよ!問題なのは賠償金だ!」
「そうだ!お前らのせいで、我々が多額の賠償を負うことになったんだぞ!」
机を叩き、笑みすら浮かべてクライさんを攻撃しだす幹部連中。
それに対し、クライさんの髪が重力に逆らい、ふわりと逆立ち始める。
「賠償についても、重ね重ね申し訳ない。ですが、最小限に抑える努力はした上での必要な損害でした。どうかご理解頂きたい。」
「言葉だけで納得できるか!」
「普段はお前らに非が無いから見逃してやっていたがな、今回は事情が違うんだよ。お前らが引き金を引いたんだ!ああ!?」
また言葉に反応し、クライさんの髪が逆立ち始める。一体どういうことなのだろう。先程の『見てれば分かる』という言葉の意味を考えると、毎回こうなっているようであるが。
「謝罪が足りんぞ!『雷撃』のスキルだか何だか知らんが、お前が腹の内で何を考えてるかはすぐ分かるんだからな!」
(リアル『怒髪冠を衝く』…。クライさん、難儀な体質してるなあ…。)
…なるほど。クライさんは怒ると無意識にスキルを発動させ、静電気を発してしまうんだな。それで髪が持ち上げられると。リアル怒髪衝天とは。
そら髪のセットも意味をなさないはずだ。毎回こうやって責められていたのでは、心中穏やかになどなれるはずもない。
「何とか言ったらどうなんだ!」
「―――――謝罪は以上だ。早く会議を進めて頂きたい。」
「ヒッ…!」
しつこい幹部に対して威圧感をぶつけ、黙らせると共に意見を押し通すクライさん。『冷静に』とは言っていたが、これは相当頭に来てるな…。私も人のことは言えない顔をしていると思うが。
クライさんの意見を受け、総長は言葉を続ける。
「では、本題に移らせて頂こう。君たちの度重なる不祥事の結果として、ギルド内で『とある声』が大きくなってきている。
――――その『とある声』とは、君たちは『特権』を持たせるのに十分な存在なのかという声だ。」
(いや、この人たち以外にあれをこなせる人間はいないだろ!上位の英雄でも、人命救助と平行した突発的な魔物の発生に対応なんてできないぞ!)
総長の言葉に対し、思わず心の中で叫んでしまった。そんな意見が上がった背景は、それを実務部が簡単そうにやっているからなのか、はたまたここ最近のギルド本庁での実務部の評判故か。
何にせよ、『特権』…非常時での異世界立ち入りと、治安維持のための巡視権限をこの人たちが手放せば、間違いなく世界が終わる。それを全く理解していない連中がこれを言っているのだろう。
「それに今回の件が拍車をかけた。ギルド内では、君達を『悪』と見なす風潮も出てきている。…こんなことになっては、私もこの声を考慮に入れざるを得まい。」
…悪だと。確かに今回の件は実務部にも非がある。だが、何も知らずに批判をした挙句に『悪』だと?それは少し短絡的過ぎやしないか。
自分でも、今の私の顔がどうなっているか良くわかる。手を握りしめ、眉をひそめ、額には青筋が浮き出ている。さぞ無様に『私は納得できません』という表情を皆に晒していることだろう。
…普段の私なら、そろそろ切れている頃だ。だが―――――
(クライさん、髪が物凄い逆立ってる…。あんなになっても我慢してるんだ、私も我慢しなきゃ…。)
一番怒りをぶちまけたいのはクライさんだろう。証拠に髪もぶち上ってる。そんなクライさんが我慢しているんだ、私も耐えなければ。
「そしてこの街を運営している企業連合から、一つの打診があった。
その打診とは、『ギルドの持つ権利を民間に差し出せば、今回の件は水に流す』という内容だ。」
…は?それは余りに都合が良すぎやしないか?
ギルド内での実務部蔑視の風潮に合わせたかの様な打診、流石にタイミングが良すぎる。
怒りで堪忍袋の緒が切れそうだ。手を必死に握り締め、怒りを抑える。
「ティアノスに住むものなら皆分かると思うが、この都市は一部の企業によって成り立っている箱庭だ。
我々ギルドは女神様が手ずから設立したということで唯一『中立』を保っているが、それでもその企業に依存する部分は大きい。今回の修繕も然りだ。」
「なので、実務部には今回の不祥事の責任を取り、『特権』を手放してもらうことで手打ちとしたい。どうかね?」
完全に自分のペースで話を展開し、最後に皆に同意を促す総長。表面だけ見れば、完全に非の打ち所がない案だろう。ギルドのお荷物を切り離した上で、ギルドのメンツを保てるのだから。
だが、それはあくまで表面上だ。他の幹部連中もこれに穴があることは分かるだろう。まさか賛成するなんてことは…。
「賛成。」
「完璧な案だ!」
「前々から話は出ていましたが、ここで手放せれば一石二鳥というものでしょう。」
(…は?何を言っているんだこいつら。明らかに一つ、重大なことを見落としてるじゃないか。)
世界が危ないとか、『特権』を持つのに実務部が相応しいとか、そういう問題を超えて一つあるだろ。私達以外にも責任を追及するべき点が。
だが、私の考えとは裏腹に話はすんなりまとまっていく。頷きしか返さない幹部連中を見て、総長は言葉を紡ぐ。
「今回の会議は、このことを主軸に議論していく。まず、賛成するものは挙手を。」
総長の言葉と同時に続々と上がる手。
最終的には、クライさんと私以外の人間が片手を上げる。
「―――――賛成は多数。では、反論がある者は。」
唐突な勢いで押し流されそうな雰囲気。まるで、『そんなものはいないだろう』という重圧。クライさんと総長以外の幹部連中はこぞって笑みを浮かべ、事実上の『追放』に胸を躍らせている。
―――――ここで異を唱えれば、このギルドにいられなくなるかもしれない。
間違いなく全ての幹部を敵に回し、ありもしない理由で退職に追いやられる。
少し前までの私なら、自分を押し殺し、無難に無難にと黙っていただろう。
…だが、ここは『勇気』を出す場面だ。私の持ちうる最大限の力を以て、この流れを断ち切らねば。
「―――――お待ち頂きたい!」
総長の声を遮るは私の声。周囲の視線がこちらに向く。クライさんのものを除き、それら全てが軽蔑、批判の目線だ。
冷静に?いや、私は十二分に冷静だ。
その上で、冷静な判断の上で声を上げる。総長の声を、更なる大声で遮る。
―――――それだけは、認められない。
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