後始末

(…いやー、キツかったなあ。まさか初巡視がこんな事になるとは。)


 スライムを倒した後、例によって歩けなくなった私は、アストロさんに一階まで運んでもらった。現在はロビーに置いてある椅子に腰かけ、ため息を吐いている最中である。


(にしても、なんであの写本がここに…?ワルプルギスの一次写本とか、本来ならギルドがガチガチに管理してるはずなのに…。)


 そのことについてアストロさんは支配人から話を聞き、ヨルさんは労いながらワルドさんに事情を聞いている。私が動けないばっかりに二人に仕事を押し付けてしまい、本当に申し訳ねえ。


 …しかし、一体全体どうなってるんだ。私の元職場…課は違うが、管理部の方で魔道書は管理しているはず。しかも二次三次ではなく、アルアルさんの筆跡そのままの一次写本。

 元来、魔道書は写本になればなるほど価値は下がっていく。原書ともなれば死ぬほど厳重に管理されるが、一次写本でも相当なものだ。安易に持ち出せる代物じゃあない。


(…未確認の魔道書?それでも、異世界から持ち出すときに検閲入るよな…。)


 というかそのための管理部だ。異世界攻略につきギルドの調査が入り、逐一持ち物チェックはしているはず。特に、魔道書関連は押収対象に入っているはずだ。

 …まあ、いずれ明らかになるだろう。私がここで思い悩んでいても仕方のないことではある。


 考え事をしていると、前方からアストロさんが歩いてくるのが見える。従業員の皆さんはアストロさんの鬼神の様な戦いを見たからか、若干避けてるけど。


「只今戻った。軽傷者は多数出たが、重傷者・死亡者はゼロだそうだ。これだけの規模の召喚事例でこの被害は奇跡に近い。」


 心底安心したように呟き、私の隣の椅子に座るアストロさん。


「やっぱりアストロさんとヨルさんが鎮圧に当たったからじゃないですか?」


「いや、一般客に英雄や冒険者が多かったのも大きい。彼らはその場で従業員を保護し、ダンジョンまでの避難誘導も行ってくれた。」


「なるほど。教習の…学科の13番の項目ですね。『有事の際の行動』。」


「ああ。こういう事柄を見てみると、予備知識の必要性がよく分かるな。」


  冒険者や英雄は、一般人に比べると多大なる力を持つ。したがって有事の際にはそれ相応の働きが求められるのだ。それを教えるのが私たちの仕事の一部である訳だが、こうした形で実感できるとは。


「しかし、懸念するべき点が二つほどある。一つは、『これを仕組んだのが誰か』という点だ。」


「ヒーローミューズは恨みを買うような稼業でもないですしね。実際、評判はめちゃめちゃ良いですし。」


 やっぱり人為的なものだよなー、これ。魔道書が勝手に歩いてくるとかあり得ないし。ワルプルギスの魔法なら有り得そうだけど。


「…真相の究明は、ギルドの調査室に任せるとしよう。我々は尊い人命を守れた。その事実を喜ぼう。」


「ワルドさんは大分危なかったですけどね…。」


「ヨルが『完璧にフォローできる』と判断した上の作戦だ。どう転んでもシュヴァイツ君の命は保証されていただろう。

…まあ、危険に晒したのは私の攻撃なのだが。うぅ…もう少し加減が効けば良いのだが…。」


「いや、あの破壊力は唯一無二ですよ。強力な力には、デメリットも相応にあるもんです。」


 顔を手で覆い、とんでもなく落ち込むアストロさん。まあ、アストロさんの攻撃に小回りが効けば起きなかった事態でもある。

 だが、それは理想論が過ぎるというものだろう。あらゆる人類を卓越する実力には、それ相応のデメリットがついて回るのが必定。それをどう運用していくかが大事なのだと、私は思う。


「それで、第二の懸念点って何ですか?」


「ああ。それは―――――」


「ワルド君から話聞いてきましたー。」


 あっ、帰ってきたヨルさんにアストロさんの言葉が遮られてしまった。


「お疲れ様。それで、どうだった?」


「やはり心当たりは無いようです。分かり切ったことではありましたけどね。」


 ため息をつき、やれやれと言った風に首をすくめるヨルさん。あの時ワルドさんに見せた真剣な態度は鳴りを潜め、今はいつもの飄々とした態度だ。


「やはりか。我々が部屋に入った時も、完全に知らぬ様子だったしな。」


「首謀者がアストロさんにビビってすっ転んで起動するってのも間抜け過ぎますしね。」


 本棚に無造作に置かれていれば、遅かれ早かれあの魔道書は起動していただろう。そう考えると、アストロさんやヨルさんなどの実力者がいる時に起動できて僥倖だったかもしれない。


「まあ、あとは事務の方々か何とかしてくれるでしょう。

…あ、そうそう。ワルド君に食事に誘われたんですけど、皆さんも来ますよね?」


「「えっ。」」


「あれ?この際、お二人とワルド君の仲を深めようと思ったんですけど、何か問題でしたか?」


 私たちの反応に首を傾げるヨルさん。確か、というかかなり分かり易く、ワルドさんはヨルさんを好いていたと思うんですが…。


 ちょっとその会話の状況が気になったので、探りを入れてみることにする。


「それ、もしかしてディナーとかじゃないですか?」


「おお、良くわかりましたねラックさん!その通りです!」


 私の問いかけに対して、『何で分かったの!?』とばかりに頷くヨルさん。


「シュヴァイツ君は何と言って誘ったんだ?」


「『落ち着いたら、一緒にディナーでもどうか』と。」


「「…。」」


 どうしようこの状況。私とアストロさんは何と言っていいか分からないよ。完全にデートのお誘いでしょそれ。何でご本人が気づいてないんだ…!


「その『一緒に』と言うのは、ヨルとシュヴァイツ君の二人という意味では…?」


「まさかあ。それは『皆で一緒に』という意味でしょう。今回は皆で協力して事態を収めた訳ですし。」


 あっこれ言っても無駄なやつだ。必死にフォローに回ったアストロさんも打つ手無しだよ。


「じゃあ、今度皆で一緒に行きましょうね!」


(ワルドさん、道のりは長いぞ…!)


(う~ん、どうしたものか…。)







翌日、本庁脇の建物の二階、事務部のオフィスにて。


クライさん、私、ヨルさん、アストロさんの4人は無言で机に向かっていた。


「…ラック、そう言えば昨日、第二の懸念点について言っていなかったな。」


「…言わずとも、クライさんの表情を見て薄々勘づいております。」


 この部屋にいる全員が全員、重い雰囲気を纏っている。特にクライさんはそれが著しい。ズーンという効果音が目に見えるほどだ。


「…えー、クライさん。事の経緯は聞きました…?」


「…。」


(あ、話す余裕もないやつだこれ…。)


 ヨルさんがクライさんに言葉のパスを投げるも、敢え無くスルー。相手をしている精神的余裕がないらしい。


「…聞いたさ。魔道書グリモワールが起動された経緯もな。俺たちが起動の一端を担ったということで、今回の保証は大分シャレにならんだろうな。」


「…そのことについては、本当に申し訳ない。私が安易に顔を出さなければ…。」


「そも、ワルドにお前をけしかけたのは俺だ。全ての発端が俺にあると言ってもいい。」


 ハア…とため息をつくクライさん。


「そろそろ統括調査室で被害総額の概算が算出される頃だろうな。それが女神に提出されると…。」


「きゃああああああ!」


 隣の扉から聞こえてくるのは、女神さまの叫び声。それが何によるものなのかは想像に難くない。


「今回のは大分長いかつ音程が高いので、結構いったんでしょうね。」


 そんな判別方法があったのか。それが確立されるまで、どれほど女神さまの悲鳴が響き渡ったのかは察することができる。


「…だろうな。さて、明日の会議で何と言うか…。お前らの中で代表者決めとけよ。説明に呼ばれるかもしれんからな。」


「「「「ハア…。」」」」


 部屋には、再度4人のため息が響き渡るのであった。

 一騎当千の英雄でも、どうやら倒せないものはあるらしい。

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