トラウマを超えて
「よし。では、まずは私がスライムを吹き抜けから落とします。
そして触手を伸ばして逃げられないよう、ワルド君の衝撃波で地下まで叩き落とします。
…っと。スライム君、完全に発狂してますね。」
ヨルさんが話をまとめている最中、突然スライムが体を形成し、四方八方に触手を叩きつけ始める。
床板は触手によって叩き割られ、吹き抜けを囲む柵も叩きつけにより粉微塵に破壊される。
無論こちらにも矛先が向けられるが、ヨルさんは私を抱えて後ろへ飛び退く。ワルドさんも同様、前方に衝撃波を発生させてホバー移動のように距離を取る。
「そして最後に、地下に待機しているアストロさんが殴ると。町に向けてぶっ放すと人を巻き込む可能性がある以上、これがベストですね。」
「…話は聞かせてもらった。私は地下に向かおう。それではシュヴァイツ君、よろしく頼む。」
「「「!?」」」
いつの間に現れたのか、吹き抜けの柵の下から顔を出すアストロさん。そしてすぐまた飛び降りて地下へ向かう。そう言えばちょっと前から魔物が上に飛んで来なくなってたわ。
「いやいやちょっと待て!叩き落すってどうやってだよ!?」
「そりゃあ真上から衝撃波で…。ワルド君のスキルは『波動』でしたよね。空も飛べますし、適任かなーと。」
話がまとまりかけた所で、血相を変えてヨルさんに詰め寄るワルドさん。
「お前がやればいいじゃねえか!?」
「落とす速度を考えるとかなりの風速が必要になりますし、それやったらアストロさんがドライアイになっちゃいますよ。
あと、戦闘で力を結構消耗しちゃってるんで、叩き落すだけの風速出すのはぶっちゃけキツイです。」
ドライアイか…それはマズイな。私の前の職場でも目をしょぼしょぼさせてた子がいっぱいいたし、実際怖い。
「お、俺はやらねえぞ!絶対やらねえ!」
顔を青くして拒否するワルドさん。その様子を見ると、否定する理由は単なるワガママという訳でもないようだ。
「誰があんな攻撃の射線上に入るか!二度とごめんだあんなの!」
あっそうかあ…。そう言えばトラウマになってましたね…。半分くらい自業自得だけど。
「そんなあ…お願いしますよワルド君。現状、貴方だけが頼りなんです。ここでスライムを逃せば、甚大な被害が出るかもしれないんです。」
「ぐっ…いや、そもそも出来るとは限らないし…。」
おおっと、ここでヨルさんの無自覚攻撃が炸裂!『貴方だけが頼り』という言葉は、男に対して特攻です!ワルド選手もその破壊力にグラついています!
ヨルさんへの想いがトラウマを克服するか、はたまた恐怖に囚われてしまうか、勝負の行方は分かりません!
「大丈夫です!ワルド君ならできます!」
「うっ…。」
おおっと、ここでヨル選手の攻撃がクリーンヒット!一片の曇りもない瞳で肯定されれば、ワルド君もイチコロだあ!
しかし、スライムもそうそう待ってはくれないようで。触手を床に叩きつけている内に、どんどんと床が軋み出す。
「あの、そろそろ床がヤバいです。ワルドさん、私からもどうかお願いします。」
「嫌だね!絶対にやらねえ!俺は逃げさせて貰うぜ!」
(おい、私の時だけ否定が早いのはどういうことだ?)
私だけ断固として拒否するとか、ちょっとカチンときたぞ。ふーん、そういうことしちゃうんだ。
…私への態度から確信したけど、ワルド君はヨルさんのことが好きなんだね。道理でヨルさんの攻撃が特攻だった訳だわ。これをネタに協力するよう脅迫してやろうか?
…いや、外道過ぎるから止めよう。というか、私がやらなくてももう少しで落ちそうだし。
「お願いします!もし何かあっても、あの時みたいに私が救出しますから!」
(あっ、それは禁句じゃ…。)
と私が思ったのも束の間。ワルドさんがピクリと眉を動かす。
恐らくヨルさんは、ワルドさんがアストロさんの攻撃に対して恐怖を抱いていると思っている。
だが、それは半分正解だが半分外れだ。この場合、好きな人の前でまた無様を晒すのが嫌なのだろう。話を聞く限り、ワルド君は教習生時代から惚れてたみたいだしな。
…嫉妬からクライさんに攻撃するとか、理由かわいいかよ。クライさんも半分察してたみたいだし。最後にキレたみたいだけど。
何にせよ、これは地雷だ。無様さを思い起こさせるような言葉は、逆効果の極みだと思う。
「ふざけ―――――」
やはりブチ切れて怒号を上げるワルドさん。
だが、ヨルさんはその言葉に被せるように言葉を発する。飄々とした態度を止めた上で右手をワルドさんの方に向け、瞳に強い光を宿して語り掛ける。
「この5年。私はあなたの活躍をギルドから見ていました。」
「っ…。」
「たった一人で異世界を二つ攻略したこと。
その報酬を『スキル進化』に注ぎ込んだこと。
これらは、並大抵の努力と覚悟で成し遂げられる偉業ではありません。」
「だからこそ、私は断言します。
――――――君は、間違いなく前に進んでいる。
恐らく、私の助けなど必要ないくらいには。」
「それを踏まえた上で頼みます。絶対に命は助けますので、どうか力をお貸し下さい。」
清廉な光を宿した瞳が、ワルドさんを射貫く。ヨルさんの後ろにいる私も奮い上がりそうなオーラと言葉選びだ。それを真正面からぶつけられたワルドさんが次にどうするかなど、火を見るよりも明らかだった。
「…あー分かったよ!やってやるよ!やりゃあいいんだろ、見せてやるよ!」
「ありがとうございます!それでは、作戦開始といきましょうか!ラックさんはご自身にバリアを張って下さい!」
「了解です!」
ヨルさんの号令と共に、残った体力の全てをつぎ込んでバリアを張る。多分帰りはアストロさんのおぶりになるだろう。…棚ぼただなんて思ってないんだからね!
私がバリアを張ったのを確認すると、ヨルさんは『スキル』を行使する。
周囲に突風が吹きすさび、部屋の襖が何枚か吹っ飛ばされ、天井や吹き抜けの柵に当たってばらばらになる。この人も周囲への被害が半端ねえな。
スライムはのたくって逃れようとするも、段々と体が吹き抜けの方に押し流されていく。スライムの変体速度とヨルさんの風速がかち合うも、ヨルさんが強引にぶち抜いているらしい。
バリアが無ければ、私は間違いなく宿屋の外まで吹っ飛ばされていただろう。
そしてワルドさんは体の周囲に独自の波形を形成し、風と体の間に無風状態を形成している。
…異世界を一つ攻略した時点で、世間では英雄扱いである。それを考えると、ワルドさんも間違いなく英雄の一人には違いないのだろう。一般冒険者とは、力の使い方の幅広さが違う。
「ぐぐぐ、もう一息ぃ!」
ヨルさんは猛風の中スライムが出してくる触手を避けつつ、左手を思いっきり横に振りぬく。するとゴオッという音と共に、暴力的な風圧が周囲に生じる。
敷いてある畳は剥がれ落ち、各部屋に備え付けてある備品類が宙を舞う。私のバリアも割れそうだ。
色々ギリギリな状態の中、ついにスライムがドロリと吹き抜けから零れ落ちる。それを確認したヨルさんは一瞬にして風を収め、号令をかける。
「今です!」
そして風が無くなると同時、床に衝撃波を生じさせすっ飛んでいくワルドさん。中央、吹き抜けの真上地点まで行くと、スライムに追いつくように空中で体勢を変える。
頭を下にし、上を向いた足から衝撃波を出して加速する。体を変形させ、一部分だけでも他の階層に逃そうとしているスライムに対して距離を詰める。
「―――――飛んでけ、クソがぁ!」
そしてスライムの身体に腕を突っ込み、衝撃波を最大噴射。バァンという爆音と共にスライムは地面に向かって叩きつけられる。
向かう先には―――――
「—――――見事。その勇気に、私も全霊で答えよう。」
地下、膝まである温泉の浴槽内で立ち上がり、真上を見上げている英雄が一人。
アストロさんの神秘に温泉はグラグラと沸騰し、どんどんと蒸発していって水かさが減っていく。
そして、スライムが地下に叩きつけられる瞬間。
中央から一歩それたアストロさんはスライムを体の前に捉え、淀みない体重移動で右拳を突き上げる。
拳がスライムに触れた瞬間、神代にて失われた闘法にて『神秘』を操り、スライムの身体が飛び散らない様にコーティング。オレンジ色の稲妻がスライムの身体を迸る。
そしてパァァァンと耳をつんざく爆音を響かせ、スライムは上っていく過程で雲散霧消。
標的が消え去り、残るは雲さえ穿つ威力を持った衝撃波のみ。吹き抜けの周囲は床ごと吹っ飛び、それが伝わってくることを教えてくれる。
直線状には衝撃波を打った体勢のままのワルドさん。ワルドさんがスライムを叩き落してから、ここまで1秒ほどの出来事である。
「うおおおおお!間に合えええ!」
ワルドさんの怒号が聞こえてくるが、無事に避けられたかは分からない。ぶっつけ本番で1秒以内にあの工程を行うとか、普通だったら不可能だが…。
あの極限状態から、冷静にスキルを発動させて移動するのは至難の業だ。一秒以内に体勢を整え、死の嵐を見据えた上で脇の階層に飛び移らなければならない。
それは、普通の人間であれば不可能だろう。だが…
「よ、よっしゃあああ!俺、生きてるぅーーー!」
階下から聞こえてくるのは、難行を達成した英雄の声。彼の日の挫折を乗り越えた、紛れもない英雄の声であった。
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