脳筋最強

(…何だろうこの液体。とっとと距離を取るのが先決かな。)


 魔導書の最後っ屁で召喚された謎の液体。無色のソレは畳の上で水溜まりの様に広がり、じわじわとこちらに向かってきていた。


 なんにせよ魔物であることは予想がつくので、背後を見せないようにじりじりと後ずさる。

――――しかし一瞬にして液体は巨大化し、天井まで届くかという程の巨躯まで成長する。


(…スライムか。飲み込まれたらマズイ。)


「『障壁』!」


 自身の体力の三分の一を使い、私とスライムとの間にそこそこ固いバリアを生成する。いつもの半球状のバリアではなく、長方形のバリアである。


 そのまま後ろへ振り向いて木張りの廊下を走る。

 …だがすぐにパリンという音が響き渡り、バリアが破られた。三回しか使えないバリアを秒で壊すことから、かなり高位のスライムだと推察できる。

 

(はやっ…!?)


 バリアで時間は稼げたかと思いきや、床の上を伸びてきた触手に足を絡めとられる。悪魔的な変形速度、しかも体積も馬鹿でかい。

 紛れもなくダンジョン最前線レベルだ。


 足を絡めとられ、そのままビタンと床に体を打ち付ける。木が皮膚にすれて絶妙に痛い。


「っつう…。」


 そして足に絡みついた触手をのたくらせ、本体の水塊に私を引っ張るスライム。

 幸運にも体の内部には入られていないが、それも時間の問題だろう。そうなれば直接臓器を破壊されて即死である。考えたくもない。


(このままだと飲み込まれる…!)


 本体の動きが止まっているので、本体の周りに『障壁』を展開すれば防げるのだが…触手がこちらに絡みついているのでまず展開できない。


 というのも、バリアの形成過程に突起物があると、そこを避けてバリアが構成されるのだ。今回は触手の部分だけがバリアに覆われず、穴が出来てしまう。


 穴が存在すれば、スライムは体を変形させて出てきてしまうだろう。こう…ニュルンという感じで。心太ところてんか己は。


 そしてこのスライムは中々力強く、全力で床に引っ付いても引きずられてしまう。現在私は恥も外聞も捨てて潰れた蛙の様な体勢で踏ん張っているが、それでもじりじりと距離を詰められている。

 あと木が皮膚に擦れて痛い。


(アストロさん、ヨルさんは戦闘中…。これ、絶体絶命では?)


 横の吹き抜けでは、魔物がドッカンドッカン上に吹っ飛んでいく。魔物の発生は止まったので、あと少し耐えられれば救援が来るはず…!


 しかし引っ張られている右足をジタバタと動かすも、無駄な足掻きに終わる。どんだけ頑張っても、あと30秒後には本体に飲み込まれてしまうだろう。


 控えめに言ってヤバイ。


「ちょっとスライムさん、一旦落ち着いて…。」


 右手を床に押し当てながら後ろの様子を伺い、スライムに言葉を投げかける。


 言葉など通じるはずもないが、心を通わせれば魔物とだって仲良くなれる。動物とだっていけるんだ、スライムだって…!


(…ん?何もしてないのに本体がのたくってる…。)


 火事場の馬鹿力ならぬ洞察力でスライムを見ると、何もしていないのにどことなく苦しんでいるように見える。そして強まる触手の力。どうやら火事場なのは向こうも同じらしい。


「力強くなってるぅー!容赦なしか!」


 まさか私の隠されたスキルが…とふざけている場合ではない。

 冷静に考察すると、あのスライムは液体状で転送されてきた。体を構成する余裕がない状態で、だ。スライムが自分でダメージを受ける理由などなく、考えられるのは外敵による攻撃。


――――それ即ち。


(このスライム、交戦中に転送されたのか!そりゃ人間見たらブチ切れるわ!)


 瀕死状態で目の前に餌がいたらそら食べるわ。餌は私なんだけど。

…あっ、そろそろ時間が来てしまう。もうスライムまで3メートルもないよ。向こうも明らかに飛び掛かる準備してるし。


 ヤバい。これ、本当に死ぬ―――――そう思った瞬間。


「おらぁ!」


 何とワルドさんが直剣を振り下ろし、触手を断ち切って下さった。そしてそのまま右手から衝撃波を生じさせ、スライム本体を押し返す。さては伝説のフォース使いか…。


「『障壁』!」


 今度は体力を二分の一ほど使用し、スライムをすれすれに覆うようにバリアを張る。ワルドさんのお陰で触手が無くなったので、無事に障壁を張ることができた。


 スライムは体をのたくらせるも、触手に威力をつけるための空間が無いため攻撃できない。体積すれすれの空間しかないので、体を変形させるのも不可能だ。


「ありがとうございますワルドさん。でも、どうして避難なさってないんですか?」


「お前の護衛を頼まれたんだよ。あのクソ英雄にな!」


 流石の大英雄クオリティ。危機管理までこなせるとかマジで無敵かよあの人。


「…ご無事ですかラックさん!?」


 そして一泊遅れて飛んでくるヨルさん。魔物が吹っ飛んでいくペースが落ちたところを見ると、大体片付いたので後はアストロさんに任せてきたようだ。


「はい。ワルドさんのお陰で助かりました。」


「おお、これはワルド君!お久しぶりです!そしてありがとうございます!」


 返答と共に私がワルドさんの方を見ると、ヨルさんは顔を輝かせてワルドさんに詰め寄り、そして両手を握ってブンブンと上下に振る。


 アストロさんの昔話でもちょくちょく思ってたけど、ヨルさんって天然で男を勘違いさせるムーブするよね。食べかけ渡そうとしたりとか、両手を握るとか。本人に悪気が無さそうなのが返って恐ろしい。


「…ああ。」


(分かりやすっ!)


 ほらー、ワルド君照れちゃってるじゃん。顔ちょっと赤いよー。


「ラックさんも、ナイスです!お陰で何とか収集が付きました!」


「そちらも鎮圧お疲れ様です。」


 ヨルさんはうんうんと頷くと、バリアで覆われたスライムの方を向く。


「…となると、残りはあのエルダースライムだけですね。」


「ご存知なんですか?」


「ええ。昔に交戦したことがあります。生息域はダンジョンの70階層後半ですかね。」


(…!?)


 サラッととんでもないこと言ったなこの人。というか現在の攻略最前線は80階層前半だというのに、どうして交戦経験があるんですかね…。


「永く生きた中で耐性を獲得しているので、属性攻撃はほぼ無効。弱っている所を見ると、複合属性攻撃でチクチクとダメージを与えたんでしょうね。」


 物理と属性がほぼ無効ですか。それ、ほとんど無敵と同義では?複合属性とか、属性攻撃のスキル持ちが息を合わせて攻撃しないと不可能だし…。


「どうやって倒すんですか?」


「うーん、私の時は仲間が石化させて砕きました。でもその方法は『石化』スキル持ちの人か、魔法が使える人がいないと不可能ですね。」


「では、今からお客さんに呼び掛けて―――――」


「…いや、そんな余裕は無いみたいだぜ。」


 私の言葉を遮り、冷や汗を垂らしながら言うワルドさん。その視線の先には、体の内部で黄色い液体を生成し、それを体の表面に行きわたらせるスライム。


 血管ようなものを伝って液体を拡散させているので、青い体の中に枝の細い黄色い樹木が生えているような感じだ。


 そして液体が体の表面に達し、完全に黄色くなった瞬間、パリンという音と共にバリアが破壊される。


「…体の中で強酸を作ったみたいですね。大分捨て身の手段の様ですが。」


 先程よりも更に本体の形成が不安定になり、少し厚みのある液体と化すスライム。しかし未だ捕食は諦めていないようで。


 スライムは体をホースの様に変形させ、酸をこちらに向けて放出してくる。因みに、さっきまでスライムに接していた床は黒焦げになっている。『人体に当たったら』なんて事は想像したくもない。


「あっぶねえなおい!?」


「おっとラックさん、私の後ろに。」


(やだ、イケメン…。)


 ワルドさんは前方に衝撃波を発生させて酸を弾き飛し、ヨルさんは私を抱きとめて風のバリアを生成する。冷静に対処する姿がかっこよすぎて、不覚にも少しときめいてしまったぞ。


「ほっといたら甚大な被害が出ますね。ここで殺し切らなければ…。」


「そうは言っても、ダメージを与える手段がねえだろ。」


 触手の範囲から出つつ、じりじりと後退する私たち。今のところは私たちに狙いを定めてくれているが、従業員の方々を狙われてはシャレにならない。


 それに、スライムの移動速度はめちゃめちゃ速いことで有名だ。流体なのでどこにでも入り込めるし、地面に染み込んで移動することもできる。何としてもここで殺さなければ…!


「…あ、倒す手段を一つ思いつきました。」


 私とワルドさんが悩んでいると、ヨルさんが起死回生の一手を思いついたようだ。


「ヨルさん、どういう手を使うんですか?」


「やっぱり、物理って最強だと思うんですよ。」


「…はい?」


「例え液体とは言え、再生できないほどミンチになれば多分死ぬと思うんです。」


「些か厳しいのでは?それ、が必要ですよ。」


 なるほど…なるほど?理論的にはそうかもしれない。一応生物なのだから、めちゃめちゃ細切れにすれば流石に死ぬだろう。

 いや、でもなあ。それを可能にする程の火力があるかと問われると…あっ。


「ええ。なので、アストロさんに一発かましてもらおうかと。」


「やりましょう。」


 ですよねー。やっぱりレベルを上げて物理で殴る脳筋戦法って最強だわ。

 『誰だよ、スライム相手に物理で戦うのはバカ』とか言ったの。私だったわ。

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