グリモワールを解読せよ

「おい、聞いてねえぞ!何でお前がここにいやがる!そして何で俺の部屋に魔道書グリモワールがあんだよ!?」


「ちょっと待って下さい、情報が大渋滞してます。」


 本棚に右手を突っ込んだままこちらを指さす金髪の冒険者さんと、眩いばかりの輝きを放ち続けるグリモワール。そして階下から響いてくる謎の轟音。


「仔細を語るのは待って欲しい。シュヴァイツ君、ここはひとまず魔法を止めるのが先決だ。」


 右手の平を向け、まるで見知った顔の様に冒険者さんを諭すアストロさん。


「お知り合いですか?」


「ああ。彼はシュヴァイツ・ノヴァ・ワルド。二つの異世界を攻略した『波導英雄』にして、先の話に出てきたあのワルド君だ。」


 アストロさんは冷静沈着に部屋の中に歩を進め、本棚に手を入れながら答える。


 ええと…ああ。アストロさんのぶっ飛んだ就職話に出てきた…って、ええ!?


「あの失禁した人ですか!?」


「そうだ。」


「『そうだ。』じゃねーよ!誰のせいだと思ってんだ!」


 おっと、驚きの余り本人の前で失礼な真似を働いてしまった。というかアストロさんと戦う状況に陥ったのは、クライさんを怒らせた貴方の素行のせいでもあるんですよ。


「―――これか。」


 本棚の中から、今も光を放ち続ける一冊の本を取り出す。その本は茶色の装飾が施してあり、閉じているページの隙間から光が漏れ出している。

 そしてアストロさんはそれを徐に床に置き、拳を大上段に構える。


「破壊する。」


 そして拳を魔道書に向けて躊躇なく振り下ろす。中腰になった状態でのパンチだというのに、周囲には風が荒れ狂う。

 障子が外に弾き飛ばされ、近くにいる私も立っているのがやっとだ。


「ヒエッ…。」


(しっかりトラウマになってる…。)


 至近距離でのアストロさんのパンチに体を震わせるワルドさん。全力ではないと分かっていても、植え付けられたトラウマとは中々消えないものだ。


「―――!」


 魔道書をアストロさんが破壊して終わりと思った所だが、アストロさんの拳が炸裂する直前、アストロさんだけが違和感に気付く。

 つい一瞬前まで存在していたハズの一冊の本、それが拳が当たる直前になって忽然と消えたのだ。


 そしてそのまま斜め45度で放たれた拳の風圧は畳を貫通し、現在の階の屋根を削り落とす。

…だが自らが破壊される直前で転移した魔道書は、すぐに部屋内に現れる。


「転移魔法との併用…!」


 どうやら自身の危機を察知すると転移する魔法が仕込まれているらしい。何と厄介な…!

 こうなれば物理攻撃が完全無効になったも同然である。たまたま今回は近くに出現したから良いが、次はどこに転移されるか分かったもんじゃない。


「—―――いや、併用ではない。現在発動しているのも転移魔法だ。」


 アストロさんが冷や汗を垂らしながら外の光景を見る。

 そこには、光に包まれつつ続々と転移してくる魔物達。

 となると先ほどから続いている轟音も、何らかの魔物が転移されて暴れている音だと分かる。


「オイオイ、俺たちは休みに来てるんだぜ。何が悲しくて戦わなきゃいけねえんだよ。」


 肩をすくめて呟くワルドさん。いや、そんなかっこつけてる場合じゃないから。あと失禁話の後に聞くと全くかっこよく見えないから。


「…ラック、魔道書の解読は可能か?」


「え!?…本庁の試験科目にあったので、一応は可能です。」


 物理による破壊が不可能となれば、正攻法で止めに行くしかないということだ。まさか私にお鉢が回ってくるとは思わなかったが。


 私の元職場の管理部は、異世界からの危険な道具を管理する業務もある。総務課とは別だが。

 なので入るときは一応そこら辺の技能も要求されるのだ。万が一配置転換になった際、最低限の知識は必要だからだ。


「そうか。私は魔物の鎮圧に当たるので、魔道書を解読して魔法を止めてほしい。」


「分かりました。」


 アストロさんはサラッと指示をすると、轟音がした階へと向かう。勿論飛び降りである。

 そして数秒後には、吹き抜けの真上へ向けて魔物が吹っ飛んでいくのが見えた。屋根の一部分だけの損害で済むなら安いものだ。


 宿屋内は大丈夫だとしても、町に転移してくる魔物は話が違う。客は兎も角、職員は冒険者でもなんでもなくただの一般人なのだから。

 被害を少なくするため、全力で解読作業を進めるとする。


(タイトルは『死ぬほどめんどくさい嫌がらせをするための100の魔法』。新しさから見ると、恐らく写本…。)


 まずはタイトル確認。神代の魔法使い達は癖が強い方々ばかりなので、タイトルから大体著者が分かる。


(このクッソ下らないタイトルは、ワルプルギス著作の可能性が高い。

 よりにもよってこの魔女とか、最ッ悪…!)


 狂気の魔女、ワルプルギス=ワルプルガ。稀代の変人にして最強の魔法使い。アホみたいなタイトルから、神がかかった魔法を記してくるヤバイ魔女だ。


 無論封印されるべき厄ネタなのは間違いない。見つかり次第ギルドが管理しているはずなのに、なぜこんなものがここにあるのか。


(そして原書から訳したのは…アルハズレッドさんか…。

 えーっと、確か15パターンくらいで暗号化してくる人だよな…。)


 続いて大翻訳家、アルハズレッド=アルハンブラさん。原書に施してある暗号を解読し、独自の暗号に変えて書くヤバイ人。通称アルアルさん。


 ただしこの人は『読んでもらう』ことを目的にしているので、原書に比べて解読難度は大分落ちる。本人の意図としては、魔法が広まるのは良いがアホには使って欲しくないという所だろう。


(受験生時代の私よ、甦れ…!)


 魔道書解読は唯一の得意分野だったはずだ…!

 なぜなら私は一人で本を読むのが好きだから!マロンの存在以外ぼっちだった私を嘗めるなよ!


(ええっと…この文がこうなって。…あれ、これどういう形だっけ。)


 おおっと。まだ2年前だというのに、内容を大体忘却しているぞ。

 アルアルさんはかなり有情な方の翻訳家だと言うのに、全く読めてる気がしねえ。


 こうしている間にも吹き抜けをすっ飛んでいく魔物達、そして響いてくる外でドンパチやってる音。


 今のところは弱い魔物だけの様だが、段々と転送されてくるダンジョンの階層が深くなっていっている様だ。攻略最前線の層まで追いついてくるのも時間の問題と言える。


(『相手の語尾を淫語に改変する魔法』、『相手を問答無用でノーパンにする魔法』、

『一生黒下着しか身につけられなくさせる呪い』

…くそったれえ!どれもこれも下らなさ過ぎて逆に気になる!)


  しかもその一つ一つが超絶技巧によって組み上げられた難易度最上位の魔法。

 『読めはしても使えない』ものの典型例。本当にあの魔女どうなってんだ。これを訳したアルアルさんの苦労も考えろ。


(えーっと…『無差別に魔物を転移させて研究を邪魔する魔法』…!これだ!)


 ページをめくりまくって何とかそれっぽそうな項目を見つける。


 私が手間取っている内にヨルさんが合流し、吹き抜けをビュンビュン風が吹き抜ける音が聞こえ始めた。


 どうやらこの魔道書を中心に魔物が出現するらしく、外の魔物は一段落着いたようだ。だが、この宿屋内での転移は増すばかり。早く解読せねば。


(えーっと…『この魔法は研究中に突如現れた魔物にビビる顔を見て笑うための魔法である。』ホントに性格最悪だなこの魔女!)


 アルアルさんも生真面目に訳さなくて良いから!必要な所だけ残して!


(『———即ち世界単位で存在を関連付け、最上位の幻惑魔法で世界を誤認させるのである。』

…クソ、早く解除方法を見つけないと!)


(『まあ、転移現象を起こすにはが必要な訳で。座標を送信し続ける術式付きのソイツを潰せばこの魔法は止まる。』―――ここだ!)


 『呼び水』…すなわち、。ソイツを倒せば、この術式は終わりを迎えるという訳だ。


 解決策が分かったのは良いが、新たな問題点が一つ。


 その最初の魔物が何処にいるのか分からないという点だ。この問題を解決しなければ魔法を解くことはできない。


(こんな広い区画の中から、最初に転送された魔物を見つけ出すの…!?)


 『未だに転送が収まっていない』ということは、『その魔物が何処かに隠れている』こととニアリーイコールだ。その魔物がどのような能力を持っているか分からず、しかも外見も分からないんじゃ手の打ちようがない。


 絶望が心を襲うが、とりあえず魔道書を閉じて皆に報告することにする。


 そして開いていた魔道書を閉じると、本の内側から背表紙に虫が這い出て来るのを発見する。

――――その背中には、明らかに妖しく光る赤い点。しかもピコーンピコーンと一定周期で脈動している様だ。


「お前かああああああ!」


 親指でプチッとその虫を潰すと、魔導書の光は完全に収まる。そりゃそうだ。物理無効の本に引っ付いてりゃ絶対安心だもんなあ!

 灯台下暗し過ぎてキレそう。


 だがこれで一安心と息をつく暇もなく、イタチの最後っ屁の様に魔導書が光り輝き―――私の目の前に巨大なが転移された。

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