常夜の世界の歓楽地
「どうも支配人さん。我々はこういう者です。これから『巡視』を行わせていただきます。」
私達は今、入ったときに見えた大旅館の中に来ていた。内装はこれまた不思議な構造をしており、中央部分が天井まで届く巨大な吹き抜けになっている。百メートル四方の正方形にくりぬかれた吹き抜けを中心に、各階が広がっている感じだ。
階の構造としては、吹き抜けを囲うように木の床が張ってあり、その先に壁一面の襖、開けると畳張りの部屋になっている構造だ。四隅には茶色い木の柱が立っており、天井は赤。襖の白と天井の赤がよく合っている。
我々はその旅館の地上1階、支配人室にて挨拶を行っている所である。一階はロビーになっており、開けた空間に受付所などが設置されている。
お客様第一で一階にある辺り、そのサービス精神が伺えるというものだ。
「なるほど。今回もよろしくお願いします。」
「いやあ、前回来た頃から更に町が広がってますねー。繁盛している様で何よりです。」
他愛ない会話にハハハと笑い合うヨルさんと支配人。青い甚兵衛を着ている支配人さんは、何処にでもいる気の良い兄ちゃんといった感じだ。
「懸念点とかあります?些細な事でも良いんですけど。」
「特に無いです。冒険者や英雄が安心して休めるように心がけておりますので。」
「流石ですねー。んじゃ、いつもの調査をして終わりということで。早速調査に移らせて頂きます。」
支配人との会話を早々に切り上げると、ヨルさんは入り口で待機している私達の元へ戻ってくる。
「私は上空から不審な点が無いかチェックしますので、アストロさんとラックさんは建物内の探索と魔導具検知をお願いします。」
「えーっと、チェック項目は…指名手配犯の捜索、現地での聞き込み調査、認可外の魔導具の検知ですよね。」
「そうです。一番重要なのは魔導具の検知なので、その他は遊覧でも構いませんよ。では、私はお先に!」
(そんなにザルで良いんだろうか…。)
ワンチャン犯罪組織が入り込んでいるというのに、随分とアバウトな調査方法である。
ヨルさんは一通り説明し終わると、風を纏って天へと飛んでいく。ヨルさんは残念ながらズボンなので、スカートがめくれないのは残念だ。
「では、早速調査に行こう。」
「あ、はい。」
眼鏡を光らせ、心なしか楽しそうなアストロさん。かく言う私も幻想的な情景を探索できるということで、テンション上げ上げだ。
「おお、アストロさん!人が空飛んで配膳してますよ!」
「あれは魔導具によるものだな。この旅館の名物でもある。」
取りあえず宿屋の上階へ昇り、吹き抜け付近をアストロさんと歩いていた所で、人が宙に浮いて配膳するという奇想天外な光景を目にする事が出来た。橙色の着物を着た給仕さん達が吹き抜けの中を飛んでいるのだ。
そして吹き抜けの下を見ると、下層は温泉から立ち上る湯気で白く霞んでいる。この宿自体が、地下の温泉をそのまま活かした構造になっているようだ。
「おおー…ここからの眺め凄いっすね。」
「ああ。何度見ても美しいと思わされる。」
そのまま階を上がり続け、最上階付近へ。使われていない部屋は扉が開け放たれており、そこから見える風景を伺うことができた。
眼下に広がるのは赤い提灯の道、人で賑わう城下町。穏やかな光が夜闇によく映える。
…ん?普通に楽しんじゃってるけど、これはもしかしてデートと言う行為なのでは?伝説の英雄とデートとか、光栄すぎてヤバいな。
恋愛的な意味では無く、こう、漫画のキャラと実際に話している様な…推しキャラと並んで歩いている様な…。嬉しさ半分、恐れ多さが半分の何とも言えぬ感情だ。
「…一通り顧客の様子も伺ったが、特に怪しい様子は無かったな。良い事だ。」
「そうですね。皆さん楽しんでいらっしゃる様でした。」
途中から目的を忘れかけていたが、ヨルさんでは建物の中は分からないということで宿屋内を探索していたんだった。危ない危ない。
そしてアストロさんが取り出したるは掌サイズの水晶玉とそれを包んでいた薄茶色の羊皮紙。そして羊皮紙を床に開き、中央に水晶玉が来るように設置する。この際、水晶玉には触れない様に注意しているようだった。
「この水晶玉…魔導具ですか?」
「ああ。既に魔力が込められており、人の手が直接触れると発動する。」
魔導具とは、その名の通り魔法をかけられた道具である。その多くは魔力を込めれば仕込んである魔法が発動する様に設計されている。
中にはアストロさんの眼鏡のように半永久的に継続するもの、魔力を使用して魔法を発動するもの等がある。…前者は女神様レベルじゃないと作れないだろうが。
まあ一般人は魔法なんぞ扱えないので、魔導具を作ることが出来る人間はティアノスでも片手で足りる程の人数しかいないとされる。
アストロさんが言葉と共に水晶玉に触れると、青く透明な水晶玉は光を発し始める。
そして光量はドンドン強くなり、水晶玉から円を描くようにレーザーのようなものが飛び出す。最初は水晶玉の半径プラス1センチくらいの円だったが、徐々に広がりあっという間に見えなくなってしまった。
「…どうやら探索が終わったようだ。」
ほぼ1分後に水晶玉から飛び出したレーザーが戻って来て、水晶に入り込んでいく。そして水晶玉の上には建物の輪郭や地形が、青白く透明に映し出される。
所々に点があるのは魔導具の証だろうか。
「アストロさん、このオレンジ色の点は何ですか?」
「水晶が魔力を感知した場所だ。その色によってそこにある魔導具がどのような状態なのか分かる。」
なるほど。確かに吹き抜け付近ではオレンジ色の点が上下している。また、城下町の方向にも幾つかの点が打ってあるのが見受けられる。
「…アストロさん、この客室にある黄色の点は何ですか?」
「それは先程の水晶玉と同じく、人が触れると発動する状態のものだ。
…だが、この屋内でギルドが報告を受けているのは、吹き抜けのものだけだ。」
報告を受けていない魔導具で、しかも触れればヤバい状態。
…これはマズいのでは?
私とアストロさんは顔を見合わせると、互いに頷き合う。
「アストロさん、この場所に行きましょう。」
「ああ。良い予感はしないな。」
発見された点は、この旅館の中層にある客室。吹き抜けから廊下を挟み、ふすまで仕切ってあった部屋の一つの様だ。
だが、懸念点が一つ。
(また階段かあ…。)
はい、この旅館は縦に広いのですが、何と上階への移動手段は階段一本。内部構造的に情緒を優先したのだろう。
いや、お客さんは魔導具によって吹き抜けから移動できるのだが、我々は部外者なので無論歩きだ。昇りはぶっちゃけ死ぬかと思った。綺麗だったからまあ許せたけど。
「事態は一刻を争う。舌を噛まないようにしていてくれ。」
(!?)
私が翌日の筋肉痛への覚悟を決めていると、アストロさんが唐突に私を背中に背負う。
(憧れの英雄におぶられるとかヤバいって!嬉しすぎて死んじゃう!この間もやってもらったけど!)
と思ったのも束の間。
アストロさんは水晶玉を回収すると、真っ直ぐに建物の真ん中に走り出す。
(…って、まさか。)
ここは地上からかなりの高さがあるんですけど。
アストロさんの目の前には吹き抜け。登ってくる最中にも見たが、眼下が白く霞むほどの高さ。
それが一瞬ごとにもの凄い速さで近付いてくる。無論、止まる気など一切無い速さだ。
そしてアストロさんは走った勢いのまま、吹き抜けを囲うように設置してある手すりを飛び超える。
「――――っ!?」
急に空中に放り出された事により、内臓が持ち上がる浮遊感が襲ってくる。ビュルルルという風を切る音が耳に響き、その速度を感じさせる。
(ひえええーー!)
そして空中で身体を捻り、その勢いで前に来た私の身体を両手で抱え、正確な角度で目的地の階へと滑り込む。
これ程余韻の無いお姫様抱っこはないだろう。体操の新たな技と言われても通用するレベル。身体能力の暴力とはこのことか。
「…よし。」
(し、死が見えた…。)
優しく私を下ろすと、怪我が無いことを確認して頷くアストロさん。
うん。良しだけど良しじゃないよね。大英雄クオリティで外傷は無いけど、私のメンタルにダイレクトアタックだったぞ。
そして、給仕さんが有り得ないものを見る目をこちらに向けてます。緊急時なのでご容赦を!
「向こうの部屋だ。急ごう。」
「は、はひい…。」
アストロさんは懐から水晶玉を取り出し、マッピングされた部屋へと走り出す。私もそれに追従し、木が張られた廊下を全力で走る。
「ここだな。客が使用しているようだ。」
「はい。…失礼、ギルドの者です。部屋内を改めさせて頂きます。」
たどり着くは襖のしまった部屋の前。『龍の間』というカッコいいネーミングの部屋だ。
本来ならば無礼過ぎる行為だが、この際仕方がない。刺激しないよう、静かに部屋の扉を開けさせていただく。
「あ?なんだお前。給仕なんざ頼んでねえぞ。」
目に入るは畳の上で寝転がり、左方の壁に備え付けてある本棚の前でくつろいでいる金髪の男性。
部屋に転がっている武器や防具の品質から、それなりの上位層に入る冒険者であることが伺える。
「その場から動かないで下さい。この部屋に半励起状態の魔導具があることが感知されました。危険ですので、動かないようお願いします。」
「…あ?そんなもん持ち込んでねえぞ。大体、魔導具はテメエらが取り締まってンだろ。」
そう言いつつも動きを止めてくれる冒険者さん。ツンデレか?
「何とか間に合いましたね。」
ふう、とため息をつきながら襖の前にいるアストロさんに声をかける。静かに開けたので、部屋内からは私の姿しか見えていない状況だ。
「調べるならとっととやれ。」
「ご協力ありがとうございます。ではアストロさん、水晶を…。」
――――そう言って水晶玉をアストロさんから受け取ろうとした時、アストロさんが一歩前に進んで襖から半身が出る。
そしてそれを見た冒険者さんは――――
「げえっ!アンタはあの時の…!?」
なぜかビビって飛び上がり、体勢を崩して脇の本棚に手を突っ込む。
そしてそこから漏れ出してくる白い光。
「「「…あ。」」」
そして我々3人の間の抜けた声と共に、階下からドゴォォォという音が轟いた。
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