英雄、面接せり

「えー、では、ギルド本庁実務部の採用面接試験を行います。私は面接官の女神です。」


「実務部部長のクライです。」


「役員のヨルです。本日はよろしくお願いします。」


 女神とアストロとの謝罪合戦の後、事情を聞いたアストロは実務部への就職を決定した。それを聞いた女神は泣いて喜んだが、その場で『はい採用』とする訳にもいかないので形だけの面接をする運びとなったのである。


 長机に女神、クライ、ヨルと並び、対面には椅子に座ったアストロ。女神の部屋で繰り広げられるこの光景は、(真面目なアストロを除き)当人達もシュールこの上ないと思っている。


「まずはお名前と年齢を。」


「はい。アストロノート=シルバーストーン、おそらく350代です。」


(350代って何だよそのパワーワード…!というか本人も正確な年齢分かってねえじゃねえか…!)


 雰囲気を出すためのメガネを押し上げ、女神が定型句的な質問をする。そしてそれに真面目に答えるアストロ。その返答に突っ込みを入れたいものの、一応面接なので押し黙るクライ。


「では、志望動機をお願いします。」


「はい。この部署の仕事内容は教習と緊急時の人命救助という事で、両方とも『人を助ける』ことに注力したものです。

 但しそれには知識と戦闘能力が必須であり、その点で『私の経験を活かすにはここしかない』と思い、志願致しました。」


「なるほど。」


(アンタに経験語られたら反論出来る奴いねえだろ…!というかヨルもノリノリじゃねえか…!)


 天然な女神、ド天然なアストロ、悪ノリが激しいヨルに囲まれ、クライがボケ3人に囲まれる状況。まさに四面楚歌。頑張れクライ。

 

「…えー、では、特技は何ですか。」


「特技と言う程のものではありませんが…300年間敵と戦い続けることが出来ます。」


「…なるほど。」


(いや特技だよ!というか偉業だよ!)


 ぶっ飛んだ返答に対し、机に肘をついて顔に手を当てるクライ。現在彼は、身体を震わせながら必死でツッコミたい衝動を抑えている最中である。


「それでは最後に、今後の抱負をお願いします。」


「はい。今までの人生で培ってきたものを十全に発揮し業務に当たると共に、人々を脅威から完璧に守れる程の実力を付けていこうと思います。」


(向上心の塊かよ。この期に及んでまだ強くなるつもりなのか…。)


 アストロは最後にピシッと姿勢を正し、3人の方を見て宣言する。三白眼をキラリと輝かせた渾身の宣誓である。アストロは現段階で人間の最高位に近い実力を保持しているのだが、未だ強くなる気満々といった様子だ。


「これは社長、中々良いんじゃないでしょうか。」


「そうですね。実力、性格共に完璧だと思います。また罪悪感がぶり返してきました。」


 ヨルは横を見て女神に質問し、女神も肯定の意をもって答える。アストロがその英雄っぷりを見せつける度、女神のメンタルはゴリゴリと削れていくが。


「…んじゃ、採用ってことで茶番は終わりでいいな。これからよろしく頼む。」


「ああ。」


 席を立ってアストロの前に行くクライ。右手を差し出し、がっちりと握手を交わす。そしてそこに女神が近付き、付けていたメガネを外してアストロに手渡す。


「あ、これは威圧感を抑える魔導具マジックアイテムです。さっき作っておきました。どうぞお使い下さい。」


「有り難く使わせて頂きます。」


((あ、それただのネタアイテムじゃ無かったんだ…。))







「…ふー、若干長くなりましたね。」


 ヨルさんは一通り事情を話し終え、歩きながら一息を付いた。私達は既に15階層まで歩を進めており、後は階段を降りるだけという段階だ。

 ちなみにアストロさんは14階層辺りで眼鏡を装着している。


「その後実技試験にアストロさんを連れていったんですが、ワルド君の態度にクライさんがぶち切れてですね…。」


「いや、その話はしなくとも…。」


 ヨルさんが話を続けようとすると、アストロさんが渋い顔でそれを止めようとする。しかし、ここまでくると聞きたくなるのが人情というもの。是非とも続きを話して貰いたい。


「私、聞きたいです。」


「お、良いですね~。実はですね、ぶち切れたクライさんが、一通り試験が終わった後ワルド君に言ったんですよ。」


「ほうほう。」


「『お前の言ったとおり、冒険者たるものあらゆる状況に対応する強さが必要だ』。」


 その言葉は確かに真実だ。でも、どうやったらそこからアストロさんが止めにかかる事態に発展するのだろうか。


「『と言う訳で、異世界で英雄に遭遇し戦闘となった状況を仮定した模擬戦闘を行う』と。」


「あっ…。」


「…。」


 その後の展開を察しました。伝説の英雄を大人げなく実戦投入とか、よっぽど頭に来たんすねクライさん…。

 そしてアストロさんの顔が羞恥で真っ赤になっていらっしゃる。かわいい。


「まあ、ワルド君の末路は語るに及ばずです。因みに余波で専用の闘技場が全壊して、アストロさんはアッパーカット以外禁止の原則が作られました。」


「いや、こう…あの時は300年全力で戦っていたせいか、力の加減が…。」


「まああの時はガチの全力ストレートでしたからね。私が途中で救出しなければ、ワルド君は失禁では済まなかったでしょう。」


(アストロさんの全力かあ…。真っ正面にいたらトラウマってレベルじゃないだろうなあ…。)


 全力で手加減して、ミノス・ジャイアントを軽々と破裂させる程度の威力。おまけに衝撃波だけで雲に穴を穿つ。

 果たしてそこから繰り出される全力とは。余波で世界が滅びるんじゃないだろうか。


「あ、見えてきました。ダンジョン内なんでめちゃめちゃ電飾目立ってますね。」


 ヨルさんが指差す方向を見ると、ダンジョンの一画にピンク色のネオンサインで飾り付けられている扉があった。扉の外郭がピンク色に輝き、扉の上部には『ヒーローミューズ』と青色の電飾が施されている。

 茶色いレンガ造りの16階層に対してその一画がもの凄く浮いている。例えるならば、街を歩いていたら何の前触れもなく風俗街に迷い込んだ感じ。


「何というか、自己主張の塊ですね…。」


「ダンジョン内は薄暗いから、発見しやすくする工夫を兼ねているのだろう。魔物に見つかりやすいというデメリットはあるが。」


「単に趣味だと思いますけどね。」


 扉までの一本道を進み、扉の前で一旦停止する。そしてドアノブに手をかけたヨルさんがこちらに振り向き、良い笑顔をして指を指す。


「そう言えば、ラックさんはここに来たことは?」


「いえ、ダンジョンに潜る機会が無かったので…。受付嬢時代に噂程度しか。」


 私が素直に返答すると、これまたヨルさんはいたずらっぽく笑う。


「なるほどなるほど。フッフッフ、初見だったら絶対驚きますよ~。」


 そして扉を開き、私の目に飛び込んでくるのは――――見たこともないほど幻想的な光景だった。


「すごい…。」


 まず目に入るのは天に浮かぶ朧月。ダンジョンに入ったのは午前中の早い内なので時間帯にしてはまだ昼間のはず。しかしこの異世界は、既に月が最も映えるであろう夜を迎えていた。


 その月が優しく照らす下には、天まで届きそうなほどにそびえる巨大な建築物。タワーのように細長いのではなく、安定感を感じさせる程横にも広い。


 その建物は、かつてとある地域で発達した『旅館』というのものに酷似した外観であった。


 骨組みは茶色を基調とした木造建築。優に30階は超えていそうな高さでありながら、その一階一階ごとの造りは非常に繊細である。木の枠組みと巧妙に配された白の漆喰、そして階ごとに突き出す瓦屋根、部屋の窓には障子。


 部屋ごとの灯りが障子を通して幻想的に夜闇を照らし出し、遠くから見ると建物全体が淡く光輝いているように錯覚する。


 そしてそこから更に視点を下ろせば、石造りの道に木造建築が立ち並ぶ町がある。彼の大旅館を城に例えるならば、この町はさながら城下町と言ったところだ。


 家々の上部を結ぶ紐から吊り下げられた提灯は、道の両面に並ぶ建物をぼんやりと照らす。よく見れば建物は家ではなく店屋であり、店歩きを楽しんでいる人々が薄らと見える。


「…。」


 綺麗すぎて何も言えねえ。こういうときばかりは自分の語彙力の無さが憎らしい。


「ここが16A、通称『常夜の世界』です。いつ見ても綺麗ですよねー。」


「うむ。神代でもこれ程までに美しい光景はそうなかった。」


 は、はえー。アホみたいな電飾から神代を超える幻想的な光景。ダンジョンで疲れ切った所にこれを見たら、絶対虜になること間違いなしでしょ…。


「それでは、ラックさん初の巡視を始めましょうか。」

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