会敵

「道中までもう少し、話を続けていこうと思います。」


(女神様をビビりあがらせる化け物…話の流れからして一体何トロさんなんだ…!?)


(…。)←恥ずかしくて声も出せないアストロ







「あ、あのですね。私がお昼寝をしていたら、部屋にとてつもない力を持つ存在が転送されてきたんです!」


「女神様、職務中に昼寝しないで下さい。」


 扉の前で大慌てで状況を話す女神と、それを冷静に窘めるヨル。そして壁にめり込んだクライ。


「と、兎に角ヤバイんです!殺されるかと思いました!」


「いってえ…。オイ女神。お前の部屋に転送されたってことは、どこぞの異世界を攻略した英雄じゃねえのか。確かそんな設定してたろ。」


(あ、復活した。)


 めり込んだ壁から体を戻し、慌てる女神を宥めるクライ。


 ここでの『設定』とは、異世界を攻略した際の手続きのことだ。

 異世界には『隔離』の対象となった魔物がおり、それを討伐することで『異世界を攻略した』と認められることになる。そしてそれを成した瞬間、止めを刺した人間、或いはそのパーティーメンバーは女神の部屋に転送される設定となっているのだ。


 その理由は、『クリア後に真っ白い空間で女神と話すとか、物凄くありがたいシチュエーションじゃないですか!?』という女神の認識なのだが…今は置いておこう。


 本来はそこから『スキル進化』か『異世界の所有権の譲渡』のどちらかを選択するのであるが…。


「…あっ。」


(オイオイ…大丈夫かよこの女神…。)

(動転の余り忘れてましたね…。)


 クライの言葉に、『その考えはなかった』とばかりに呆ける女神。だが、そこから女神は弁明を開始する。


「いや、感じた気配がですね…こう…みたいな感じだったんです。」


「じゃあ空間転移系の魔物が入り込んだのか?」


「多分その可能性の方が高い、と思います。あんな気配を放つ人間がいるはずありませんし…。」


 上位の魔物の中には、空間を支配するものや世界間移動を可能にするバケモノ共がいる。それこそ、神々による『隔離』なんぞ物ともしない連中が。

 そして、そんな連中がティアノスに入り込んだ時のために、ある予防策があるのだが…。


「じゃあ『叡智の書』で出所を調べて、強制転移させればいいじゃねえか。」


 『叡智の書』とは、ラックが初めて実務部に来た際に女神が抱えていた本である。少女の身体をしている女神の、身長の三分の一に匹敵する大きさ。謎の種族の革で包装された茶色の外装、数十センチはあろうかという分厚さの本だ。


 それにはあらゆる知識が記され、異世界を管理するためのキーアイテムとなるらしいのだが…。

 女神はクライの質問に対し、バツが悪そうに指をからめ、目を逸らして答える。


「いや、実は…。慌てて出てきたばかりに部屋に置いてきちゃいまして…。」


「「…。」」


 もうダメだろコイツ、みたいなジト目で女神を見る二人。この女神は一体何をやっているのか。表向きには『厳格で中立、逆らえば人間ごときすぐに滅ぼせる』みたいなキャラを保っているくせに。


「そういう訳なので、クライさん、部屋の様子を伺って貰えませんか…?可能なら倒して貰って…。」


「ああ?その前情報を聞いて行きたいと思う奴いるのか?」


(完全に『部屋に対処できない虫が出てきて、お父さんを駆除に向かわせる娘』の構図なんですよねえ…。)


 女神の嘆願を一度はすげなく断るクライ。

 しかし、再度女神は瞳をうるうるさせ頼み込む。


「お願いじまず~。ここの部署しか頼れる人がいないんでず~。」


「ええいくっつくな!分かったよ!とっとと終わらせて飯食うぞ!」


(クライさん、女神様に対してあまあまじゃないっすか…。)


 クライは渋々扉に近づき、ドアノブに手をかける。

 そして感じるはドアの向こうから漂ってくる禍々しい空気。それは戦闘経験豊富なクライをして、冷や汗をかく程であった。


(見るとはいったが、コイツはやべえな…。今まで見た中で文句なしの最強だ。)


「おいヨル、いつでも押し入れる様にしとけ。万が一にもこっちに入ってこられないようにな。」


「了解しました。」


 先程の間の抜けた雰囲気は霧散し、剣呑な雰囲気がオフィス内を支配する。扉の先にいる存在が『こちら側』にくれば、間違いなく世界が滅ぶ。

 今までの経験からそれを確信し、最大限の戦闘態勢を取るクライ。


「…開けると同時に突入だ。俺とヨルが引きつけるから、女神は『叡智の書』を確保しろ。」


「はい。」


 ドアの前にクライ、左にヨル、クライの影に女神の順で並び、クライは手に力を入れる。


「行くぞ。1、2――――」


――――しかし、突入のタイミング、その瞬間にクライは違和感を覚える。

 今まで何度となく開けてきたこの扉。だが今感じているこの感触は、


(…こんなにこの扉軽かったか?いや、まさか――――)


 ここでクライは最悪の事実に思い当たる。この感触は『向こう側からも同時にこの扉を開けようとしていることの証左である』という事実だ。


 そしてクライがドアを開けるタイミングと、向こうの存在が扉を開けるタイミングが完全に合致する。 

 必死でクライは押し戻そうとするも、もう猶予はコンマ数秒もない。ここから全力で押すだけの余裕はありはしない。


―――――ならば姿が見えた瞬間に攻撃を叩き込み、無理やり部屋に押し戻すしかない。


 ここまでの思考を1秒以内にしたクライは、反対からの力に逆らうことなく扉を開ける。

 そこには――――


「失礼、ここはどこ…。」


 扉が開いた瞬間、やはり入口の付近にいるバケモノ。それを目視したヨルは一瞬にしてに蹴りかかる。

 何か言葉が聞こえてきたが、そんなものを聞いている余裕はない。扉の先から直で叩きつけられる瘴気は、という、ある種の強迫観念をヨルに覚えさせた。


 その判断は正気であるかと問われれば、間違いなく正気ではない。一時的な狂気に囚われたヨルは、無意識に『気絶』や『逃亡』という選択肢ではなく、仲間を守るために『相手を殺す』という選択をとった。


 だがその行動は横にいるクライに防がれる。クライは叩きつけられる強大な威圧感を理性で押し殺し、一瞬でヨルとの距離を詰めて蹴りの軌道を変え、受け流す。


 クライは扉の向こうの存在が人間であることを冷静に見極め、ヨルが正気を失ったことを察知して体を入れ込んだのだ。そしてその勢いのままヨルに電流を流して気絶させる。


 対してクライとヨルがそんなことをやっている間、女神と扉の向こうの存在…人型をした影はバッチリ目が合う。

 全身が黒く染まった人型の三白眼と女神の碧眼が交錯する。その余りの迫力にビビりあがった女神はその場で腰を抜かし、へなへなとその場に座り込む。


 そしてそれを困惑の目で見つめる扉の向こうの影。何が何やら分からないと言った表情だ。こちら側から見ると、『人が蹴りかかって来たかと思えば気絶させられ、目があった少女に腰を抜かされる』という謎の状況。

 まっこと意味不明である。


「…。」


 謎の人影は、一から十まで理解不能だが、とりあえず再度声をかけてみることにした様だ。


「失礼、ここはどこだろうか。」


「…とりあえずそこの部屋のシャワー使っていいから、全身の血を流してきてくれ。全てはそこからだ。」


「『しゃわあ』とは何だろうか。」


「…まあ、まだメジャーじゃねえか。水浴びをするための設備だ。」


(それ私の部屋!私のお風呂!)


(うるせえ!全身血まみれじゃ会話にならん!)


 女神は無言で抗議するが、眼力で黙らせるクライ。扉の先には、物々しい鎧に大剣を携えた偉丈夫。全身に乾いた血が張り付き、真っ黒になった中で白い三白眼だけが分かる状態。

 恐ろしい威圧感と血みどろの外見、その相乗効果は推して知るべしだ。女神が腰を抜かしただけですんだのは僥倖である。


「…なるほど。ありがたく使わせて頂こう。」




――――その30分後。


「えー、では、ギルド本庁実務部の採用面接試験を行います。私は面接官の女神です。」


「実務部部長のクライです。」


「役員のヨルです。本日はよろしくお願いします。」


 女神の部屋で唐突に始まる面接。長机に3人が並んで座り、対面には椅子に背筋を伸ばして座る男。

 その状況で長机の3人の思考はシンクロする。


(((――――どうしてこうなった…?)))

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