血塗れの英雄
「あ、ありがとうございます。命を助けて頂いて…。」
「いえいえ。これも仕事の内ですから。」
(私は一切役に立ってなかったけど。)
全てが解決した後、アストロさんが牧場の母屋にて老夫婦と応対する。
なお、アストロさんは眼鏡を装着し、威圧感を完璧に抑えている。
…多分、外したら高齢者の方は心臓止まっちゃうよね。
「あの魔物は一応ミノス・ジャイアントの外面をしていましたが、完全にそうとは断定出来ません。他の影響が出ていないか、後ほど精査する必要があるでしょう。」
「え…あれは、既存の魔物という訳ではないのですか…?」
アストロさんの情報に、安心しきった表情から一転、おばあさんが不安そうな表情を浮かべる。
「ええ。『神秘』から出現する魔物は常に移り変わります。一定の型こそありますが、基本的に全て新種と考えて問題はありません。」
そうなのだ。それが魔物の厄介な所だ。
『種』として確立しているなら別だが、完全に新規で出現した場合は『種』としての法則は当てはまらない。
隔離されそこで繁栄している魔物は単一の能力を持っているが、新たに出現するものは新たな能力を持つ事もある。
(ダンジョンの深部に出てくるような魔物の、しかも新種を相手にして人命を守る…。難易度が高いってレベルじゃない。完全に常軌を逸してる…。)
なぜこんな業務が平然にまかり通っているのか。
なぜこの人達の偉業が広く知られていないのか。
段階で言えば、間違いなくこの仕事一回で異世界攻略一個分に相当する。
「ですが、また何かあれば我々が対処しますので安心して下さい。咄嗟に救援を求められるよう、平素の準備はよろしくお願いします。」
「ありがとうございます。」
事も無げに次を意識させ、老夫婦に『何かあっても大丈夫』という安心感を与えるアストロさん。
…なるほど。先程の疑問に合点がいった。
(この人達はさも簡単そうに世界を救うから、その難易度が正しく伝わっていないんだ…。)
この人達が『異世界に入れる特権』を持ち、『英雄並みの実力』を持つからこそこの世界は成り立っている。
薄氷の上で、平和は維持されている。
それはとても頼もしく、同時に非常に恐ろしいことの様に思えた。
おばあさんとアストロさんが今後の対応について打ち合わせをしている折り、ふと気になったことを質問にする。
「あの…お爺さんはどちらに?」
そう、お爺さんがいつの間にか母屋から姿を消していたのだ。
私とアストロさんとおばあさんが話している間、母屋の奥に入っていく所は確認できた。だが、多少時間が経っているというのに戻ってこない。
「ああ。殺されてしまった牛たちを気にしていましたからねえ。今頃、裏口から様子を見に行ってるんじゃないかねえ。」
「…呼びにいきましょう。あの魔物が、何かしらの悪影響を残していないとは限りません。」
おばあさんを連れだって、3人で牧場の方へ向かう。
幸いにも、母屋のドアを開けるとお爺さんを視認する事が出来た。
「あ、少し遠いですけれど向こうにいますね。」
「そうだな…大事が無くて良かった。」
麦わら帽子を被ったお爺さんが、右手200メートルほどの所で、腹が穿たれ絶命した牛の前でしゃがみ込んでいる。
あの牛はミノス・ジャイアントの巨大な角で突かれてしまったのだろう。
思えば、あの角の先端が少し紅く染まっていた。
「じいさーん、こっちゃ帰ってこーい!危ないってよー!」
おばあさんが大声でおじいさんを呼ぶと、おじいさんはこちらを振り向く。
「おーう、今戻っからよー!」
おじいさんはしゃがみ込んだ状態から、こちらを向いた状態で立ち上がろうとする。
――――だが、その瞬間、ゆらりとお爺さんの後ろから黒い影が立ち上る。
その大きさは、2メートル強。
場所は、先程まで牛の遺骸があった場所。
頭頂部には2本の巨大な角、全身を覆う茶色の剛毛、紅く目を光らせた牛の頭。
――――そう、先程倒したはずのミノス・ジャイアントが、牛の遺骸があったハズの場所から現れたのだ。
そしてミノス・ジャイアントは、右手を大きく振り上げて棍棒を虚空から出現させる。
…この間、僅か1秒にも満たない。
お爺さんは突如陰になったことしか気づいていないし、状況を理解し切れていないお婆さんは、顔を青ざめさせるにも至っていない。
(――――あれは、眷属化!ミノス・ジャイアントは『眷属』を持たない筈なのに!)
恐らく、斃されたミノス・ジャイアントはあの牛を『眷属化』していた。
稀に見られる事であるが、種族として『眷属』を持つ魔物がいる。
『眷属化』の条件は種族によって様々であるが、新たに能力を得たミノス・ジャイアントは…対象を角で突いて殺すことで眷属を増やすと思われる。
そして、時間が経った今、眷属化が完了した。
ミノス・ジャイアントは、先程まで以前の己の死を悲しんでいたであろうお爺さんに向かって、棍棒を掲げる。
後は、それを力いっぱい振り下ろすだけ。
それで、死体が一つ出来上がる。
「Guaaaaaaaa!」
――――そして、躊躇無く死の一撃が振り下ろされ…
「『三重障壁』!」
お爺さんを囲うように出現した3重の障壁によって防がれる。
青く半透明な結界は、表面の1枚が破られ、2層目にヒビが入った所でその棍棒を受け止める。
あの結界は、私が全ての体力を消費してやっとこさ出現させたものだ。
とんでもなく燃費が悪く、もう立っていられないほどの体力の減り具合だ。
…お爺さんを護ることは出来たが。
だが、それに気を悪くしたミノス・ジャイアントは、再度棍棒を振り上げる。
今回は私のスキルで防ぐことが出来た。
しかし、次はもう無い。お爺さんが…と思った瞬間。
「そこまでだ。」
一瞬にして移動していたアストロさんが、ミノス・ジャイアントにタックルしてお爺さんから距離を取る。
…ミノス・ジャイアントが現れてから、まだ3秒程しか経ってないんですが。
アストロさんは一体どんな身体能力をしているのか…。
「Gua,Gaooooooo!?」
(…バケモノの方がついていけてない…。)
突然の腹部への衝撃、瞬間的な座標の移動を理解できないミノス・ジャイアントは、困惑した様に叫び散らす。
悠々と獲物を屠ろうとしていたのに、いつの間にか仕留められそうになっているとか悪夢そのものだ。実際恐ろしい。
「どうか、安らかに眠ってくれ。」
そして先程のアッパーカット。今度は眼鏡を外していないが。
『安らかに眠れ』という言葉とは裏腹の、超ド派手な一撃である。
再度雲に丸い穴が穿たれ、血の雨が降った。
(す、すっげえ…。)
2度目の血の雨で、今度こそ真っ赤っかになったアストロさんを見て思う。
――――あらゆる不条理を覆すそれは、文字通りの『圧倒的な力』。
アストロさんのあの力は、私が憧れて止まない『自分を押し通すに足る力』そのものだった。
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