はたらかない女神様
「5分待ってろ。女神に話し付けるから。」
そう言ってクライさんが向かったのは、事務室の右の壁際。
そこには、白壁と同様に白いドアがあった。
最初は、隣の医務室へ繋がるドアかと思っていたが…。
(でも、来るとき使わなかったような…。)
クライさんはトントンとその扉をノックし、幾秒か待つ。
返事は無し。部屋内に沈黙が流れる。
なので、今度は強めに扉を叩く。
するとガチャリと扉が開いた。そして出てきたのは…。
「ふぁ~い。どちら様ですか~。」
黄色いパジャマに大きな本を抱えた少女…というか女神様。
金色の髪を背中まで伸ばし、世にも珍しい碧眼。アホ毛。
私が見た時はいつも凜々しい表情を浮かべていたのに、今は目をこすりながらあくびをしている惨状である。
そして扉の奥にチラリと見えるのは、衣服や書類などが床にかなり散らかった部屋。
いや、汚部屋である。
(((寝起きかぁ…。)))
女神様を除いた3人が微妙な表情をしているのを見て、女神様は正気に戻る。
眠そうな表情だったのが、ふるふると震えて次第に青ざめていく。
そして扉を勢いよく閉めようとし――――それを見たクライさんが扉を掴んで中に入っていった。
『お前もう始業時刻過ぎてるだろうが!』
『ご、ごめんなさいー!昨日はちょっと夜更かししちゃったんですー!』
そして部屋から響いてくるのは、クライさんの怒鳴り声と女神様の謝罪の声。
『というか、一昨日部屋片付けてやったのに何で散らかってんだよ!』
『すみません…脱いだら片付けるのが面倒くさくって…。』
『さっさと着替えてこい!こっちは片付けといてやるから!』
『はい…。』
ドタドタとこちらに聞こえてくる騒音。
というか…。
(クライさん、お母さんかよ…。)
◇
3分後。静かになったドアの奥からクライさんが出てくる。
この3分の間で凜々しい女神様のイメージは消し飛んだが。
女神様って、確かファンクラブとかあったよな…男女問わないやつで。この正体を知ったら皆どう思うだろうか。
そんなことを考えていると、厳かにゆっくりとドアが開いていく。
ドアの向こうにいるのは、白い布を纏った女神様。
公共に露出している時はあの服装なので、あれが正装なのだろう。かなり際どい服装なので、一部ではえっちだと噂だ。
「――――何用ですか、定命の者よ。」
(ああ、見られてもその路線でいくんですね…。)
(もう手遅れだろうが…。)
(いつ見ても、あの切り替えは恐れ入る。私もしっかりと切り替えを意識しなくてはな…。)
私とクライさんはジト目で、アストロさんはいつも通りの真面目な目線で、それぞれ女神様を見つめる。
だが沈黙に耐えられず、いたたまれなくなった女神様がプルプルと震え出す。
「…あ、あの、ご用件は…。」
(あ、戻った。こっちが素なんだな…。)
個人的にも、先程の『いかにも女神ッ』な態度よりこちらの方が親しみを持てて良い。
というか女の私から見ても非常にかわいい。護ってあげたくなる感じだ。
「ああ、それ何だがな――――…という訳だ。そっちから統括の方に話しといてくれねえか。流石にこれは問題だろ。」
「…なるほど。確かに看過できませんね。分かりました。今週末の会議までに話しておきます。」
そしてクライさんからの打診が、一瞬にして通る。
女神様に対してため口で良いのか…という疑問は先程の問答から理解できるが、にしても女神様とクライさんの距離が非常に近い。まるで娘と父親だ。
「クライさんって、一体何者なんですか…?」
「…女神様と古い付き合いだということしか聞いたことがない。何でも、ティアノスが出来た頃からの知り合いらしい。」
「それって、超最初期じゃないですか…。」
アストロさんの言葉が本当だとすると、クライさんと女神様は少なくとも20年来の付き合いということになる。
まさかこんな所に上層部へのパイプがあるとは…。バカ課長に媚びを売っていた人達がこれを知れば、クライさんを全力で落としにかかるだろう。
「よし、話が付いたぞ。ラックさん、これは来週の定例会議で話題になるだろうから、そしたらすぐ元の場所に戻れるぞ。」
「えーと、貴方の上司の…バロン=カーネルさんには、総務部の方から厳重注意処分が入ると思います。今後こんなことがないように、色々と考えさせて頂きますね。」
「あ、ありがとうございます…。」
厳重注意って…キャリアに傷がつくってレベルじゃないでしょうに…。
間違いなくバカ課長の今後の昇進は無くなるだろう。
いい気味だと思う反面、少々かわいそうな気もする。
(でも、もう一度あの場所に戻るのか…。私は、あそこで再出発出来るのだろうか。)
心に過ぎる一抹の不安。
バカ課長は知ったことでは無いが、私を完全に見限った同僚達と普通の顔で接する自信がない。
…まあマロンがいるし、そういう面ではラッキーか。
しかし、一つの問題が解決すると欲が出てくるのが人間である。少し、『この部署の仕事を知りたい』という思いが出てきてしまった。
…『命をかける』とまでは断言できないが。
「まあ来週には戻れるから、それまではここでゆっくりしてけ。」
「はい。仕事もお手伝いさせて頂きます。」
「おお、ありがてえ。ウチは万年人不足だ。庁内だったら、志願すれば即通るくらいにはな。」
ハハハとさっきまでのことをネタにして笑うクライさん。
怒りで威圧感を発してさえいなければ、気の良い兄ちゃん…おじさん?そのものだ。年齢は…先程の情報と見た目から30代と推測できるが、結構若く見える。
(噂とは違った方向で凄い部署だ…。色々と…。)
チラリと女神様を見る。私の視線に気づくと、困った顔で笑いかけて下さった。
かわいい(真理)。
「じゃあ、業務の内容を説明するか。平常業務は大きく分けて2つだな。危ない方と、危なくない方がある。」
皆にデスクに座る様促すと、クライさんは『ヨル』と書かれたネームプレートが置いてある役員の席に座る。
そして、『クライ=レン』と置いてある部長席には女神様が。
女神様は両手の平を組み、机の上に肘を置いて顔の前でポーズを取る。
本人は『威厳があるポーズ』をしているつもりなのだろうが、女神様の正体を見た後だと絶妙にかっこがついていない。
華奢な腕から除く決め顔が、格好いいというよりむしろかわいい。
「危なくない方は、『冒険者免許』を取る為の教習だ。講習と実技があって、そこの教室を使って授業をする。実技は別の機関の異世界を借り受けて行う。」
冒険者免許とは、ダンジョンと異世界に入る為の免許である。
第一種と第二種があり、第一種は攻略済みの異世界、ダンジョンの区画に入る為に必要。第二種は、未攻略の部分に入る為に必要だ。
ティアノスにおいて、第一種は成人したての人からお年寄りまで幅広く取得している。
本庁に入るためには別途の試験があるので、私は取得していないが。
「危ない方は異世界の巡視だ。俺達は業務中のみ個人の異世界に入れる『特権』を持つ。危険行為がないか、抜き打ちで巡視をするんだ。」
攻略済みの異世界には、基本的には持ち主しか出入りすることができない。
特権的に異世界に入れるのは、ティアノスではこの部署だけである。
「指名手配犯とか犯罪組織が入り込んでいる場合もあるから、その際の巡視は多少の危険を伴う。まあ、9割方普通に終わるけどな。」
(…ん?それって、犯罪組織の本拠地に殴り込んでいく様なものでは?)
それは多少の危険で済ませて良い物なのだろうか…。さっきからおおよそ察していたけれど、もしかしてこの部署って全員化物レベルに強い…?
「…で俺達の『特権』、『治安維持の為の異世界活動』にまつわることで、臨時的な業務があと一つ。これは大分危険だ。」
(さっきのは多少で、今度は大分…。どんなに危険なんだろうか…。)
ごくりと固唾を呑んで耳を傾ける。
「異世界には、かつて世界にあった『神秘』が色濃く残っている。神代から隔離されてそのまま残っているから当然だな。
そして魔物は『神秘』から生じる。となると…。」
「神話の時代レベルの魔物が、発生するかもしれないってことですか。」
「そうだ。『隔離』の中心となった魔物を倒し、攻略を終えたからと言って放っておくと、力を付けた上に異世界を抜け出して世界が滅びる。そんなレベルの奴は滅多に出てこないけどな。」
…お、思っていた業務内容の100倍ヤバい。
こんなことを日夜やっていたのかこの人達は…。
全く話題になっていないが、この人達のお陰で世界が成り立っていると言っても、過言ではないじゃないか。
「そして突発的に手に負えない魔物が発生すると、ベルが鳴って――――。」
とクライさんが口にした瞬間。
ジリリリリリリと、けたたましくベルの音が鳴り響いた。
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