神様と店員
紫月 玖優
1話 平穏を掻き乱す老害
「お客様は神様だろ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※
私の名前は佐伯仁史。大手コンビニチェーン店の店長を務める中年だ。
私の経営する店は特に繁華街や都心に面したところでは無いが、住宅街に囲まれていて、日用品や子供向けの商品が多く置かれるこの店では、子供連れや、よくある定食屋の常連のような感覚の人ばかり来ている。
特に繁盛して忙しい、などの事態はほぼ起きたことがない落ち着いた雰囲気のこの店が私は働きやすかった。
そんな平穏な店を荒らす老人が最初に店にやってきたのは、今から3ヶ月ほど前のことだった。
最初はごくごく普通の「1人の客」だった。
常連のように話をしてくるわけでもなく、ただこちらの質問にイエスノーで答える。そんな人だった。
こちらとしても寧ろ話しかけてこない方が普通なので、特に印象に残ることもなく、たまに見かけるな、くらいだった。
だが、それから1ヶ月ほど経ったある日。
その客がやってきた。しかも、顔を見るに相当機嫌が悪い。
そして、私が接客をすることになり、いつも通り会計を終え、レジ袋に商品を詰めていると突然、
「おい。袋の詰め方が雑すぎるんじゃないのか?」
と怒り口調で言ってきた。こちらとしては手を抜いたことはないのだが、こういうものは客個人一人ひとりの感性もかかってくるので、特に釈明することもなく、
「大変申し訳ございません。詰め替え直させていただきます。」
そう素直に、今度は細心の注意を払いながら詰め替え直した。老人はこちらに聞こえるような大きさで舌打ちをしたが、なんとかその場をやり過ごした。
その後、この老人はうちの店に来る頻度が上がり、常連となってしまった。
「弁当なんざ温めるのが普通だろうが、そんなこといちいち聞くな!」
「しかし、マニュアルにはその都度聞くように言われていまして…」
「お前はマニュアル通りにしか動けないロボットか!臨機応変に動け臨機応変に!!」
店に来ては何かと細かい理由をつけて
クレームを入れてくるのだ。
こちらとしても店の要注意客としてより一層細心の注意を払って接客をするのだが、
「釣銭を置くときはレシートの上に置け!汚い金を直接さわらにゃいけんくなるだろうが!!」
「す、すみません…」
毎回粗探しをされて、少しでも気に食わんと思ったことがあれば因縁をつけられクレームを入れられる。そして、こちらが少しでも言い返すと、
「お客様は神様だろ!」
こればかり言われる。
私は10年近くこの仕事をしてきているのでクレーマーの対応には慣れてきていると自分でも思っていたのだが、“上には上がいるもんだ”とは正にこのことだ。と1人で関心してしまうほど、この老人クレーマーは今までの人とは比にならないほどの人だった。
そんな日々が続いたある日。
その日は老人クレーマーの姿はなく、落ち着いて作業をしていると、常連のおばさんが商品の陳列をしていた私のところに来て、
「ねぇ店長さん。あんた最近おじさんによくレジで怒られてるでしょ。」
「あぁ、そうですね。お恥ずかしながら…」
「謝ることじゃないわよ。店長さんがしっかり働いてくれてるのは見てたらわかるし。」
「お気遣いありがとうございます。」
「あぁ、それがね。店長さん。あのいつも貴方に怒っているおじさんね。私の家の近所の人なの。でもね、ご近所交流とかでもあんな姿見たことないの。」
どういうことだ。じゃあ何故この店ではあんな剣幕なんだ。それより、なんで急に。
平日の昼間ということもあり、客は今話をしているおばさんしかいないので、私は詳しくその話を聞くことにした。
「そうなんですか。つまり、このコンビニでだけあんな剣幕ということですか。」
「いや。それだけじゃないのよ。あの人、多分だけどあんな怒ってるの貴方の前だけよ。私もこの店にほぼ毎日来るけど、あのおじさんを貴方じゃない店員さんが接客するときは少し怒る表情はあるけど口にしないし、そそくさと帰ってるわよ。」
「…え?それってつまり、私の前だけということですか…」
「多分だけどそうよ。それでね、最後なんだけど、これはご近所伝いで聞いた話なんだけど、あの人よく競馬やらパチンコやらのギャンブルをしてる人なの。で、1ヶ月くらい前に大負けしたらしいの。だから、貴方に八つ当たりしてるのはそのせいかなと思って。余計なお世話だったらごめんなさいね。」
「いえ、理由が気になってたので推測でも聞けてよかったです。ありがとうございます。」
そう言うと、おばさんは私から過ぎ、そのまま買い物を続けた。
どうやらこの理由で間違いない。時期的にもほぼ同じだ。
それにしてもとんだとばっちりだ。恐らく私にだけ当たるのも同年代だからとかそこらの理由だろう。
おばさんからは有力な情報を得られたが、こちらが改善すべきでない所、常連のおばさんの近所ということは今後も来るであろうということで、総合的な心の荷としては重くなった気がする。
さて、どうしたものか。
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