七章 真実、脱走、証拠隠滅
それからの数日は、比較的穏やかに過ぎ去った。
スタンは動けるようになった。
まだ腕をかばうような動きが見うけられたが、コーキー中尉もジジも、彼を遠慮なくこき使った。輸送隊の編成が見直され、幾分規模が大きくなったせいもあって、怪我人だろうが動ける人間は働かせざるを得なかったのである。輸送隊は、警備その他の都合もあって、第一陣で帝都に向かう人数は最小限に押さえられた。それらの作業と平行して、重要度の低いいくつかの施設の解体が始まった。
また、その影響で、ユハは少しだけ良い部屋に移されていた。
ユハに対する監視はゆるまなかったが、四六時中顔を突き合わせることとなった看守たちは、彼女が無差別爆撃娘ではないと理解した。
「だからあのくそ親父捕まえて、お母さんの墓参りさせるまでは収まらないの」
「お嬢ちゃんも辛い人生送ってきたんだなぁ」
身の上話なんかもするくらい、和気あいあいとしていた。
「あんまり悲嘆に暮れるなよ。軍が身柄を預かるからには、お父さんの一人や二人簡単に見つけてくれるさ。食い物だって民間人よりずっと上等だ」
看守の一人が、一人娘をいたわるように言った。ユハは居心地悪そうに引きつった笑みを返す。同情されることに慣れていないのだろう。
看守たちが親切なのは、先の騒ぎでの死者がいなかったことと、負傷者もほとんどが軽傷だったことが理由だろう。一番の重傷だったシェーンも、つい昨日、意識を取り戻している。動かせるようになるのを待って、退役する予定だ。
「ワシがお父さんになってあげようか?」
ひげ面の看守が言った。多分に本気。ユハはますます引きつった。ただし、今回のそれは少し意味が違う。
「そんなことをいうと変質者だと思われますよ」
女性の看守がひげ面を諌めた。
ユハがどう答えようか悩んでいる時、ドアがノックされた。
ジジだった。
「出ろ」
何でこの女はこんなに愛想が足りないかなぁ、とユハは思った。しかしおくびにも出さず、看守たちを見まわして手を振った。拘束具がじゃらりと鳴る。その重さに、ユハは慣れきってしまっていた。それがちょっとだけ情けない。
「じゃね」
輸送隊の出発時刻。
ユハの身柄が帝都に移送される時刻だった。
四頭引きの馬車が十四台。騎馬がほぼ同数。六頭引きの大型馬車が四台。それが、輸送隊の全容だった。旅芸人の一座よりはいくらか規模が大きい。積荷の価値は芸人が束になってもかなわないのだが。
隊長はコーキー中尉が務めることとなった。ユハはコーキーの顔すら知らなかった。
ユハはその中央の、鉄板で覆われた馬車に押し込まれた。専用の護送車かと思いきや、内部は荷物でごちゃごちゃしていた。控えていた兵士が、ユハの手かせを壁につないだ。手かせの鎖が長かったので、吊るされるようなことにはならなかったが、移動はほとんどできない状態だ。
一人きりかと思ったら、ジジが一緒に乗り込んだ。ジジは精一杯距離を保ち、ユハに銃口を向けた。
「怪しい動きがない限り撃たない」
撃ちたくてうずうずしているように見えた。
窓はあったが、息苦しかった。
馬車がゆっくりと動き出す。徒歩の随伴兵がいるためだろう、比喩ではなく歩くのと同じ速度だ。眠気を誘う速度でもある。
日が高かったので、ユハは昼寝することに決めた。
夜だったら、もちろん本格的に寝ていただろう。
暖かい匂いに目を覚ました時は、真っ暗だった。
ふと見るとジジはいなくなっていて、別の兵士がジジのいた位置に座っていた。やはり銃を出していたが、安全装置は外していなかった。
「……どこ?」
馬車は揺れていなかった。細い窓から見上げた空に、大きな月がかかっている。
「第三駐屯地と、街道の接点との真ん中あたり」
「帝都まで何日くらい?」
「ええっと、……四、五日かかることになってる」
「? なってる?」
「徒歩みたいなもんだからね」
答えになっていないような気がしたが、寝起きのユハは深く考えなかった。兵士は早口で続ける。
「実際歩いている連中も多いし、俺もくたくただよ。もうずっと見張り役でいいくらい」
「あたしの見張りは持ちまわりなの?」
「そうだけど」
「よかった」
ユハは本心からそう言った。
「じゃあ、もうあの目付き悪いおばさんの顔見なくて済むじゃん」
「おばさん? ……ジジのこと?」
聞いたら怒るだろうな、と兵士は呟いた。
「ところでさぁ。ご飯は?」
ボケ老人みたいだな、とユハは自分を評した。しかし、食べられる時に食べておくのは生存の基本であり、食べさせてくれそうな人がいるときに食べさせてくれと頼むのも、本能の一部のようなものである。
兵士は微笑みながら「ちょっと待ってな」と言って出ていった。
(逃げるなら今よね……)
そう思ったが、おいしそうな匂いが近付いて来たのがわかったのでやめた。どっちみち帝都に向かうつもりなのだから、近くまで乗せてってもらったほうが効率的だ。
それでも一応、馬車の中を観察した。何か使えるものがあるかもしれない。しかし、手の届く範囲には何もない。手の届かない位置に弾薬箱が積み上げてあったが、都合よく銃器が入っているとは期待出来ない。待遇は悪くないが、ユハが凶悪犯罪者として移送されている事実は曲げられないのだ。恐らく、空き箱を再利用しているだけだ。中身は予備のブーツか、外れていても野営用のテントあたりだろうと予想した。それっぽい金具がふたの隙間に見えた。
略号の記された木箱の中身は、ユハには想像もつかない。
と、
木箱と弾薬箱の間に、布の塊が突っ込んであるのを見つけた。その他の荷物がきちんと箱詰めされているので、それだけが嫌に目立ったのだ。もちろん手は届かないのだが、こちらに倒れてくれれば足が届く。足が届けば引き寄せるのは難しくなさそうだ。
ユハは少し考え、馬車の壁を叩いた。ささやかな震動はなんの結果も生まない。
今度は体ごと壁にぶつけた。さすがに木箱が震えた。いや、馬車全体が揺れているのだ。派手にすると表に気づかれるかもしれない。
後一回でやめよう。誰か来たら、立とうとして立ちくらみを起こしたことにすればいい。
そう決めて、再度体当たり。布の塊がぐらりと揺れて、こちら側に倒れた。思わず快哉を叫びそうになり、慌てて自制する。
床に寝そべって、布の塊を両のかかとに挟む。誰かに見られたら笑われそうな姿勢で、それを引き寄せた。中身は硬いもののようだ。それにけっこう重い。
心のどこかに引っかかるものを感じた。
起き上がって布を手に取り、ほどく。
剣だった。
「……?」
複雑な紋様を刻まれた束。大根も切れなそうな丸い刃。実用品ではない。
「お待たせ……ユハ?」
その声と、おいしそうな匂いと一緒に、スタンが現れた。
「なんなのよこれ?」
剣を掲げたまま、ユハはたずねた。腹は減っていたけれど、好奇心が優先されて夕食――時間的には夜食か――は目に入らない。
「マリチ教の、神剣」
スタンはそう言いながら、中身の溶けかかったスープをユハに差し出した。
「煮込みすぎているけど、味は悪くないから」
ユハはスープを受け取ったが、食欲は感じていなかった。猛烈な勢いで思考を回転させる。
神剣――タオを殺した凶器がここにあるはずがない。あれは報告に必要だとかで、指令が保管することになったはずだ。スタンがちょろまかしてきたのだろうか。
違う。そんなことをする意味がない。それに、よく見たら違うものだとわかった。
今、ユハが手にしている神剣は、剣先が潰れていなかった。これが凶器であるならば、宿舎の壁にぶつかった跡がなくてはならない。
「……偽物?」
「魔法、かけてみたら? ちょっとなら使えるんでしょう?」
「ミスリル製品身につけているとすんごい疲れるのよ」
そう言いながらも、ユハは神剣に魔法をかけた。キン、と鋭い音。間違いなく、《祝福》がかけられている。それに、この神剣はずいぶん古い。贋作ではない。装飾があちこちすり減っている。
「それね、病室でジジが見つけたんだ」
「病室?」
関連があるのかどうか、考える必要はなかった。
どう関連するのかは、少し考える必要があった。
凶器が二つ。
なぜ?
答えが出た。
「タオは自殺じゃない!」
不思議そうに首をかしげるスタンを見据えて、ユハは早口で言った。
「ここにあるのが本物の神剣。タオを殺すのに使ったほうが偽物。犯人が事前にすりかえておいた」
そう。
気付いてしまえば簡単なトリック――心理的な盲点に過ぎない。
「タオ殺害に使われた時、凶器になった神剣には、《祝福》の魔法がかかっていなかった。犯人は事件の後、ガブリエルによってそれを確認されるまでの間に、《祝福》の魔法を使った。同じものがずっと前から部屋にあったのだから、《祝福》が後からかけられたものだなんて、誰も考えなかった」
「犯人は、どうやってタオの位置を特定した?」
「タオは夕食後に仕事をする習慣だった、とか?」
「そういう話は誰からも聞けなかったよ」
スタンの反論は、どこか学校の教員を思わせた。答えはとっくに知っていて、生徒の思考を促すために遠回りの説明をしているような。
「手紙だ!」
「机に座ってください、とでも書くの?」
「わざとらしいなぁ。……手紙じゃなくてもいいけど、犯人は、読むのに時間がかかるものをタオに渡した。タオの部屋にあった灯かりは、机に固定された魔照灯だけだったから、十分位置を特定させられる」
「……今となっては立証できませんけど、多分、手紙で正解だと思います。前にも言いましたけど、犯人には密室を作る意図はなかったんでしょう。でも、タオは重要な手紙だと思ったから、厳重に部屋をロックしてしまった」
スタンはそう答えた。その表情に、ユハはかすかな悲しみの色を見た。直感で、スタンは犯人を知っているのだ、とわかった。
「どうして嘘を?」
「嘘ってわけでもないんですけど、他に説得力のある答えを考えつかなかったので」
「かばっているんだ」
スタンは一度目を閉じた。目を開いて、まっすぐにユハを見つめた。
「うん。僕は犯人を知っています。直接の関わりはないけれど、彼の気持ちがよくわかる。だから、彼を裁きたくない」
ユハは、黙ってスープをすすった。
スタンは瞬きもせず、魔法使いを見ていた。
「頼みがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
「黙っていろって言うんでしょ? 別にいいわよ。もうあたしには関係ない――」
「逃げて欲しいんだ」
「――事件だもの。……は?」
「だから、逃げて欲しいんだ。その剣を持って」
ユハは聞き返さなかった。スープをちびちび飲んで時間を稼ぎながら、スタンの言葉の裏を読もうと必死になって考えた。
この剣は、ユハに見つけてもらうために、一緒に積まれていたに違いない。スタンはユハにだけは説明するつもりだったのだ。
なぜ?
わからなかった。
ユハを逃がすメリットが、スタンには一つもない。
スタンは馬車の外を指差した。
「そこに、君の荷物と当座の食料を用意してある。手かせの鍵も用意してきた。その剣を持って逃げて欲しい」
「どうして?」
「君が言った通り、僕の報告は嘘みたいなものです。証拠はどこにもないし、あちこちに無理がある」
「糸を燃やしたところとか?」
スタンは少しだけ、驚きを見せた。
「……わかっていたんだ」
「人間を貫通して岩を欠けさせるほどの勢いで剣を飛ばしたら、糸につけた火なんか一発で消える。だから、証拠が残っていなければならないわ。証拠を残さないためには、剣が動かなくなってから――刺してから魔法を使う必要があるけれど、それはもっと無理。気道に剣が刺さっていたら、呪文なんか唱えていられない。それに即死っぽかったんでしょ?」
「そう。報告書を読んで、そういう矛盾に気付く人間がきっと出てくる。そんなところに、埋葬したはずの神剣を持って帰ったりしたら、誰かが真相に気づくはずです。どうして剣が二本あるのか、きっと考えるでしょう。そうなったら、僕が嘘をついた意味がなくなってしまう」
「どうしてそこまでして犯人をかばうの?」
ユハもまた、スタンを正面から見つめていた。嘘やごまかしの一切を見破ってやる。そういう気概が感じられる、まっすぐな目だった。
「幸せになって欲しいから」
スタンはそれだけを、本心から言った。
「犯人はこれまでの人生でずいぶんひどい目にあっているんです。もちろん、タオのせいで、です。身を守る為にはああするしかなかったんです」
「誰にも相談できない種類の問題……」
ユハは呟きながらうつむいていた。何か、彼女にも思い当たる過去があるのかもしれない。世間は子供をひとくくりにしたがるが、子供にも子供なりの人生があり、過去がある。スタンはそれに敬意を表し、なにも訊ねなかった。
「わかった。あんたを信じる」
「じゃあ……!」
「実績もあるしね」
スタンはうれしそうにうなずいた。ポケットから鍵を取り出し、ユハの手かせ足かせを外す。
「でも、あたしが逃げたら困るんじゃないの?」
「その心配はありませんよ。僕は君に殴られて気を失うんです」
「説得力ないなぁ」
「魔法使いがやるんだからなんでもありです」
スタンの物言いに、ユハは苦笑を返した。
「そうね……あんたはロリコンってことで周囲を納得させなさい。あたしの色仕掛けに騙されて手かせを外したってことでひとつ」
「……それはちょっと嫌ですねぇ」
いまさら嘘の一つや二つ問題ではないのだが、ジジに聞かれた時のことを予測して、スタンは青ざめた。説明すればもちろんわかってもらえるだろうが、説明する前に撃たれる可能性が大、というか確実に撃たれる。どこかに防弾チョッキの予備があったっけ?
と、そんな場合ではない。
「いいですよ。思いきりやってください」
「あざくらいつけないと疑われるもんね?」
拳を固めてユハがアッパーを放った。スタンの顎が思いきりのけぞる。魔法を使っているのかと思うくらい、重くて腰の入ったパンチだった。
しかし、スタンは倒れなかった。顎をさすり、
「効きました。……ご武運を」
「まだ早いよっ!」
ユハが右足を振り上げた。
「ふぶっ!」
くぐもった悲鳴をあげてスタンが崩れ落ちた。完全な不意打ち。しかも、男の急所に直撃である。
「これなら説得力十分。じゃねっ」
ユハは軽快な足取りで出て行く。
スタンは本気で悶絶していて、見送りの言葉は出てこなかった。
馬のいななきを遠くに聞きながら、スタンは気を失った。
†
協力者がいたことに加え、ユハの逃走が電光石火の勢いだったおかげで、輸送隊からの追っ手はあっさり撒けた。いや、脱走者の確保よりも、物資の安全を重視した結果だろう。強力な魔法使いだったから拘束が不可能だった、と言い訳すれば良いと判断されたのかもしれない。
ユハは今、帝都近郊の小さな宿場街に滞在している。スタンが用意してくれた荷物には食料だけでなく、半月程度は楽に暮らせるだけの現金も入っていた。どこから調達したのか謎だが、聞きに行くわけにもいかない。宿に付随していた温泉につかって、そのことは忘れることにした。
どうにかして帝都入りしたいところだが、かなり危険な状況だ。逃げ出したのはある意味正解で、ある意味間違いだった。行動の自由は確保できたが、目的地は遠くなってしまった。ほとぼりが収まった頃を見計らってこっそり行くべきだろう。年齢のおかげもあって、ユハが熟練した魔法使いだと見破られる危険は少ない。おかげでこうして気持ち良くゆで上がっていられる。
それでも、警戒するところはきっちり押さえておかないとなるまい。湯気の向こうに茫洋とした将来を描く。
件の神剣は、途中の山に埋めた。奪った馬もそこで放した。
逃走から、すでに半月近く経過している。
そろそろ路銀の心配もしなくてはならない。ミスリル製の手かせを持ってきていれば、換金してもっと余裕のある旅にすることも可能だったが、特殊な用途の品物は足がつきやすいので持ってこなかったのだ。
思考を切り替え、ユハは風呂からあがった。
脱衣場を出て部屋に戻る途中、宿の玄関のほうから、居丈高な声が聞こえてきた。
「とにかく凶悪な人物です。見かけたら刺激せず、我々にすぐ連絡を」
「ええ、それはもうわかっております」
番頭――だったと思う――の声も聞こえた。物騒な雰囲気を察して、ユハは身を潜めながら進んだ。自室の前を通り過ぎた。廊下の角から頭だけを出す。
帝国軍の制服を着込んだ男が数名、玄関に立っていた。その中の一人が、なにやら紙切れを番頭に手渡す。
「カウンターに貼り出してもらえるか? 情報提供者には金一封の用意がある」
「ははあ」
番頭は平身低頭。渡されたのは、何かの手配書のようだ。
追っ手がかかったか。それとも別の事件か。
「……しかし、ずいぶん若い。子供……女の子、ですか?」
「見た目に騙されてはいかん。トライアドと名乗る強盗団の構成員だ。帝都に向かっていた輸送隊を襲撃し、物資を根こそぎ奪った嫌疑がかけられている」
「な……!」
ユハはでかかった悲鳴を飲み込んだ。幸い、彼らには気づかれなかったようだ。
ちらりと見えた手配書には、どうにか女の子だと判別できる絵が書かれていた。
「輸送隊はほとんどが行方不明。魔法の人体実験に使われているともっぱらの噂だ」
軍人はとんでもないことを言った。信じているのかいないのか、番頭が、
「恐ろしいことですな……」
「うむ。帝国の危急のときであるからこそ、一般市民の協力が必要である」
「あれ。この顔……?」
以降のやり取りは、もう、ユハの耳には入っていなかった。
廊下を逆走。
自室に飛び込み、荷物を鞄にめちゃくちゃにつめ込む。宿の備品の浴衣を着たままだったと気付いたが、迷ったのは一瞬だけだった。結局、そのまま窓から飛び出した。
通行人の奇異の目など気にもならない。
(はめられた……!)
物資をさらったのはスタンだ、と瞬間で理解した。
裏付ける理屈は遅れて脳内を駆け巡る。
真犯人をかばう為に逃げ出して欲しいなんて嘘っぱちだったのだ。
スタンは――スタンとその仲間たちは、ずっと前から第三駐屯地の物資移送計画を知っていたに違いない。帝都から来た監察役のふりをして、物資をそっくり頂戴したのだ。そして恐らく、輸送任務に関わった人間のほとんどが、本物の軍人ではなかったのだろう。少なくとも、実際に輸送隊に加わったメンバーは、スタンの仲間――トライアドとかいう強盗団の連中と見て間違いない。
隊員が死体で発見されたのではなく、行方不明になったのがなによりの証拠だ。殺されたのではなく、一緒に逃げたのだ。
ユハを囮にして。
「……ふざっ……けんなよぉ」
ユハをわざと逃がし、偽情報を流す。
かくしてスタンたちは被害者となり、ユハだけが追跡される。
きっと今ごろ、どこかで祝杯をあげているはずだ。
理解が直感に追いつくにしたがって、猛烈な怒りが湧き上がった。
くそ親父に会いに行くのは後回しだ。
「よくもあたしをコケにしてくれたわねっ」
天を睨んで怒鳴った。往来に響き渡るその声はもちろん、軍服の一団にも聞こえていた。
「いたぞ! おとなしくしろ!」
だみ声が響く。
(あれ?)
途端に周囲にあふれ返る黒い群れに、ユハは既視感を覚えた。
つい最近同じような目に遭ったような……。
まあいいか。
脳裏に呪文を幾つか用意。
息を大きく吸って、ユハは怒鳴り返した。
「あたしじゃないわよっ!」
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