五章 魔法少女の大暴走・後

 何分待たせるんだお前らこのままじゃあたしもおなか減るしじゃなくて人質のおじいさんが参っちゃうでしょどうすんのよ。

 とかなんとか。多分そんなような意味の、とにかくでかい声が聞こえた。聞こえたと言うよりは、音波に殴られてスタンは目を覚ました。

 気絶していたのはどのくらいだろう? 

 体の自由が全く利かなかった。様子を探ろうとして力を入れたら、悲鳴も出ないくらいの激痛が走った。仕方無しに目だけを動かしてあたりを見まわす。真っ暗だった。頼りない触感を信じるなら、体になにか重いものが大量に乗っている。

 思い出す。爆音が二回あった。天井にひびが入るのを見たかもしれない。


「……生き埋めかぁ」

「そのようです」


 返事があったことに、スタンは魂を抜かれるほどの衝撃を味わった。

 が、考えて見れば、シェーンも埋まっていて当然ではある。

 不思議なのは、生きていること。

 考える。答えは一つ。


「ほーら、やっぱり魔法使えたじゃないですか」


 ため息が聞こえた。


「それどころじゃないですよ。このままじゃ僕ら、ここから出られません」

「なして?」


 暗闇に、濃密な血の臭いが漂っていた。自分のものももちろんあるのだろうが。


「僕の魔力だとですね、今の重さを支えるので精一杯なんです。動かせません」

「ちょこっとずつ動かすのは……」

「魔力を抜いた部分が落ちてきます。感触ですけど、全部で二トンぐらいありますよ」

 計算しなくても余裕で死ねる重量だ。その事実を認めたくないが為に、スタンはこう言った。


「天然石なんかで作るから」

「合成石も嫌じゃないですか? 貧乏人の墓石みたいで」

「言えてる」


 二人は暗闇で笑いあった。大丈夫だ。精神的にはまだ死んでいない。


「面白いこと言おうか」

「それって、面白くないことを言うときの常套句ですよね」


 さらに笑う。黙って体力の消耗を押さえるのが正しい対処なのだが、二人とも、自分が長くはもたないだろうと察しがついていた。


「僕ね、おふくろが十六の時の子供なんですよ」


 スタンの声にはいつもの笑みの気配が合った。余裕なのか、もう癖になっているのか。


「犯罪ぎりぎりじゃないですか」

「うん。姉貴は、十四の時の子供」


 スタンは笑いながら答えた。シェーンの笑い声だけが小さくなる。


「あー。やっぱりこれ聞いただけで、普通の家庭じゃないってわかりますよね。僕、父親が誰だかわからないんです。父親候補が三人いたから、デルタ。本名なんかなくてもどうにかなるもんです」

「死ぬ前に話しておこうというのなら聞きませんよ」

「違いますよ。さっきの続き。デルタ少年の復讐の物語」

「…………」

「おふくろは苦労人なんて生易しいものじゃなくて、被害者になるべくして生まれたような人だったな。誰に何を言われても簡単に信じてしまって。でも、頭が足りないとかそういうんじゃないんだ。今悪いことをしているのは、過去にひどい目に会った人たちだから、かわいそうだと思ってあげなきゃ駄目だって言うんですよ。お金の為じゃなくて、かわいそうな人たちを癒す為に娼婦をやっているんだって。おめでたいでしょう?」

「考え方は立派だと思いますよ」

「考え方だけね。感情抜きで考えて欲しいんだけど、十四の小娘に客を取らせる娼館に、母親そっくりのかわいらしい女の子と男の子が生まれて、育った。さあどうなる?」


 答えはなかったが、確認する必要もなかった。まだ帝国が強かった時代の周辺都市――被征服地域と言い換えても良い――つまり、金はあっても治安がいまいちの都市――で営まれている、非合法の娼館だ。子供たちは「商品」として育てられるしかない。


「おふくろは僕が十歳のときに死にました。客は姉貴が引き継がされました。十二歳で客を取らされたんだ。三年もたなかったよ。悪い客にあたって、ベッドの上で首を締められた。子供の苦しむ顔を見ないと興奮しないんだと」


「それで、復讐を?」

「そう。相手はわかっていたから、すぐに。姉貴と同じように、首にロープを二重に巻いた。長さは三倍必要だったけど」


 スタンはすらすらと言った。作り話のような滑らかさの中に、当事者ならではの乾いた絶望が詰まっていた。


「それからすぐに娼館を逃げ出した。いろいろやって、今はここにいる。とにかく強くなって頭も使って金も持たないと生き残れないってわかったからね。君も同じなんじゃないかと、僕は思っている」

「………逮捕するつもりはない、ということですか?」


 自白に等しい一言、だが、決定的ではない。


「さあ? ただ、こういう暗くて狭い所にいると、嫌でも縄の感触を思い出すなあ、と、それだけ。……ところで、後どのぐらいもつ?」

「……十分か、十五分か。その前に気付いて貰えなかったら厳しいです」

「難しいね。僕が指揮官だったら、まず事態の収拾を図る。捜索はその後だ」

「死ぬ前に一切合財、と言うのも心惹かれるものがありますけど」

「言えない?」

「言えません。僕は殺して終わり、ではありません。生き残りますよ。未来が欲しかったからやったんです」


 決定的な一言だった。


「手口は言えません。裁判になっても殺し方が立証できなければ無罪判決が取れます。……その前に、敗戦して帝国法がなくなるかもしれませんね」

「何度も言うけど、僕にはどうでもいい」


 シェーンがうなずく気配が、暗闇から伝わってきた。


「おっしゃる通り、僕がタオを殺しました。魔法を使ってです。総本山に入るよりもっと前、マリチ教の孤児院にいた頃から、僕はタオのおもちゃだったんです。それが理由で総本山で僧兵頭なんて上等な仕事もらえたのはありますけど。僕は、免罪符の金額など信用しない」


 シェーンは一瞬うめいた。スタンは身を起こそうとして、自身も痛みにうめく。


「僕が死んだら、タオの悪事を世に広めてもらえますか?」

「その時はこっちも死んでいる気がするなぁ」


 シェーンがくすりと笑った。精神的にはまだまだ大丈夫だ。


「ほとんど毎日だったんです。夜が恐かった。嫌だった。ベッドを見るのも嫌だったから、一人の日は床で寝ていました。こんなことをしていたらおかしくなると思ったんです。でも、ずっと総本山にいたから、普通の仕事なんか出来ないんですよ。自信があると言ったら武術だけ」

「それで徴兵事務所に?」

「ええ、そうです」

「軍にも危ない奴結構いますよ?」

「女性兵士がいるでしょう? 教会よりは尻の心配をしなくて済みます。それに、」

「いざとなればぶん殴ってわからせられる?」

「ええまあ、軍属になって自分に自信がつきました」


 スタンは即座に非合法な手段に訴えたが、孤児院で育ったシェーンは、いくらかは大人の愛情を注がれて育ったはずだ。力があっても、実力行使の選択肢そのものが出てこなかったのだろう。


「僕ね、今、好きな人、いるんですよ。この基地に。平和になったら結婚する約束です」

「……」

「本当にうまく行っていました。先月、あいつがくるまでは」


 そこまで話して、シェーンは沈黙した。相手について聞いても良いだろうか、とスタンは少し悩んだ。


「……タオは関係の復活を迫ったんですね」

「さっきのあれ……」

「ああ、すいません。偽物です」


 シェーンはほっとしたようなため息をついた。上のほうで、少し岩がきしむ音がした。


「あいつは偶然だと言っていましたけど、僕には信じられなかった。追ってきたんですよ。その話をされてから、彼女とうまく行かなくなったんです」

「心理的なもの……じゃないよね。大人の関係がうまく出来なくなった」


 うなずく気配が伝わってきた。


「ベッドに入ると、あの感触を思い出してダメになってしまうんです。明かりをつけて彼女が女だと確認してもダメなんです。あいつがいる限り男として生きていけないんだと思ったらもう、どうやって殺すか考えていました」

「慰めるわけじゃないけど、本当に偶然だったと思います。最近少年兵が増えていますから、タオはそれを当て込んでいたのではないかと」

「そうかもしれませんね」

「だから、あなたの行いは、一部では正義と言えます。僕は責めません」


 シェーンは声を震わせ、


「…………ありがとう」


 と言った。



 一方、上では大騒ぎになっていた。

 スタンがいつまでたっても現れないことにユハが苛立ち、魔法による威嚇をはじめていた。周囲の地面が弾け、さながら射爆場のような穴だらけの大地が生まれていた。

 ユハの攻撃時の口上は「隠していると為にならないぞ」。誰がどう見ても悪役丸出し。

 周辺はもっと大騒ぎになっていた。

 スタンは指名されたことに驚き、逃げ出したのではないかと首脳部は考えていた。

 スタン捜索隊は人数を倍増して、木箱の一つ一つまで空けるような勢いで捜索していたが、報告は全て「ここにはいません」だった。

 事態の打開を図る為、突入計画が練られたのはごく当然の成り行きである。


「とにかく数で押す。雷撃は消耗が激しいそうだから、広範囲に連続して撃つのは難しいだろう。多方向から殺到すれば、半分は宿舎にたどり着ける」


 突入班からブーイングが出ること間違いなしの計画だが、これを封じる為に、先頭はガモン大佐が務めることとなった。


「建物には入るな。崩されたらまず助からない。負傷者が出ても、奴を確保するまでは救出できん」


 はしごを持って一斉に突っ込む。

 とんでもなくシンプルな作戦である。

 人質である司令の命は「助かったらもうけもの」との暗黙の了解が交わされた。

 はしごは魔法による着火を防ぐ祝福がかけられた。

 決行は日没を待たなかった。理由は三つ。人質にされている司令が、三時頃から全く動かなくなっていたこと。ユハはじわじわと消耗しているはずであり、そろそろ頃合である――これ以上消耗させると、かえって警戒されるであろう――と判断されたこと。ユハが潜入した夜の戦闘時より強力な魔法を連発していたことに、将校たちは気付かなかった。あの日、実験小隊が出動していたなら、おかしいと気付いていただろう。

 最後は――取ってつけたようなものではあるが――本命の部隊が西日を背負って突入できること。

 なにか動きがあったら突入せよ。

 指示は静かに、しかし確実に伝わった。

 太陽がほぼ水平位置に達した。じっと見ていると、落ちていくのがはっきりと観察できる。三分の一ほどが地平線に消えた。

 ユハが叫んだ。


『遅い!』


 直後の兵士たちの行動は見事だった。文字通り、四方向から一斉に飛び出したのだ。本命の部隊に二人、正面の部隊に一人の魔法使いが紛れ込ませてあった。正面の部隊、各自の兵士が持っていた矢を放り上げた。リリが呪文を放つ。指向性を与えられた矢が、一直線にユハの顔面を目掛けて飛んでいく。もちろん囮だ。止められて当然の先制攻撃は、ユハが生み出した上昇気流に阻まれて散った。


「反撃くるぞ! 盾兵!」


 オーマが怒鳴った。

 ユハは散らした矢が地面に落ちる前にコントロールを奪い、正面の部隊に撃ち込んだ。鎧を身に着けていない兵士が前面に出た。彼らは武器を持っていない。代わりに、身の丈ほどもある分厚い板を抱えていた。板を地面に次々に立てる。散開していた兵士がその陰に走り込んだ。ユハの放った矢が、板に阻まれて止まった。

 オーマ中佐がにやりと笑った。

 飛び道具が効かない――どころか、逆利用されることは容易に予測できていた。

 銃器が一般化されるまで――ほんの数年前ではあるが――戦場で飛び道具と言えば弓矢であった。攻城戦において、矢の猛攻を食い止める為に活用されたのが、盾専門の軽装歩兵である。彼らは戦場を走り回り、友軍へ降り注ぐ矢を食い止めるため、無数の板を立てて回った。突撃隊はそれを利用しながら敵陣に肉迫するのだ。わざわざ古い道具を持ち出して来たのは、銃弾は視認が難しいが、矢ならそれほどでもないからである。そして、古い道具への対処であれば、軍には十分な戦術の蓄積がある。そして、この戦術にはさらなるメリットがあった。魔法で飛ばしている矢は、ほぼ水平に飛ぶ。人質の司令に間違って当ててしまう心配がなかった。

 互いに損害はない。だが、時間は確実に進む。数で勝る帝国兵が、前進する時間が。


「第ニ射!」

「こしゃく!」


 本命の部隊のガモン大佐の耳に、ユハの怒声が聞こえた。魔法によるものではなく、肉声だ。正面部隊との応酬は短時間だったが、おかげで本命部隊は宿舎にかなり接近していた。

 ついに、先頭の兵士が宿舎の壁に到達した。


「突入! はしごの保持を優先しろ! 一斉に登るんだ! 重くなればそれだけ干渉されにくくなる!」


 本命部隊の四本のはしごが屋上に届いた。根元を兵士ががっちりと固定する。ちょっとやそっとでは動かない、と誰もが確信していた。ガモンが真っ先にはしごを登る。


「バーカ」


 ユハの声が、すぐ側で聞こえた。

 見上げると、悪魔的な笑みがあった。悪魔のつま先がはしごの先端にかかっている。

 ちょい、とその足が動いた。


「魔法使いが魔法しか使わないワケないでしょうが」

「なんだとおおおぉぉぉ!」


 突入部隊が使用していたのは二階家の屋上まで一気に届く長いはしごなわけで、当然、てこの原理で簡単に動いてしまうのである。次第に遠くなっていくガモンの声を聞きながら、ユハは残りのはしごも蹴倒していった。

 自由落下していくはずのガモン他十数名の体が、不意に浮き上がった。下にいたサイモンとハンスの魔法であろう。それでも無数の兵士が押し潰された。負傷者多数。死にはすまい。

 しかしその間に、残りの二部隊が屋上に到達していた。乱気流を生んで矢を流しながらでは、ユハにも完全な対処は不可能だった。

 兵士たちは勢いを殺さず、ユハに殺到する。先頭の兵士が、ユハが何か持っていることに気付いた。


「酒瓶?」


 その瞬間の彼の観察眼は、なかなか見事だったと言える。

 白いぼろぼろの外套をまとった少女。酔ってはいないようだが、頬がほんのりと赤かったと、彼は後に証言している。

 また、ユハの額と両手の甲に、紫色の刺青があったとも証言した。

 魔除けの風習だろうか。

 だが、拘束されていたユハに、そのような刺青は確認されていない。帝国内の主要宗教にも、そのような風習は存在しない。

 騒ぎが収まって再逮捕されたユハの額にも、それは見受けられなかった。

 そのことから、この兵士の証言は信憑性を疑われることになるのだが、今はそれほど重要ではない。ただ彼は、『刺青が光っていたような気がする』とも言っている。

 少女は笑った。

 追い詰められての笑いではなかった。言うなれば、策士の笑みである。


「《龍理六仙》!」


 呪文に呼応して、宿舎の天井にひびが走る。天然石の強固な天井が包装紙のようにはがれた。浮き上がった岩塊が次々に砕ける。足場を失った兵士たちが落下した。衝撃の余波がはしごを倒し、数十名の兵士が逆さまに落ちていく。砕かれた天井は拳大の石になり、螺旋を描きながら宙に上った。一瞬の停止。


「……《散》……」


 静かな掛け声に反して、石つぶては砲弾もかくやと言う勢いで全周囲に降り注ぐ。兵士たちが頭をかばいながら四方に散った。運の悪かった十何人かが直撃を受け、無事な兵士に担がれて非難していく。

 荒れ狂う石つぶてが隣の宿舎の壁を叩いた。そちらもあっという間に崩壊。破壊した建材を飲み込んだ石つぶては龍のようにうねり、あちこちを破壊した。石粉と土埃が舞い上がり、全員の視界をふさぐ。

 悲鳴と混乱の渦巻くなか、ユハはたいした意味もなく高笑いした。


「甘い甘い甘すぎるっ。……げほげほっ」


 笑いながら酒瓶をあおってむせた。こみ上げる吐き気を無理に飲み下す。好きで飲んでいるわけではないのだ。

 その時、


「……おこちゃまの飲酒は感心しませんね」


 その声はか細かったが、ユハの肝を冷やすのに十分な近さから聞こえた。


「ろ、《六仙》の破壊陣を抜けた? そんな、いったいどうやって……っ!」


 まずい、と感じた。即座に魔法を解除。制御を解かれた石つぶてがそこらじゅうに降り注ぎ、新たな怪我人を量産したが気にしてはいられない。次の手に備える。声はかなり近かった。すでに懐に入られているはずだ。会話を中継していた浅黒い女か? 

 いや、違う。

 男の声だった。しかし、確認できていない残りの神官でもなかった。

 知っている声だ。


「……でも、おかげで生き埋めにならなくて済んだんですから、見逃してあげます」


 下だ。

 ユハは足場として残した屋上のふちに立ち、下をのぞき込んだ。

 血塗れになったスタンと、もう一人の士官を見つけた。


「……投降して僕らを助けてくれませんか? あなたが無罪だという報告書を書く人間がいなくなっちゃいますよ?」

「謎が解けたの?」

「……ええ。でも説明する前に死んじゃうかも」

 スタンはそう言って目を閉じた。隣の士官は先ほどから全く動いていない。

「スタン!」


 ユハは泣きそうになりながら飛び降りた。

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