五章 魔法少女の大暴走・中

 事件と呼ばれるもののほとんどがそうであるように、解決の形が観察者の目の前に、数式のような滑らかさを持って現れることはまずない。重要な事柄のいくつかが、同時進行する場合もしばしばである。

 今回のそれは、ユハの足元、タオ・マリチ・ロアンの部屋で進行していた。もちろんこの時点では、ユハはまだ彼らの頭上に到達していないのだが。


    †


「こんなところに呼び出してどうしたんですか?」

「ちょっと聞きたいことがあって」


 スタンはそう答えながら、壁を舐めるように見ていた。


「儀礼用とは言え、剣は剣なんだから、むき身で転がしておくとは思えないんだよね」

「神剣、ですか? 元から鞘はありませんよ」

「うんそう。あ、これかな?」


 スタンは本棚の脇にあるフックを指差した。


「ここにぶら下げてあったんですね。これなら、注意すれば音をたてずに持ち出せる」

「部屋に入った時点で気付かれると思いますが……」

「だね。タオは机に向かっていたけど、居眠りはしていなかっただろうね。……となると、犯人は部屋に入らずに犯行に及んだ。これなら、鍵のことも考えなくて済む。邪魔されたくなかったタオが、自分でかけたんだ。機密書類かなにかかな? チェーンだけじゃ不安だったんだろうね。手紙を読み終えたら部屋を出るつもりだったから、鍵は机の上に置きっぱなしにしていた」

「手紙?」

「インクを出していなかったから。少なくとも、書く仕事じゃなかった。でも机に向かっていたのは、読むほうの仕事があったと考えられませんか?」


 しゃべりながら、スタンの手はベッドの下を漁っていた。そこが衣装ケースになっていると知らなければ、友人宅でエロ本を探している悪ガキに……は見えなかった。スタンももう一人も、見目は一般よりかなり整っている。優等生だろうが美少年だろうが読む奴は読んでいるのだが、そこはそれ、見た目の印象は大きい。


「何を、しているんですか?」

「んー?」


 スタンは引き出しの中身を一つずつ広げていた。

 ベッドに並べられたものはほとんどが衣類だった。おっさんのタンスを漁って何が楽しい、と言いたげな視線をものともせず、スタンは次から次へと中身を並べていく。


「ベッドの下ってのはやっぱり、隠しアイテムの基本だと思うわけでして、もちろん探す気になって探すならこれほど手ぬるい隠し場所もないのだけれど、基本的に探されない、と思っているなら、お手ごろではあるでしょう?」 

「そんなものですか?」

「そんなものです。ところで、魔法が使えるでしょう?」

「誰がですか?」

「あなたですよ。シェーン・ケイジ少尉」

「いいえ」


 シェーンは即答した。しかし、「構えていたな」と思わせるに十分な不自然さがあった。


「やっぱりね、僕、この事件には魔法が使われていると思うんです」

「凶器は《祝福》されていたんですよ?」

「だからそこにトリックがある」

「どんな?」


 スタンはいつもと違い、にやりと笑った。真意は量れない。


「まあ、その辺のパズルはもう、あんまり興味ないんです。正直、誰がやったかはわかっていますから」

「僕だと言いたいんですね?」


 スタンにはこの問いにも、笑顔を返した。先ほどと全く変わりがないのに、今度は含みがあると感じられるから不思議だ。


「僕は魔法に詳しくないから、間違っていたら指摘してください。ええっとですね、神剣は確かに《祝福》がかけられていたので魔法をかけられない。でも、魔法をかけられないのは神剣だけだったんじゃないかなと思うんです。……容疑者の女の子、知ってます?」

「ええ。結構な使い手らしいですね」

「その子がね、捕まる前に面白い魔法使ってたんですよ。兵士の動きを遅くする魔法と、二メートル以上飛び上がる魔法」

「え?」


 聞き返したことが、シェーンの魔法知識を物語っている。


「そう。最近知ったんですけど、魔法は人間にはかけられないんですよね? 思うに、駄目なのは『人間に直接かける場合』だけで、服には魔法がかけられるんじゃないですか? 袖を引っ張れば剣筋を逸らせられる。靴を重く……出来るのかな? とにかくそういう方法で、結果として相手の動きを阻害するのは簡単なんじゃないでしょうか?」

「……魔法使いが近接格闘を行う場合の基本です。よくわかりますね。誰にも聞いていないんでしょう?」

「観察眼には自信がありまして。……で、今回の事件も同じことをやったのではないか、と言うのが僕の推理です。神剣になにか、布でもなんでもいいですけど、魔法をかけられるものを取りつけ、それを動かしてタオを殺害する。事件の後、証拠品を隠してしまえば不可能犯罪の完成です」

「無理ですよ」


 シェーンは冷静にそう答えた。


「仮に僕が魔法を使えたとしてもですよ。現場に踏み込んだのは僕のほかに、副指令と、ガモン大佐がいます。デルタ少尉が言ったような証拠隠滅を図るには、その二人も共犯でなくてはなりません」

「僕のことはスタンで良いって言ったのに……」


 スタンは笑顔を変えなかったが、シェーンの雰囲気は固いままだった。


「ま、いいです」


 スタンはあっさり認めた。中身が空になった引き出しをベッドから取り外し、ベッドの下に潜る。


「あ、あったあった」


 裏に、ごわっとした布製の袋が貼り付けてあった。スタンは布袋の中身をベッドの上にぶちまける。

 出てきたのは、黒い皮のベルト――いや、首輪だ。ペット用ではない、

 人間用サイズの、首輪。

 幅広のリストバンドもあった。素材は同じく皮。


「見覚えが、あるでしょう? そんな所にあったのか、とでも思っています? 実は僕、探し物に関してはプロ級でして。あると思ったものは、たいてい見つけられます」


 スタンが言う。シェーンはかすかに青ざめていた。心持ち、肩も下がっている。


「見覚えなんかありませんよ」

「嘘です」


 スタンに断言されて、シェーンはかすかにたじろいだ。


「タオの趣味は調べがついているんです。その被害者があなただったことも」

「………」


 はったりだった。

 言葉は憶測から。証拠品は適当にでっち上げただけの、よく見れば縫い目も新しいものだとすぐにわかったはずだ。

 しかし、シェーンは確認しようともしなかった。かすかに怯えを見せ、視線をそらそうとしているのだが、それもうまくいかない様子だ。

 こうも簡単に態度に出すとは、仕掛けたスタンの方が驚きだった。

 それほどまでに彼は張り詰め、落ち着かない状態でいたのだろう。ジジがシェーンを怪しんだのは、どこかでこの気配を感じたからか。ジジはああ見えて気配りが細かいのだ。だから、面倒な物資の確認作業にまわっている。

 いや、自分が鈍いだけだな、とスタンは思った。


「動機は、復讐ですか?」


 シェーンは答えなかった。

「あなたが魔法を使えるかどうか、どうやって殺したか、そんなことに、僕はそれほど興味ありません。疑問点は一つだけ、復讐にしては、やり方が地味じゃありませんか?」

「地味?」

「復讐の醍醐味は殺すことではなく、『お前のせいで俺はこんなに苦しんだんだ。今度はお前の番だから覚悟しろ』と宣言することではないでしょうか? 憎い相手が床にはいずって靴を舐めてくれたら、それこそ気分爽快。こっそり殺しても気が晴れない。タオがどれだけ悪い奴だったか、誰かに話したいんじゃないですか?」

「よく色々思いつきますね。作家にでもなりますか?」

「別に考えたわけではなく、僕にも経験があるからです。作家になるかどうかは、平和になってから考えます」


 スタンが何を考えているのか探ろうと、シェーンはスタンを凝視した。しかし、何もわからなかった。分厚い笑顔の仮面が、他人を拒絶する手段の一つであると感じただけだ。


「復讐したい、と思ったことがある……」

「ええ。思っただけじゃなく、実際にやりました」

「それは、あな」


 あなたも誰かを殺したのか、と聞こうとしたその時、いきなり天井が崩れた。

 ユハの暴走が始まったのだ。



 交渉はいきなり膠着している。

 スタンを連れてこい、とユハは言ったが、誰もスタンの所在を知らなかった。ユハの足元に埋まっているなどとは、想像もつかない。

 当初からスタンを探していたジジは、副指令の命令でスタンを探し始めた兵士から、ことのあらましを聞いた。その頃には、探せる場所はほとんど探し終えていて、どこか見つからない場所でサボっているのではないか、という疑念も半分捨てていて、予期せぬトラブルの心配が大きくなりつつあった。


「ガキに好かれる男だとは思っていたが……」


 自分が嫌われやすいだけだろうか。ジジにとっては、子供などうるさいだけの存在だ。

 看護施設に入った。怪我人に紛れて転がっているかもしれない、と思ったのである。


「誰か、スタン・デルタ少尉を見なかったか?」

「また行方不明者ですか?」


 女性の衛生兵にそう聞き返されて、ジジは驚きを隠せなかった。


「また? 他にも誰かいないのか?」

「かれこれ十人近く、所在がつかめていません」


 衛生兵がそう答えた。

 隣にいた、別の女性兵士が金切り声を上げる。


「シェーンが、ケイジ少尉がいないんです! 隊のほかの人はいるのに、シェーンだけいないんです!」


 この衛生兵はシェーンに片思いでもしているのだろうか。やけに熱っぽい声だった。


「見つけたら連れてくる」

「ありがとう、ござい……」


 そう言いかけた衛生兵が、不意に崩れ落ちた。ジジはとっさに手を伸ばしたが間に合わず、衛生兵は床に頭を打つ。嫌ぁな音がして、一瞬、病室に沈黙が降りた。


「エミリー!」


 別の衛生兵が叫んだ。

 衛生兵がうつろな目を開く。肌の色艶からして、栄養失調や貧血ではない。恐らく、心労によるものだろう。こんなタイプが従軍しているとは。どこもかしこも人手不足だ、とジジの中の誰かが冷静に批判していた。

 とにかくエミリーを起こさなくては。そう考え、ジジは膝をついた。おりよく衛生兵の一人がエミリーの足を持つ。


「どこに?」

「一番奥のベッドに。まだ怪我人が運ばれてくる可能性がありますから」


 その辺に寝かすと緊急時に邪魔になる。


「こんなのが軍にいるから……」

「許してやってください。エミリーは普通の看護婦なんですよ。血を見て倒れたんでないだけましです」


 そんなことを言いながら、二人はエミリーを奥のベッドに乗せた。五分も放っておけば復活するだろう。

 それよりスタンはどこに行ったのか。

 走りまわってどうなるものでもない。少し考えよう。

 と言うのは七割までが自分への口実で、ジジも少し疲れていた。エミリーの邪魔にならない位置に座って足を組む。軽く引いたかかとが、何かに触れた。


「?」


 ベッドから降り、伏せる。

 ベッドの下に、布でぐるぐる巻きにした細長いものがあった。医療器具にしては変だ。杖の類なら布を巻く必要はない。好奇心からそれを開けてみようと思った直後、


『遅い!』


 魔法で目一杯拡張された声が響いた。

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