四章 入れない部屋 触れない凶器・後

 その翌朝。

 スタンはジジと朝食を共にした。無論、部屋は別々であるし、与えられている任務も違うので、行動は必ずしも一致しない。たまたま同じ時間に、同じテーブルについてしまっただけである。

 この「たまたま」は、ほぼ毎日発生している。飯食う場所がないのだから仕方なかろう、とジジは言う。スタンに会いたくないのだろうか。


「予定通りにはいかないと思っていたが……」


 ジジは長い爪でゆで卵の殻をむきながらそうこぼした。

 下士官の食事は貧相な――ユハに与えられたものと大差ない――メニューであった。それでも、厳しい物資統制下にある帝都よりは、三食必ず食べられる点と、朝に一個だけつくつくゆで卵の分だけましなのである。運がよければ肉が出る日もあるのだが、肉が出るたびに卵の供給量は減る仕組みだったりする。


「ずいぶんごまかされているようだ。……む」


 黄身の周りがうっすら緑色になっているのを見て、ジジは眉間にしわを寄せた。


「ゆで加減がなっていない」

「朝から怒らない」

「怒りたくもなる。書類の半分も実物が残っていれば上出来なんだぞ? 無くなった銃器はどこに消えた? 放出バザーか? チャリティオークションか?」 


 スタンが集積所で物資の積み込みを確認していたのに対し、ジジは各施設を回って、予定通りの物資が残っているかの確認を担当していた。もちろん、平時でもないのに軍用品の放出バザーなど開催されない。チャリティは言うまでもない。


「誰かがごまかしていたとしても、いまさら追求して責任取らせる時間的余裕はないよ。もちろん、」

「物資も返ってこない。わかっている。わかっているから怒っているんだ。それに書類の改ざんも目立つ。やるなら表面上の数字だけでも合わせておけと言いたい」

「案外、どこかの工作員がやってるんだったりして」

「笑えないな」


 ジジは半分に割ったゆで卵を、塩を盛った皿に、すり潰すような勢いで押しつけた。

 スタンはジジから目をそらし、何気に食堂を見回した。

 第三駐屯地には二つの食堂がある。兵卒用と、士官用だ。階級によって食事の質が変わるわけではないのだが、非戦闘員も含めて千人近い隊員を一同に集められる施設を作るのが困難だったこともあり、そうなっている。一部の将校は自室で食事を取れるようになっているが、誰もが自室にこもっているわけではないようだ。食堂の隅に二人ばかりの将校がいて、書類を片手に乾し肉をくわえているのが見えた。肉をいつまでも飲み込まないのが貧乏くさい。

 そこから少し離れた場所に、私服――平服ではない。本当の「私服」だ――の一団がいるのが目立った。目を凝らさなくても、実験小隊の面々だと判別できた。彼らもタオと同じように、まだ正式な任官を経ていない。スタンが見ていたのに気付いたのか、その内の一人が会釈を寄越した。

 サイモン・ヨーン。総本山出身の男性だ。若者と呼べるかどうかは、観察者の年齢に左右される。

 サイモンの疲れた顔にスタンは笑みを送り、食事を中断して立ち上がった。


「大丈夫ですか? 具合が良くないようですけど」


 上官が死んだのだから具合が悪くて当然なのだが、スタンは葬儀屋のような口調でそう言った。サイモンは頼りない声で「ええ、まあ」と答えた。その隣がハンス・ガーフィー。ハンスの対面にリリ・シャン。リリの隣がガブリエル。神官の位にいたのはガブリエルのみだったはずだ。四人の顔とプロフィールを、スタンはすでに覚えていた。

 ついでに、彼らの事件当夜の行動も調べてある。ユハに言われなくても、実験小隊を一度は疑うべきだとは気付いていた。その結果、彼らは兵卒に混じって酒を飲んでいたことが判明した。目撃者は両手両足の指を使ってもまだ足りないほど大勢いる。トイレにすら一人でいけないほどの大人数だったようで、小細工は不可能と見て良い。

 凶器が《祝福》のかかった神剣でさえなかったら、こっそり魔法を使うことも可能ではあったのだが、相当な人数がいたのだから魔法を使っていれば誰かが気付いたはずだ。気付いていて黙っている可能性もないわけではないが、兵士たちが実験小隊をかばう理由はどこにもない。

 ガブリエルがきつい視線をよこした。

 分派の神官と総本山の準神官ではどちらが偉いのだろうか。瞬間的に湧き起こった疑問はしかし、意味のない事柄だった。少なくともこの四人の中では、ガブリエルが気丈に見えた。ふと、彼女には子供がいるのではないだろうかとスタンは考える。男は陥落させる相手が、女は守るべきものがあると強い。

 次に平静な様子なのがリリ。まだ十代のようだが、それでいて、意外に落ちついた雰囲気をかもし出していた。突発的な事態に対応する能力は、女のほうが高いということなのかもしれない。


「災難でしたね」


 スタンはそう言った。互いを探り合うような視線が、テーブルの上を交差した。

 やがて口を開いたのは、ハンスだった。


「災難といえば軍に協力しているのがもう、そもそもの災難です」


 その声がいくらか大きかったので、ガブリエルとサイモンが恐がるような視線を散らした。周囲に、彼の発言を気にしている様子はない。


「あなた方は、志願してここにいるのではないのですか?」


 スタンが訊ねる。


「どうしてそんなこと」


 さすがに今度は控えめな声で、ハンスが答えた。スタンはそちらに無意味な笑みを向ける。


「教会関係者は徴兵されないって聞いたことがあるんで」

「それは確かにそうなんですけど、上は色々で……」

「およしなさい」


 サイモンの言葉をガブリエルがさえぎった。


「兵隊さんに聞かせるようなお話ではないでしょう?」

「良かったら教えてもらいたいんですが」

「良くない、と申し上げているのです」

「そうですか」


 ガブリエルに即答されて、スタンは素直に引き下がった。

 リリは一人、黙々と食事を続けている。一瞬だけ、スタンに対して値踏みするような視線をよこした。


「お邪魔して済みません。なにかお力になれることがありましたら、お気軽にどうぞ」


 スタンはそう告げて、ゆっくりと自分の席に戻る。食事を再開。

 もの言いたげな視線が背中に刺さるのを感じた。

 こういった場合、えてして持ち込まれるのは相談ではないと、スタンは経験から知っている。よくて自己弁護、悪くて密告と相場は決まっている。どちらがきてもスタンにはありがたい。判断材料が増えるからである。実験小隊が団結していないことは、今のやり取りからも明らかである。

 とはいえすぐには話をしに来てくれないだろう。

 スタンはことさらゆっくりと食事を再開する。ジジはとっくに食べ終わっていて、輸送予定品目録を眺めていた。


「ところで」


 目録になにか書き込みながらジジが言った。

 スタンはペン先の動きを読み取る。「所在不明」と連続して書き込んでいるようだった。

 昨日のお返しをしてやろう、とスタンは子供っぽいことを考えて黙っていたのだが、ジジはスタンの様子を見ようともせず、続けた。


「スタンは魔法にこだわっているようだが、あの宿舎に寝泊りしている人間なら、魔法に頼る必要が全くないのはわかっているか?」

「え?」


 考えてもいなかった。人の出入りできない状態であるとわかった時点で、スタンは思考の大部分を、魔法の活用法の考察にむけていた。


「司令、副指令はもちろんとして、少佐以上の階級なら、物理的に犯行は可能だ」

「どうやって?」

「合鍵を事前に用意する。忍び込む。刺す」

「それだけ?」


 そんなものは推理でもなんでもない。


「合理的な判断だ。犯行後は自分の部屋に帰るだけ。これなら、表を歩くところを誰かに見つかる心配もない。タオが机に向かっていた理由も説明できる。顔見知りが相手だったから警戒しなかった。時間的にはオーマ中佐が最有力だな。隣の部屋なら行って殺して戻ってもせいぜい三分」

「……難しいんじゃないかな」


 スタンは自分自身が難問になったような顔で首を傾げた。


「タオが任官していたら、少佐になっていたんだよね。と言うことは、上官が来たら仕事を中断して相手するんじゃないかな? 少なくとも机のほうじゃなくて、客のほうを見るよ」

「帰り際にざっくり」

「それだと、三分じゃできないね」

「三分はただの目安だ。見つからないなら一時間かけても問題ない」

「その一時間に誰かが呼びに来る危険を冒して?」

「現実的ではないか?」


 そうとも言い切れないかな? とスタンは思った。とりあえず保留だ。仮にそうやって部屋に入り、帰り際に後ろから刺すとして……。


「やっぱり無理ですよ。帰ろうとした客が戻ってきたら、普通、気がつきます。タオの死体は鎖骨の上あたりを貫かれていました。傷口はまっすぐでした」


 つまり、本当に真後ろから刺されたのだ。同じ理屈で、暗殺者の存在も否定できるかもしれない。タオが相当熱心に机に向かっていたのでない限り、ドアが開いたら気付くはずだ。タオが机に向かいつづけるためには、警戒の必要がない相手で、なおかつ仕事を中断しなくても良い相手である必要がある。部下だろうか。しかし、実験小隊の面々はあの夜、タオの部屋を訪ねていない。


「こういうのはどうだ? 事前にタオに薬を盛る。眠らなくても、意識が朦朧としていれば簡単に刺せる」

「それも無理ですよ。タオは食事をここで」スタンは指を左右に振った。「下士官食堂で取っていましたから」

「一人で?」

「そう。一人です。食事当番がぐるとか言わないで下さいよ」


 ちなみに、下士官食堂はセルフサービスだ。特定個人の食事に薬を混ぜるのは不可能と見てよい。


「では、一階の住人全員がぐる。二階を除外するのは、」

「司令の部屋に立ち番がいたから」


 スタンはジジの言葉を奪い、ため息をついた。


「……思いつきだけで言っていませんか?」


 ジジは無表情に赤ペンを走らせ、ちらりとスタンを見た。


「そもそも、部屋のドアは鍵だけじゃなくて、チェーンもかかっていたんですよ? 合鍵一本じゃあの状況を作れません。やっぱり魔法が必要です」

「今ごろ気付いたか」

「ええ。……って、ええ?」


 ため息をつき、ジジは赤ペンを胸ポケットにしまう。


「針と糸」


 唐突な言葉だったが、スタンは即座に理解できた。密室トリックの代表的なものだ。


「針も糸も端布ありませんでしたよ。と言うか、そのトリックではあの部屋のチェーンはかけられませんし、鍵のプレートについた血痕が説明できません」

「いくら考えても無駄だ。本業に戻れ」

「気にならないんですか? 密室ですよ不可能殺人ですよ?」

「密室もあり得ないし不可能殺人もあり得ない。興味があるのは仕事と報酬。わかったら働け」


 ジジは目録の端を揃えて立ち上がった。

 スタンはそれを見ようともせず、現場の情景を思い出していた。しばらく考えたが、新しい発想は訪れなかった。


「……あ」


 現実に戻ってくると、ジジの食器がそのまま残っていた。



 食事を終えて表に出た。ジジはすぐに昨日の続き――物資の在庫確認作業――に向かった。スタンはわざとらしく、ひとけの少ない場所を選んで散歩した。

 十五分ほども歩いただろうか。食料庫が並ぶ一画の、空の木箱が積まれた日陰だった。


「何かご用ですか?」


 そう言った。振り向く。尾行には気付いていたのに、ちょっとした驚きと、失望を味わった。スタンの予想では尾行者はリリだったのだが、実際には、サイモンとハンスの二人だった。二人来たのが驚きだった。失望はつまり、どうせ話を聞くなら若い女の子から、というつまらない理由だ。それともう一つ、何らかの密告が聞けるのであれば、一人でくるはずだからでもある。


「こちらとしても場所は選んだつもりですが、よろしければあなたがたのどちらかのお部屋に行きますか?」


 しかしスタンは表面上の笑顔を崩さなかった。人はこうして詐術を磨くのかもしれない。


「いや、ここで結構です」

「できればあの二人には聞かれたくない?」


 軽い調子で言って見たのだが、ハンスは見るからにうろたえた。スタンは木箱に座った。幸いなことに、汚れてはいなかった。二人は立ったままだ。


「私たちがなぜここにいるか、からお話します」


 サイモンはそう切り出した。話がどう動くかわからなかったので、スタンは黙って聞く。


「これは総本山内部の、特に上のほうしか知らない話なんですが、マリチ教を国教にしようという動きがあるんです。根回しはずいぶん前から行なわれていて」

「ちょっと待った」


 スタンは片手を挙げた。


「……本気?」


 質問は短かったが、その意味をサイモンは察したようだ。

 ――戦争に負けて帝国がなくなる可能性が高いのに、国教になることにどれほどの価値があるのか?

 サイモンは肩をすくめた。


「話が出た当時は旗色がよかったからでしょう。そして、一度動き出したものが容易に変更できないのは、軍でも国家でも同じでしょう? 教会だって大きな組織ですから」

「……そうすると、五年以上前から始まっていた動きだってことですね」

「そうです。それで、今回の我々の派遣は、その最終段階に近い活動です」


 軍に、と言うより政府に貸しを作っておこうという動きだろう。そうまでして布教活動を進めたいものだろうか? 金になるとも思えないが、名前に箔をつけたいのだと思えば、納得できないこともない。大きな組織ほど、まず看板を気にするものだ。


「ええっと、そうすると……」

「はい」


 まだ聞いていないのにハンスが答えた。


「私たちは、好きで軍に協力しているわけではありません。上層部の意向と力関係と人事の都合と……そういったものの綱引きの結果、はじき出されたに近い形でここにいます」


 スタンは考え込んだ。なにも返事がなかったことで、ハンスはおびえたように続ける。


「このお話をあなたにしたのは、もちろんあなたが事件を調べているからです。そのうちわかると思ったからです」

「そう? 帝都に行かないとわからない情報だったと思うけど」


 そうでもないはずだ、とスタンは思い直した。第三駐屯地内にも、その辺の事情を知っている人間がいるはずだ。少なくとも、病気でふせっている司令と、司令の職務を代行している副指令は知っているだろう。


「あの、私たちの処遇はどうなるのでしょうか?」


 そんなことを聞かれても、スタンには答えられない。人事担当の事務官にでも聞いて欲しい。とはいえ、突っぱねて機嫌を損ねられても困る。聞けるはずの情報を自ら手放すのはただの阿呆だ。


「まだなんにも決まってないんじゃないかな。……あ、そういうことか。実験小隊の誰かが、実戦に参加したくなくてタオを殺した、と疑われるのが恐い」

「ええそうなんです」


 ハンスはほっとしたのと泣き出したいのの中間の表情で言った。


「でも信じてください! 私はそんなことをやっていない!」

「落ちつけ。……すいません。ちょっとこいつ不安定で」


 サイモンがハンスの肩を叩いた。スタンは冷えた態度でそれを見ていた。

『私は』――この部分に、ハンスの本音があると感じた。『私はやっていないが、他のメンバーはわからない』。


 だから宗教屋は嫌いだ。

 表向きは世の為人の為と言っておきながら、心の底から他人の為に何かしようとすることはない。教会の出番は葬式だけで十分だ。その場合でも、教会は祈って歌うだけで、悲しみに暮れる遺族への配慮も少ないし、葬儀の手伝いもしてくれない。

 いや、悪いのは宗教ではなく、一部の人間だ。

 そんなことを考えている場合ではなかった。

 スタンは個人的な不満を胸の奥深く沈めた。

 冷静になって、彼らの言葉を吟味してみる。

 実戦に参加したくないから上官を殺した。――動機としては確かに弱い。そんな理由で顔見知りを殺せるのであれば、戦争など物の数ではないはずだ。それとも、実戦を知らない人間の考え方としては普通なのだろうか。


「ん」


 はたと気付いた。

 これは単なる殺人事件だ。現場から機密書類が盗まれてもいないし、殺されたのは重要人物ではなく、単なる民間の協力者だ。犯人が外部の――スパイの類だとしたら、それを知らないはずはない。暗殺は用意にこそ、仕事の本質がある。狙うなら将校クラスだ。

 軍事基地だからと言って、相応の壮大な理由が必要とは限らない。

 教会が見栄や権勢を求めるように、軍人も、軍人である前に人間である。もっと単純な理由で人を殺したいと思うかもしれない。

 考えられるのは?


「……金か、恨みか」

「え?」


 スタンの呟きに、ハンスが反応した。


「誰か、タオを恨んでいそうな人間は?」

「……どうですかねぇ。恨みって、結構深い感情でしょう? 一ヶ月かそこらで形成されるものじゃないんじゃないですか?」

「人を恨むのに時間は要らないよ」


 思わずそう答えると、ハンスは露骨に嫌そうな顔をした。


「あ、他意はないです。一般論として」

「…………」

「どんな人でした?」


 スタンは質問することで、ハンスの視線をそらした。


「タオ様ですか? 私は……よくは思ってませんでした。あの人だけは、自分の意思で軍に協力していたわけですから」


 サイモンがそう答えた。


「余計なことにまきこんでくれた、と?」

「そう思ってます。それと、あんまりよくない噂も聞きましたから」

「どんな?」


 こういうとき、つられて深刻な表情にならないのが、情報を聞き出すコツだ。スタンの普段の態度も、その法則に基づいて演じられていると言える。警戒心を刺激してはいけない。要するに、頭の悪そうな微笑を絶やさないこと。

 案の定、サイモンはあっさり答えた。


「あの人ね、男色家らしいんですよ。宿舎が離れていると聞いた時は、正直ほっとしましたよ」


 スタンは笑いたくなった。サイモンはお世辞にも色男ではない。だが、彼が案じていたのは自身の安全ではなく、歳若いハンスの身のようだ。ハンスもまあ、美少年と呼ぶには難しいのだが、どこか被虐的な雰囲気を持っていた。


「マリチ教の総本山は女人禁制でしたっけ?」

「ええ。よくない習慣が生まれたのはそのせいでしょうね」

「わかった。色々ありがとう」


 スタンはそう言って立ち上がった。

 背後でどんな会話が繰り広げられるのか、もう興味はない。

 スタンの脳裏には、ある一人の姿が浮かんでいた。


「ちょいと突っついてみようかな」


 とお気楽につぶやき、しかし心中では相応に深く考えていた。


    †


「……ふぁ」


 いくら窓が細くても、まるっきり日が差さないわけではない。

 その明かりを頼りに、ユハは時刻を推察した。もうすぐお昼。今日はちゃんと食べ物もらえますように。そんなことを考えながらあくびをする。

 退屈なのだ。

 独房なのだから退屈で当然と言えば当然だが、ユハのそれは、学校でつまらない授業を我慢しているときのそれと酷似していた。

 はっきり言って異常である。

 軍施設に監禁され、殺人容疑で取り調べを待つ身とは到底思えないほど、ある意味で落ちついていた。

 自分は無実なのだからそのうち解放される。

 そう信じているのである。

 ユハはバカではないが、軍を甘く見ていたと言える。

 その見とおしの甘さは、彼女の稀な能力――魔法の素養を身につけて生まれるのは、全人口の五パーセントにも満たない。――によるものと、これまで一人で生き延びてきたという自信からなる。

 知らない兵士がドアを開けた。

 ユハはてっきり食事だと思ったのだが、違った。

 兵士は朝の点呼を取る程度のテンションで、こう言った。


「遺言はあるか?」

「は?」

「処刑が決まった。明日の朝だ」


 兵士は紙とペンをユハの前に投げ、すぐに出ていった。


「ちょっと待ちなさいよあんたこれってなんだっけそうよ冤罪よ冤罪! 呪うわよ祟るわよそれでもいいわけちょっとコラ! ボケ!」


 しかしドアは無情に閉まった。

 ユハは投げられたメモ紙に目を落とした。何か書いてある。

 十分と三十秒、考えた。

 結論が出た。

 別方向から検証した。

 五分かかった。間違いはない。

 それから、別のことを考えた。三十分かかった。

 そして行動を起こした。

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