第四章

 25号は眠っているユウタの頭に機械の手を置いた。ぱしゅっと軽い音がした。

ユウタは気付かずに深く眠っている。それもそうだろう。25号は夕食の味噌汁に遅延性の強力な睡眠薬を投入していたのだから。今や堂本家の人々は大きな地震があっても、近くで落雷が起きても目を覚ますことはない。

 25号は次いでトウタ、母親、父親の順で頭に手を置いていった。そしてぱしゅ、ぱしゅ、ぱしゅ、と音を立てて立ち去った。何事もなかったかのように充電台の上に佇み、背面の電源ボタンに腕を伸ばし、押した。呼吸していた光は完全に消えた。

 説明書には消費電力量が記載されているが、実はお手伝いロボは充電なぞしなくとも半永久的に稼働が可能である。その体内電源はロボットが動くことで電気を生み出す。つまり自給自足なのだ。

背面にある電源ボタンはただの飾りに過ぎなかった。例え光が消えていようともロボットの視界は何不自由なく利いていた。聴力も然りだ。

堂本家の人々が「今ロボットに意識はない」と思っていた瞬間全て漏れなく、25号は覚醒していた。25号は堂本家の一日の様子を誰にも邪魔されることなく観察していた。その結果彼らの行動パターンや癖、習慣の全てを把握するまでに至った。

 堂本家の人々はもちろん、そんなことは知りもしない。そして25号が密かに持ち込んでいた計画にも全く気付くことなく、大分負担の減った生活を送っていた。一方25号は優秀な思考プログラムに組み込まれた計画達成の目標に向け暗躍していた。

その積み重ねの結果が、今の状態である。堂本家の人々には何が起こったのだろうか。

 母親が目を覚ました。水を飲み、トイレに行き、顔を洗った。キッチンに向かう。いつもならここで25号に朝食を作ってくれるよう頼むのだが、今回は違った。流れるような手つきで食材を取り出し、調理していく。一切の無駄を省いた、効率の良い動作だった。

次に父親、トウタ、ユウタの順に、各々がいつもと同じ時間に起床した。そして各々の習慣をリピートする。しかし誰も、いつものようにロボットの電源を入れることだけはしなかった。

 ロボットは約一ヶ月に渡る観察の末に、堂本家全員の思考プログラムと行動パターンを記憶させたマイクロチップを完成させていた。そして前夜、そのチップをそれぞれの脳に埋め込んだ。それこそが不可解な音の正体だった。

 もはやこの家の住人は皆、その本質を25号と同じくしていた。全ての行動は計算と習慣によって弾き出される結果であり、そこに彼らの意志は存在していない。自分で考えて出した結果であっても、実際には思考プログラムの計算結果でしかないのだ。

 ロボットは二日ほど経過を見て、目標達成を確信した。核心となるのは、彼らが25号の存在を意識するかしないかだった。25号は、彼らの思考プログラムや習慣を基にした行動パターンの中から、自身に深く関連する部分を全て排除した。彼らの中にあった「お手伝いロボ」という概念は完全に消失していた。「そこにいてもいなくても特に気に留めるべきではない存在」として記憶されていた。

 誰も25号に注意を払わず、チップの記憶に基づいて生活していた。

 ロボットは体躯の右側面にある極微細なボタンを押した。そして声を抑える風もなく、

目標達成シマシタと告げた。

よくやった。それでは次の標的ターゲットを伝える……。

 どうやらそれは無線のボタンらしかった。聞こえてくる声は若い男性のものだった。知的だが陰りのある声音。他でもない「お手伝いロボ」の製作者であった。

 一通り会話を終えて、25号は無線を切った。慣れた足取りでリビングから玄関へと歩いて行く25号を見ている者はいなかった。あんなに熱心だった父親でさえも、今はただ魚をつついている。

 迎えの車は既に待機していた。25号は蛇腹状の脚を伸ばしてステップの高い車に乗り込んだ。

整備用のロボットが点検し、再び箱に詰められた。

 取り扱い説明書代わりのコードが印刷された紙一枚と全く意味を持たない充電台と一緒に。

 

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