第二章

 堂本家はーーその中でも特にユウタは興奮していた。何たって、お手伝いロボが家に届いたのだから。

 丁度家族揃って夕食を食べようとしていたところで、インターフォンが鳴ったのだ。

母親が対応に出ると、配達員の男が、大きな箱を持って立っていた。彼女は指定された場所にサインをして、荷物を受け取った。配達員の姿を見送り、彼女は鍵を閉めた。

 重いですので気を付けてください、と言った配達員の言葉通り、その荷物は重かった。あんなに軽々持てるなんてさすが、と彼女は自然に思った。結局彼女は持ち上げていた荷物を床に置き、リビングまで滑らせて運んだ。

 運ばれてきた荷物を見てユウタは、ロボット?ロボット?としつこく母親に尋ねた。彼女がそうだよ、ロボットだよと答えると、今までにないくらいおおはしゃぎして走り回り、たまにスキップを交えたりしながら狂喜乱舞した。

 皆で床に座って、荷物の周りを囲んだ。父親がカッターナイフを取って来て、荷物の封を開けた。ユウタがいつか発狂するのではないかと、トウタは隣でひやひやしていた。父親は中身を取り出すと、重いなと呟きながら床に降ろした。

 それはインターネット上の参考画像で見たものより、人工物という印象が強く堂本家の人々の目に映った。ユウタは発狂するどころか、言葉もなく刮目していた。

 円筒の上に同じ直径の半球が接着されているようなシルエットだ。トウタと母親は参考画像を見ていたので特に何の感想も持たなかった。

「……不細工」

 ユウタの呟きは静かだったが、暗く強く響いた。トウタは隣で聞いていて、ロボットが可哀想に思えてしまった。

 参考画像を見ていなかったユウタは、アニメなんかに出てくる「戦う強いロボット」を想像していた。子供の想像力というのは実に豊かでユニークだが、暴走しすぎるという特徴も兼ね備えている。思い描いていたものとのギャップに、彼は大いに落胆した。

 父親はその姿を初めて目にし、ユウタとは反対に興奮を重ねていた。昔見ていたアニメにもこんなロボットが出てきたなぁと独り言を言った。幼年時代を思い出しているのだろう。

 ユウタはすっかり興ざめした様子で立ち上がりテーブルに着くと、一人もくもくと夕食を食べ始めた。

「かっこよくはないかもしれないけど、愛嬌があっていいじゃないか」

 父親はユウタにも聞こえる声でそう言ったが、何も反応は返ってこなかった。

 確かに愛嬌がある姿をしていた。目だと思われる部分は大きく、アーモンドのような形をしている。まだ起動していない今でさえ、こちらを一心に見つめてくるようだ。

長い腕は蛇腹状になっており、自在に伸び縮みする。その延長線上には四本の指があった。脚はとても短い。しかしこれも腕と同じように蛇腹状の設計になっている。足に指はない。円筒状の胴体部分にはところどころ線が入っている。パーツとパーツの繋ぎ目だろう。ボディ全体はホワイトで着色されており、瞳の黒さが一層際立っている。

 ユウタはどんな言葉をかけても無視して食事を続けた。トウタはロボットがとても不憫に思えた。

 父親が箱の中に手を突っ込んで一枚の紙を取り出した。コードのようなものが印刷されている。どうやらスマートフォン等で読み込む形式の取り扱い説明書らしかった。父親は早速スマートフォでそのコードを読み取り始めた。

「起動してみるか?」

 説明書の最初にだけ目を通した彼は家族に問うた。

ユウタは相変わらず食事を止めず、トウタはもうロボットが可哀想で可哀想でなにもかも言えなかった。口を開いたのは母親だった。

「あたりまえでしょぉ?今夜からでも家事をさせたいくらいだもの」

あなたはどうせやってくれないし、と彼女は最後に毒を吐いた。

 父親はその攻撃を全く意に介さなかった。トウタは父親に言われて、起動ボタンだと説明されている黒くて平面的な、よくある電源マークのようなものが記されたそれを人差し指で一度押した。電源マークが赤く点灯し、ロボットの背面のその一部分だけが生命力を強く誇示しているようだった。赤いささやかな光は一定の間隔で強くなったり弱くなったりを繰り返した。トウタが座っている位置からはその様子がよく見えた。呼吸だ、と彼は思った。

「皆サマ、初メマシテ。私ハお手伝イロボ25号。ヨロシクオ願イ致シマス」

 起動前との変化は電源マークの点灯のみだったが、音声を発しているということはしっかり起動しているのだろう。その声はなんとも言えず機械的だったが、人間らしい発音を再現しようという開発者の意図が伺えるような丁寧な部分も感じられた。

 ロボットはまず真正面にいた父親に頭を下げた。次いで横を向き、母親に。そしてまた横を向きーー初めとは真逆の方向を向きーートウタに。行儀よく、頭を下げた。

 ぐるりと辺りを見回し、何かに気付いたようだ。とてとてと歩いていった先は、黙々と食事をし続けるユウタの足元だった。4本脚の椅子に座ったユウタを、ロボットは見上げた。

 ユウタがその存在に気付いていない筈はない。しかし彼は尚も食事を続け、高い椅子が故に着かない足をぶらぶらさせている。

 ロボットは少しの間変化待っていたが、やがて諦めたのか、ヨロシクオ願イ致シマス、と頭を下げた。くるりと向きを変えて、とてとてと元の場所に戻った。

「何カ、御用ハゴザイマスカ?」

 ロボットの問いに、母親は勢いよく答えた。

「晩御飯が終わったら、食器を洗ってもらえない?」

「承知致シマシタ。ドウゾオ任セクダサイ」

「ありがとう。助かるなぁ」

 母親は本当に嬉しそうな笑みを浮かべて、明るい声音で言った。

 そのあともしばらく話をしたが、やがてロボットは、御入リ用ニナルマデ充電サセテクダサイと言って自分で電源を切った。

「そっか……。私たちはご飯を食べるけど、この子には電気が必要なんだ」

 当たり前のことに今更気が付いた母親は、急に電気代の心配をし始めた。父親が膨大な量の取り扱い説明書の目次とにらめっこして、該当ページを探し当てた。それによれば何と、お手伝いロボの消費電力は家庭用のロボット掃除機とそう変わらないとのこと。母親はほっと胸を撫で下ろした。

「私たちも、ご飯にしよう」

 彼女は立ち上がって、トウタと父親に呼び掛けた。

本来なら四十分ほど前に食べ始めている筈だった食事はもうすっかり冷めきっていた。トウタと父親はそんなことは気にせず食べ始めたが、母親は電子レンジで温め直していた。

「ユウタ……」

 トウタは隣に座る弟に何か声を掛けたかったが、名前を呼んだきりでその後の言葉が出てこなかった。名前を呼ばれてユウタは彼の方をちらりと見たが、どうやら用はないらしいと判断して直ぐに食事に戻った。ユウタはもそもそと食事を終えて席を立った。

「ユウタ」

 父親が部屋に戻ろうとする彼を引き留めた。

「宿題は終わってるか?」

「……終わってるよ」

 不機嫌そうにそう言った。

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