FILE060:アデリーン・クラリティアナは蜂須賀蜜月を救いたい

 意識が薄れる中、弱ったあまり目もほとんど見えなくなり、声も聞こえなくなってきた蜜月は走馬灯を見ていた。

 幼少時から学生時代にかけて彼女はスポーツ万能、頭脳明晰、文武両道、成績優秀……。

 持ち前の明るさもあっていついかなる時も人気者だった。

 だが、順風満帆な彼女の人生に予期せぬ異変が訪れる。

 さる一流大学への入試にも受かったその時だった。

 大好きだった両親が何者かによって殺されたのだ。

 現場にいた初老の男を蜜月はにらみ、彼を仇と断定して激しく憎んだ。

 その男・草刈くさかりは複雑そうな顔をして彼女を引き取り、「自分は暗殺者だ、そんなに自分が憎ければ暗殺者になって殺してみろ」――と、挑発するように彼女に呼びかけた。

 そして彼のもとで師事を受けた彼女は暗殺者となり、同じく師事を受けていた【メロニー】や、既に殺し屋として活動していた【マチルダ】とも知り合い、彼女らとかけがえのない友となった時、草刈のもうひとつの顔を知ることとなる。

 彼はせめてもの罪滅ぼしのために身寄りのない子どもたちを引き取り、預かり育てている――児童養護施設の経営者だったのだ。

 それからほどなくして草刈は裏組織の刺客によって致命傷を負わされ、彼女は師の口から真実を知る。

 彼は、ある裏組織から孫娘を人質に取られた上で命令を受け、やむなく蜜月の両親を殺しにきたが、草刈にも家族がいたこともあり、情がうつって殺すことをやめたのだ。

 しびれを切らした裏組織の手の者に襲われ、草刈は蜜月の両親を守るために戦ったが、力及ばず守りきれなかった。

 それが蜂須賀家で起きた惨劇の真相――。

 蜜月は草刈の孫娘・【八千代やちよ】を守るために非情に徹する覚悟を決め、いの一番にすべての元凶だった裏組織を襲撃。

 壊滅させることで復讐を果たし、以後【黄金のスズメバチ】と謳われ、恐れられるまでに成長を果たしたのだった。

 ――そして、走馬灯が終わってかろうじて病室の中でアデリーンやエリスの姿を見た時、蜜月は最後に笑顔を見せてからゆっくりと目を閉じた。



 ◇◆◇◆



 青空の下には辺り一面に花畑が広がっていて、川を隔てた向こう側にもそれはそれは綺麗な花が咲いている。

 そんなのどかで美しい場所に蜜月はいた。

 ――今、の蜜月は。


「パパ? ママ……? 師匠も……? 待ってて、そっち行くから!」


 花畑をさまよっていた蜜月は両親や、自身の暗殺者に育て上げた師・草刈泰樹たいじゅが仲良く語らう姿を目にした途端、まるで子どもに戻ったかのように駆け寄ろうとする。

 向こう岸とつなぐ橋まで近づいた時、父親からは止められた。

 精悍な顔で、誠実そうな雰囲気を漂わせている、そんな顔と容姿をしていた。


「いかん、蜜月。お前はこっちに来てはいけない」


「…………なんで? そのくらいわかってるよ…………でも」


 そうだ。

 ――ここは生と死の境目、【三途の川】なのだ。


「それでもワタシはパパとママに会いたかったの。あの時、殺されてそれっきりだったから……。もう一度会っておしゃべりしたかった」


「すまん……。あの時は、本当に……!」


「や……やめろよ、師匠。ワタシだって、師匠のそんな姿、見たかなかったよ……」


 蜜月の目から涙がこぼれ落ちた時、彼女の師匠だった初老の男性・草刈は声を震えさせて謝罪する。

 その時、蜜月の父や師匠の前に、何か決断したような顔をして蜜月の母が出る。

 紫がかった黒い髪に黒い瞳と、蜜月とよく似た容姿をもっており、おしとやかながらも芯の強そうな女性だった。


「……ママ?」


「わたしたちのことを覚えててくれて、ありがとう。それだけでも嬉しかったわ……。けど、蜜月みづきには前を向いて生きて欲しいの。過去もだけど、今をいちばん大切にしてほしい」


「けど、ワタシ1人だけ残されたみたいじゃん。嫌だよ、そんなの。家族で一緒にいたいよ。今を生きてたって……」


 その時、蜜月はハッとさせられた。

 あの子が、フェイがいるのに。

 待ってくれているのに、自分は何を言ってしまっていたんだ。

 そして――母の思いを汲んだ。


「お願いよ。あなたはまだ若いんだから、それに生きていれば良いことだっていっぱいある。それにわたしたちはいつでもあなたの心の中にいるから……ね」


「ママ、パパ、師匠……。ありがとう……」



 ◆◆◆



 亡くなってしまった大切な人たちとの束の間の再会を果たし、対話を終えたその時。

 蜜月は目を覚ました。


「ママ……。はっ!?」


 どこまでも白い天井と壁、患者に刺激を与えない薄い色合いのカーテン。

 布団と医療用のベッド。手のひらを見てみれば、自分は患者用のガウンを着用させられ、少しはだけている。

 ――谷間が見えていて少し恥ずかしいので、彼女は腕で抱えるように隠す。

 すぐそこに、黄金色のロングヘアーに蒼い瞳、透き通るような美肌と恵まれたプロポーションの【彼女】と、仲良く隣同士で並んでいる高校生カップル――見覚えのある面々がいた。


「よかったー! 気が付いたのね、ミヅキ! 信じられる? もう1週間は寝てたのよ!」


「そ、そうなの!?」


「「「ホントによかったー!!」」」


 なんと、アデリーンが竜平や葵を連れて見舞いに来ていたうえ、蜜月が起きたのを知ると一斉に喜んだ。

 ――意識を失う前に同伴していたはずのエリスはいないようだが、彼女はどこに行ったのか?

 だが蜜月はそれどころではなかった。

 迷信だと思っていた三途の川にいたと思いきや、気が付いたら病院にいたのだから笑うしかない。


「な、何よ。皆さんおそろいで……。何がどうなってんのさ?」


「それは私からご説明させていただきます」


 女性の声だ。

 声の主はすぐそこに現れたが、艶のある黒髪を持つ美しい彼女の姿を見た蜜月は目を丸くした。

 なぜなら――。


「か、各務彩姫かがみ さき先生!? 北関東の突針つっぱり学院大学病院にお勤めされてたんじゃ……」


 天才スーパードクターと評判の、各務彩姫だったからだ。

 彼女はにっこり笑って、蜜月を癒す。


「クラリティアナさんや、テイラーの虎姫社長から緊急でご連絡を頂きまして。その虎姫社長に手を回してもらってこの病院に転勤、ということになったのです」


「で、でも、いくら各務先生ほどの方とはいえ……ワタシ、すごいケガしてたのに」


 彩姫の前で、らしくないほど急にかしこまった感じになって蜜月は戸惑う。


「サキ先生と協力して、私が輸血・・したの」


輸血・・!?」


 ――信じられないことを聞いた。


「そう。私の血と一緒にZRゼロ・リジェネレーション細胞を……ほんの少し、ね」


 腕組みしながらアデリーンはそう教えた。

 それで傷が治ったのか。

 蜜月は目を見開いたまま、自身の頬に触れる。


「危険な賭けだったわ。ZR細胞は元々、コウイチロウ・ウラワ博士……私の義理の父が医療技術の向上のために使おうとしていたものなのだけど、移植する相手に適性がなければ細胞自体が拒絶反応を起こして、体が崩壊して死んでしまう恐れがあったから、本当に最後の手段だったの」


「そうか、亡くなった紅一郎博士がそのために……そうだったね」


「それに適性があっても移植する量を間違えてしまったら、私のように死ねないし、歳も取れないまま生きていくことになりかねなかったの。あなたがこうして助かったのは、ほとんど奇跡のようなものだったのよ」


「私も、その話を最初にアデリーンさんからお伺いした時は不安でした。できるのかどうか……。ですが、医師としての信念にかけてあなたのオペを担当し、成功させました。蜜月さん、あなたの回復力は本当に素晴らしいものがありました。本来なら全治1ヶ月~3ヶ月はかかるところを、たった1週間で完治してしまったんですから」


 そうやって自分の命は救われたのだ――。

 かつて殺してやると、あんなに息巻いていた女に。

 絶対に死なない彼女の、慈悲の心に。

 おまけにみんなが慕うスーパードクターに執刀までしてもらえたと来た。


「まるまる1週間ぐっすりお眠りになられて、疲れもとれたはずです。あとはアデリーンさんが輸血したZR細胞が完全になじむまで安静にしていただければ、そのうち退院できると思いますよ」


「ごめんなさい。先生にまで、こんなに良くしていただいて……」


 涙は見せない。

 ――というか、蜜月は涙を見せたくなかったのだ。

 変に情を向けられたくなかったからだ。


「各務先生も、アデリーンも、どうしてワタシなんか……」


「そんなこと言わないの。……誰かを助けるのに理由なんていらないでしょう?」


 何ひとつとして屈託のない、満面の笑みで彼女は蜜月へと語った。

 負い目から目を背けてしまったが、彼女はそんな蜜月の手を握って、振り向かせてみせた。

 母性と優しさ、暖かさが彼女の手から伝わってくる――。

 誰が最初に言ったのか、愛とは無償の優しさなのだと。


「私も医者ですから、患者は誰であろうと等しくお助けします。蜜月さんが何者だろうと関係ありません」


「各務先生……!」


 患者や患者の家族・友人の笑顔が何よりも見たい彩姫は、そうした医者としての信条とともに、それに基づいて蜜月を救ったことを告げる。

 ――涙ぐんだ。


「葵たん、竜平っち。あの時は本当にすまなかった」


「もう、いいんですよ。別に許したわけじゃないですけど、でも……アデリーンさんが許したんだから、わたしたちもそれでいいかなって。それにいつまでもずるずる引きずってるのも、変だしカッコ悪いじゃないですか。……そうだよね、竜平君?」


 笑みをこぼす葵から確認を取られて、竜平は「え? そ、そっすね。言いたいこと全部言われちゃったよ……」と漏らし、泣いていた蜜月は思わずつられて笑った。

 ――皆、彼女のその笑顔が見たかったのだ。


「ありがと、みんな……」


「うふふ。それはこっちのセリフよ、ミヅキ」


 涙を流しながら、憑き物が落ちたような笑顔で蜜月はアデリーンと抱き合った。

 彩姫も嬉し涙を流し、竜平は感動のあまり硬直した。

 葵はそんな竜平を見て「仕方ないなー……」と、寄り添い、彼女もまた――泣いた。

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