FILE061:入院生活も悪くない

「かーっ! 病院食まずい……」


 退院までそれほどかからないだろうとは言われていた彼女ではあったが、今困っていることがあるとすれば、真っ先に思い浮かぶのがフェイがどうしているのかということと、いつも通りのおいしいご飯が食べられないことと、そして、愛読書である百合マンガがなかなか読めないということだった。


「早く退院したいんですが……。各務先生はああはおっしゃられてましたけど~、いつになりそうですか?」


「蜜月さんの治り具合なら、焦らなくてもそのうち退院できますよ。自由の身になれるまでもうちょっとの辛抱です!」


「だといいんだけどな~~! いつもいつも様子見に来てくれて、ありがとうね!」


「いえいえ。ではまた後ほど」


 口ではブーたれていながらも、看護士の女性となんだかいい雰囲気になっていたところで彼女は病室を出て行った。

 「しゅん……」と、蜜月はさびしさを感じたが、そのあとしばらく経ってからのことである――。


「何ショボくれてるんですか。あなたらしくもない」


 蜜月は驚いて目を丸くして腰を抜かした。

 聞き覚えのある声と見覚えのある面々が、面会に来てくれたのだ。

 ゆったりした服装と体型で緑色の長髪をリボンでまとめた女性・メロニーと、銀髪で青い瞳、右目に眼帯をつけたモノトーン調のファッションの女性・マチルダと、チャイニーズな衣装を着た黒いお団子ヘアーのアジアンビューティー、暗い色合いの金髪にピンク色の瞳でゴスロリファッションの女性だ。

 いずれもことごとくスタイルが良ければビジュアルも良く、とにかく見映えが良かった。

 ――なお、真っ先にハスキーボイスで話しかけたのはマチルダである。


「メロちゃん!? マッチ!? 【ムーニャン】に……【モカぴい】まで! どういう風の吹き回しなの……」


「私からみんなに連絡したのよ。そしたら忙しいだろうに、みーんな集まってくれて」


 メロニーが蜜月の問いに答え、マチルダ、ムーニャン、モカの3名は誇らしげに笑う。

 ムーニャンのみ「感謝しろよ」と、今に言いそうな程度には態度が大きかった。


「ホントだよぉ。ウチら忙しいんだから、こうして来てやっただけでも感謝してほしいな」


 肩をすくめてムーニャンが愚痴をこぼす。


「ムーニャンはさぁ! ホントに口が減らないよな! はっはっはっはっ……」


 笑いながら泣きそうになったが、涙は見せない。

 そんな蜜月にお見舞い品としてリンゴやメロンなどの果物入りのバスケットが手渡されたが、彼女は「皮むきしてからちょーだいよ」と、冗談交じりに返す。


「じゃあ、わたしが皮むいてあげる」


 そう言ってゴスロリファッションのモカが、むすっとした顔でリンゴの皮をむこうとしたがメロニーやムーニャンに止められる。


「いいよ~、あとで看護士さんにむいてもらうから……」


「その調子なら、あーしらが来るまでも無かったですね」


「いやいや! ちょっとは心配してよ! アデレードに輸血してもらわなかったら、マジで死んでたんだぞ」


 マチルダが笑ったのを合図に、メロニーたち3人も笑い出す。

 蜜月ももちろん笑った。


「アデレードって言うと、ミヅキが言ってた実はヒーローやってる子だったかな?」


「さすがムーニャンは物知りだな。そう、彼女の本名はアデリーンだがワタシはそう呼んでいた」


「出たねー、ミヅキのあだ名付けるクセ!」


「より親しみやすく、より仲良くがワタシのモットーだ! ねぇムーニャン!」


「そしてウチはあだ名で呼んじゃもらえない」


 ムーニャンと蜜月が中心になって、さみしい病室を盛り上げる。

 もちろん、迷惑にならない程度に抑えた上である。


「まあでも、ここ病院だからね。退院して、元気になったらまたいっぱい盛り上がろう」


「それだけお口が動かせるならもうそろそろ……、なんじゃない?」


 やがて蜜月が皆と約束しようとした手前、モカがジト目でにやつきながら彼女に指摘する。


「言ったなー、モカめ。このー!」


「やめてよー。アッハッハッハッハッ……」


 ベッドから動かないままモカに顔を近付けた蜜月は、その場にいた全員の笑いを誘う。

 「こんなときくらい笑って元気を出そうぜ」、という考えによる取り組みであり、モカから先ほど言われたようにこの調子ならもう、退院できる日は近いだろう。


「じゃあ、私たちはそろそろ行くね。またみんなで【サファリ】に集まろうね」


「あんまり長居させちゃあ、あんたたちにも悪いもんな。お達者で」


「あーしたちは、いつでもあなたを待っていますし、いつでもあなたの力になりますよ」


「……ああ!」


 そして、ムーニャンが「まったねー☆」と、別れのあいさつをしたのを合図に、メラニーら4人は帰って行った。

 少し、さびしくなってしまったが、「もう少しの辛抱だ」と言い聞かせ、蜜月は布団を被って安静にした。



 ◇◆次の日――……◆◇



「ごく少量とはいえ、クラリティアナさんから輸血していただいたZR細胞がなじんで来たみたいですね」


「そうみたい! やっぱり、アデレードを育て上げた浦和博士には先見の明があったんだ。……なんで、彼は亡くならなければいけなかったんでしょう。ヘリックスめ……」


「医療にたずさわっている者として、私も彼には生きていてほしかったと思っています」


「すみません、暗い話になっちゃって……」

「いいえ。事実ですし……」


 各務彩姫かがみ さきや看護士らの厚意を受けてリハビリを行なったところ、蜜月は既に松葉杖を使わずとも元通り歩けるようになっていた。

 つい昨日までは歩くのも一苦労だったのだが――。

 嬉しい半面、彩姫と話す中で、「多くの人の命を救えるのではないか?」という、可能性を見出した浦和紅一郎を死に追いやったヘリックスのことを、蜜月はますます許せなくなった。

 しかし、こみ上げた怒りの矛先を向ける前に、まずはしっかりと休息をとることが先決。

 彩姫に付き添ってもらって病室に戻り、彼女に見守られてくつろいでいたその時。

 これまた見覚えのある黄金色の頭髪に青い瞳の美女が、その病室に訪れた。

 爽やかな青白のレースワンピースを着ていて、その下はジーンズとミュールだったが――蜜月にも彩姫にも、とくに前者には天使のように見えた。


「アデレード!?」


「まあ、クラリティアナさん!」


 にっこり笑って、彩姫と握手もしてから、アデリーンは「あれからミヅキの具合はどうですか?」、と、彼女に確認を取った。


「とっても良い傾向です。もう歩けるようにもなりました」


「良かったー……。一時はどうなるかと思ってたから」


「ちょ、アデレードにまで来られたら、安静にできないじゃんよ?」


 「やれやれ、困ったな~。どうすっかね」と、蜜月は肩をすくめて照れ笑い。

 ――そこで彼女の頭上に豆電球が浮かんだ。


「ねえアデレード、メモ帳持っとる?」


 そう聞かれて、アデリーンはとっさにバッグからメモ帳を取り出して、そのうちの1ページをちぎって蜜月へと渡す。

 隣で見ていた彩姫も、「インクレディブル……」と、感心する手さばきだ。

 蜜月はその用紙に速やかに何かを書いて、アデリーンへと返した。

 書かれたのは――。


「ふーん、ミヅキの住所か……。サキ先生もご覧になって」


「ふむ。では蜜月さん、あなたが退院できた日には、あなたのおうちまでお送りいたします」


「先生、その時はお願いします。アデレード、それともう1つ」


「何かな?」


 彩姫と約束を交わした直後、蜜月はアデリーンに何か頼もうと、もう一声かけた。


「女と見込んだ。ワタシがヘリックスから匿ってる子がいるんだ。フェイって言うんだけどね……。ワタシが無事に退院できるまで、そのフェイのことを頼みます」


「――殺し文句ね。承りました」


 断る理由など見つからない。

 ささやかな願いを引き受けたアデリーンは、名残惜しかったがひとまず蜜月や彩姫と別れ、看護師や病院スタッフにも礼を言ってからクールに去る。

 かくして蜜月は、アデリーンとも彩姫とも約束を交わし、傷を完全に癒すことに専念することに決めた。

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